ふなばた)” の例文
そしてやがて辿りついたのは、飛行島のふなばただった。深夜の海面には祖国の夜を思い出されるような月影がきらきらとうつっていた。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
上から投げる貨幣のある物は傘からはね返って海に落ちて行った。時々よろけて倒れそうになってふなばたや人の肩につかまったりした。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は巻煙草の灰をふなばたの外に落しながら、あの生稲いくいねの雨の夜の記憶を、まざまざと心に描き出しました。が、三浦はよどみなくことばいで
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
帆柱が二本並んで、船が二そうかかっていた。ふなばたを横に通って、急に寒くなった橋の下、橋杭はしぐいに水がひたひたする、隧道トンネルらしいも一思い。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
間違ひもなく鋭い匕首あひくちで一とゑぐりにされ、曲者は匕首を水の中に捨てて、ふなばたの裏から、半弓の矢を取出し、皆んなに見せたのでせう。
屈折した直線の赤筋をかいた小旗をふなばたはさんで、船頭らしい男と配達夫と二人ふたり、漁船やら田舟やらちょっとわからぬ古ぶねを漕いでいる。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
鵜師の綱は縦横に動いて、その間には疲れた水禽みづとりを励ますために、棹を取つて強くふなばたを撃つ音が両岸の山に響いて凄気を誘ふ。
三次の鵜飼 (新字旧仮名) / 中村憲吉(著)
それ等の船ごとにふなばたで焚くコークスの焔が、かすみ渡る夕靄のあひだに、遠く近く閃き動くさま、名所絵に見る白魚舟の篝火を思起させる。
町中の月 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ボートは、青い青い水を切って、傷ついた戦艦『メーン』のふなばたについた。舷梯げんていがなくなって、縄梯子なわばしごがぶらりと下っている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
「私たちは一度心中の相談をしたことがあったのさ。なにしろふなばた一つまたげば事が済むことなのだから、ちょっと危かった」
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その他の船には矢張やはり太鼓を打っている男が一人いて、その他の男は皆船を左右に動かしていた。ふなばたほとんど水がはいるくらいに左右に動かしていた。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
底の浅い船は、中流までは川上に斜めにのぼり、向きをかえると押流されて予定の向う岸にふなばたをこすり着けるのである。夜の川風は冷えていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
源造はそこへ走り出すや、いきなり一方のふなばたへ駈け寄って、飛込む身構えをしたが、ひょいと海面を見おろすと、思わず
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
横着者奴おうちゃくものめ」と宮崎が叫んで立ちかかれば、「出し抜こうとしたのはおぬしじゃ」と佐渡が身構えをする。二艘の舟がかしいで、ふなばたが水をむちうった。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
得ようと阿修羅あしゅらのように戦ったことを! ああある時は二つの船はふなばたと舷とを触れ合わせて白刃と白刃で切り合った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
敵も味方もふなばたをたたいて賞賛したこのいさおしを聞き、泣くとはその意を得ぬとなじったとき、某は暗然として答えて言った。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「あの山の向うを、あなたは越していらしった」と女が白い手をふなばたから外へ出して、夢のような春の山をす。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大波が滝のようにうちこむので、淦水あかを汲みだすひまもなく、積荷の材木が勝手に浮きだしてぶつかりあい、その勢いでふなばたの垣を二間ほど壊されてしまった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
船頭は大阪府のランチが後藤内相を送るやうに、おつかな吃驚びつくりに鼓村氏を乗せて水を渡つた。鼓村氏はふなばたから蛙のやうな恰好をしてぴよいと向う岸に飛んだ。
ふなばたの手摺りにからだを斜めにしてよりかかったカヤノは、桟橋に並んでいる姉妹たちを丸い笑顔で見下し
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
この時ふなばたに立ちてこの歌をうたうわがこころを君知りたもうや、げにりくを卑しみ海をおそれぬものならではいかでこのこころを知らんや、ああされど君は知りたもう——
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
紅に日の丸を描いた扇が、波にゆられ、浮きつ沈みつしているのを見ながら、平家はふなばたをたたき、源氏はえびらをたたいて、この見事な弓取りをめ讃えたのであった。
それから大胆に身を跳らして一人の士官の肩の上に飛び上がつて、次に一人の水兵の肩に移つて、非常な速度を以てふなばたに飛び付いて、高く叫びながら海に飛び込んだ。
(新字旧仮名) / ジュール・クラルテ(著)
やがてふなばたたたずんで、黙って上を見、下を見る、上には深い夜空がある。きらめく星と安らぎと静寂がある。それは故郷の村とすっかり同じだ。下には闇と混乱がある。
グーセフ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
また一はなはだしい動揺と共にふなばたと舷とが強く打ち合って、更に横さまに大揺れに揺れました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
遠州なだの荒海——それはどうやらこうやら乗切ったが、掛川かけがわ近くになると疲労しつくした川上はふなばた脇腹わきばらをうって、海の中へころげおちてしまった。船はくつがえってしまった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そのうちに、反対な岸の方をも見ようとして、狭い汽船の廊下を一回りして行くと、公使ロセスとオランダ代理公使ブロックとがふなばたに近く立って話しているそばへ出た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
も帆もかじも、茫然と、水夫かこの手から忘れられているまに、船は、怖ろしい暗礁あんしょうからつき出されて、目印山めじるしやま水尾木みおつくしを沖へ離れ、果てなき黒い海潮かいちょうふなばたを叩かれていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は川波に少し搖れるふなばたに肱をついて、つかれた肚の底から欠伸の出て來るのを噛み殺した。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
葉子の足もとにはただかすかなエンジンの音と波がふなばたを打つ音とが聞こえるばかりだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼はそれがすぐ傍につながれたステラの船室かられる明るさなのを了解した。そのとき引き残された窓布のすきに妙に黄ぼけたこむらがふと動いた。彼はすばやく別のふなばたへと跳び移つた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
烈風はふなばたを打って、怒濤は逆巻いて、今にも艦は溺没できぼつせんばかりの、その見上げるような、浪頭の中に、海底の岩礁で散々に砕かれたらしい、膚をかれて真っ白になった無数の巨木や
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼女は我々が標本をさがしてふなばたから水中を見る時、我々の帽子を持ったりした。
ふなばたでは、やりの丹智さんが、大洋にむかって、ひもをつけた、槍を投げています。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
てう早く起きてふなばたつて居ると、数艘の小船サンパンに分乗して昨夜ゆうべ出掛けた下級船員の大部分が日本娼婦に見送られなが続続ぞくぞく帰つて来る。須臾しゆゆにして異様な莫斯綸もすりん友染と天草言葉とがわが船に満ちた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ふなばたにドシンとっつかった様子ようすですから、ソレッとばかり皆が手を添えて、船の上に引き上げました折柄、又一しきり吹き出した風に忽ち空の黒雲が裂けて、ましたような白い月の光りが
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
沖に出ると、やはり微風があって、小波がひたひたとふなばたをたたいた。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
うめいて死んだようにぐたりとなれば、船中の客、総泣きに泣き伏して、いずれも正体を失い、中堂金内ただひとり、はじめからふなばたを背にしてあぐらをき、黙って腕組して前方を見つめていたが
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
戻って柳橋の袂を往復ゆきかえりして、淡紅色ももいろ洋脂ぺんきが錆にはげた鉄欄の間から、今宵は神田川へ繋り船のかみさんが、桶をふなばたへ載せて米を磨いで居る背中に、四歳よっつばかりの小児こどもが負われながら仰反のけぞって居るのを
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
ふなばたに倚り手を伸べて右の示指ひとさしゆびに綸を懸け、緩く進退しながら
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
奧津おきつ潮騷しほざゐすべりゆくふなばた近くむれつどふ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ふなばたに瓜ただよふや島近し
カン (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ふなばたふるへわななきて
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
うなじてたとまふなばた白銀しろがねに、珊瑚さんごそでるゝときふねはたゞゆきかついだ翡翠ひすゐとなつて、しろみづうみうへぶであらう。氷柱つらゝあし水晶すゐしやうに——
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
平吉が町内のお花見の船の中で、お囃子はやしの連中にひょっとこの面を借りて、ふなばたへ上ったのも、やはりいつもの一杯機嫌でやったのである。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
平次はふなばたの裏を撫でてをりましたが、八五郎に提灯を差出させてグイと船の外へ身體を乘出し、額を水にスレスレに、舷の下を覗くのです。
折から貸ボート屋の桟橋さんばしにはふなばたに数知れず提燈ちょうちんを下げた涼船すずみぶねが間もなくともづなを解いて出ようとするところらしく、客を呼込む女の声が一層甲高かんだか
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その形は、ちょっと『八島』や『千代田』に似ているが、ふなばたが、ひどくふくれて、いかめしい恰好をしている。そしてみよしに、大きい鋼鉄のこぶがある。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
「あッ!」課長はふなばたから乗り出さんばかりにして叫んだ。「いるぞ。機関長の姿をした奴が見える。よしッ、追跡だッ」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
はしけに乗り移ると、霧は降るように濃くなった。桟橋にいた連中もたちまち見えなくなった。同勢の五人は、低いふなばたにたたきつける大きな波を眺めていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)