かや)” の例文
そして白い熊苺の花は、既にかやの葉にこぼれかけていた。無理に一言の形容を求めれば、緑の地に花を散らした大きな絨毯じゅうたんであった。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
黒船町くろふねちょうへ来ると、町が少し下って二の町となる。村田の本家(烟管屋キセルや)がある。また、榧寺かやでらという寺がある。境内にかやが植わっていた。
悚然ぞっとして、向直むきなおると、突当つきあたりが、樹の枝からこずえの葉へからんだような石段で、上に、かやぶきの堂の屋根が、目近まぢか一朶いちだの雲かと見える。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
因ってかやの小屋を結び帰り、夕方にその内に入りて伺うと黒衣の人果して来り、馬を樹につなぎ墓内に入り、数輩と面白く笑談した。
まず朱然しゅぜんは、かやしばの類を船手に積み、江上に出て風を待て、おそらくは明日のうまの刻を過ぎる頃から東南の風が波浪を捲くだろう。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かやヶ岳などが見え、すぐ下には、かんば沢の、(それはすっかり崩壊して、砂礫されきと土のむきだしになった、むざんなさまを呈していたが)
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
下りが急になって、笹もかやも人丈を没する程に伸びている。今迄禿山はげやまであったのが此辺から木立が現れて来た。殊に西側の方が繁っている。
美ヶ原 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それから、かやぶきの家と小さい庭のある曲がりくねった道を通ったのち、あまり立派でもない教会の玄関の前に着いたのです。
昔は知らず、いまはここらを往来する者もないらしく、並木のあいだは一面の秋草に埋められて、おどろに乱れたかやは人のたけを越えていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
早めて歩行あゆめども夏の夜のふけやすく早五時過いつゝすぎとも成し頃名に聞えたる坂東太郎の川波かはなみ音高く岸邊きしべそよあしかや人丈ひとたけよりも高々と生茂おひしげいとながつゝみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
十丈二十丈の高さの斷崖の頭の方は篠笹の原かかやの野になつて居り、その下は殆んど直角に切り落ちて露出した岩の壁です。
高き金峰きんぷ山は定かならねど、かやが岳、きんが岳一帯の近山は、釜無かまなし川の低地をまえに、仙女いますらん島にも似たる姿、薄紫の色、わが夢の色。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
すすきかやそよいでいる野路の向うに、明神みょうじんだけとか、大内山おおうちやまという島原半島の山々が紫色にかすんで、中腹の草原でも焼き払ってるのでしょうか
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
大島の神社の境内に、御幣ごへいを木の下に立て、かやをもってこれを囲んであるものがある。これは島内の安全を祈るためのほこら代用であるとの話だ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
処々より雪かこひの丸太あるひは雪垂ゆきたれとてかやにて幅八九尺ひろさ二間ばかりにつくりたるすだれかりあつめてすべての日覆ひおひとなす。
一径いっけいたがい紆直うちょくし、茅棘ぼうきょくまたすでしげし、という句がありまするから、曲がりくねった細径ほそみちかやいばらを分けて、むぐり込むのです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ちぇッ……藁が無けりゃ、藁の代りになりそうな、麦稈むぎわらでも、かやでも、それが無けりゃな、人の家の畳でもむしりこわして持ってねえな」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もう一度春がめぐつて来た時、庭は唯濁つた池のほとりに、洗心亭のかや屋根を残した、雑木原の木の芽に変つたのである。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし荷物を背負う用途を兼ねるものは、必然材料に丈夫なものが選ばれてくる。かやすげがま、岩芝、くご、葡萄ぶどう胡桃くるみ、特に愛されるのはしなの皮。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
新たに芽を出した蘆荻あしかやがまや、それにさびた水がいっぱいに満ちて、あるところは暗くあるところは明るかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
軒の端に不揃いなかやの端が出ていてもそれさえお切りにならせられずに、その上に民草が食べるお米のない時には年貢さえも免除された程なのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
今の省線駒込駅の付近がまだかやぶき屋根の多かった頃、拙宅の垣の外は、やぶ畳に草原の未開地。夏から秋の夕べはさまざまの虫が競争で鳴き立てる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
国方くにがたで、菜萸ぐみといっているものの一尺ほどの細木、草はといえば、かやよし山菅やますげが少々、渚に近いところに鋸芝のこぎりしばがひとつまみほど生えているだけであった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「何れの処にか在る」と一場の問答でもすべき処である。ただ向うの山は旧に依りてかやで蔽われて居る。雑木の林の方はまだ十分に秋の景色を現わして居ない。
森林に囲まれた大沼は、黒漆くろうるしの縁にふちどられた、曇った鏡のそれのようであった。沼は浅く水も少く、あしだのかやだのすすきだのが、かなりの沖にまで生えていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もし凪がずば、枕をこのかや屋根の下に安くして、波の音を聞くこと、昔子もり歌を聞きしが如くせんといふ。
気がついて見ると、新兵衛の大きなかやぶきの母屋おもやがまる出しになっていた。しいくすやのごもごもとした森がことごとく切られて、家がはだかになってるのであった。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
蕃人に皇民教育を授ける霧社公学校がかわらぶきの堂々たる建物であるのに比較すると、内地人児童のための小学校は、かやぶきの粗末な、見すぼらしい校舎に過ぎない。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
怖ろしいからかやの蔭に隠れていて、のちにその場所に行って見れば、川原に甚だ大きな足跡があった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かわいそうにお父さん蛙はもずに捕えられてかやの刈り株に突き刺されて日干になって死んでいました。
鵙征伐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ふと見ると、そこに山小屋か何かの腐朽ふきゅうしたようなかやや小枝のちたのが一かたまりになっていた。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ここをはいってなお一〇〇メートルほど歩くと、うすぐらい林のなかに小さなかやぶきの家があった。
かやぶき屋根の家があり、そのまえに、土地の顔役、出羽作でわさく親分が住んでいたことだのを話しました。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
父の圓太郎と母のおすみを七軒町の新宅へのこして圓朝は、浅草かや町の小間物屋の裏へ引き移った。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
時々ふり返ると、別府湾がだんだん低く小さくなって行く。登りつめた頃から、周囲はかやの草原になる。鶴見山つるみさん、由布山のなだらかなふもとに、針葉樹の黒い密林が望まれる。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かやかれた収穫蔵とりいれぐらの屋根も、その前面から広くとって、ずっと奥庭との境の垣根まで続いて春や秋、の頃の収穫物を干し乾かす場所に宛ててある外庭の土も、皆一様に灰色に
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かやだの竹のえている中に孩児が火の付いたように啼いてるから、何うしたんかと抱上げて見ると、どうだんべい、可愛そうに竹の切株きッかぶが孩児の肩のところへ突刺つッさゝっていたんだ
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
淀川十里の間あしかやの深き処、浅瀬の船底石にる処、深淵の蒼みたるところ、堤に柳ありて直曲なる処、野渡やとのせばき処、遠き山見るところ、近き村ある処、彼此観望する間
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おやおやとけつけて見ると、住居のかや屋根が燃て、近所の人たちが消ていてくれた。
正門のすぐ向いにかや屋根の、居酒屋ふうの店があり、それが約束のミルクホールであった。ここで待って居れ、と言われた。かれは、その飲食店の硝子ガラス戸をこじあけるのに苦労した。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ここでも軽便を待つのがもどかしく、勝手知った道なので、近道をしようとして野原を突切ったのはいいが、かやなんかの埋まっているところは体が半分位雪の中に入りそうになったり
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ずっと海の方まで傾斜面はつづいて、そこでいきなり切れている風に見えるが、きっと高い断崖になっているのだろう。秣畑を区切ったみたいにしてのかやのような雑草がところどころにある。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
竹の柱にかやの屋根といふ小唄の文句の通りの見る影もない庵室の奧に、修業者鐵心道人はさゝやかな佛壇を前にして讀經中で、その後ろに居流れた善男善女は、一本氣の信心にり固まつた
一反五の内、宅地、杉林、櫟林を除いて正味一反余の耕地には、大麦小麦が一ぱいで、空地あきちと云っては畑の中程にせこけた桑樹と枯れかや枯れ草の生えたわずか一畝に足らぬ位のものであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ふるさとのかやぶきに似る黄なる屋根柳にまじり川遠く行く
壁草かべくさに藁ぬりこめて竹ばしらかやの屋根こそ住みよかりけれ
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
電柱の片側かたがはくらき月夜り石ころにかやに露ぞ滿ちたる
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
武蔵野は百鳥栖めり雑木の林に続くかや草の原
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
忠臣蔵にはこの近くのかいどうにいのししぎが出たりするように書いてあるからむかしはもっとすさまじい所だったのであろうがいまでもみちの両側にならんでいるかやぶき屋根の家居いえいのありさまは阪急沿線の西洋化した町や村を
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大根だいこ干すかや軒端のきば舟大工ふなだいく
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)