胡座あぐら)” の例文
部屋の奥の方の棚には幾つもの壺が並んで居る。胡座あぐらを組んで居る呪術師の老女の膝に身を投げかけ、娘はしきりに哀願して居る。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この人は自宅うちに居る折は、座敷に胡座あぐらをかいたまゝ、すぐ手をのばしたらとゞきさうな巻煙草一つ、自分からは手にとらうとしなかつた。
この灰の上にこうして新聞紙を敷いて楽々と胡座あぐらいたまま、いつ何時でも煙になる覚悟で、葉巻を吹かし吹かし耳を澄ましていた訳だ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
脂切ったセピア色の皮膚、大きいギラギラする眼、どっしりと胡座あぐらをかいた鼻、への字に結んだ唇、それはまさに絵に描いた怪物の相好そうごうです。
僕は畳の上に胡座あぐらをかくと、全く途方に暮れてしまった。何本目かのたばこを、火鉢の中に突きこんでいるときに、ようやく僕の決心はまった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こう云いながら岩太郎は囲炉裡の側へ近寄って来たが杉右衛門に向かい合って胡座あぐらを掻いた。見ると手に白鳥はくちょうを下げている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
渡瀬は膳の角でしずくを切って……もう俺の知ったことじゃないぞ……胡座あぐらから坐りなおって、正面を切って杯を奥さんの方にさしだしかかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
広巳は上框あがりかまちへ出て婢の出した瓶子と茶碗を引ったくるように執り、いきなりそこへ胡座あぐらをかき、瓶子の栓を口でいて、どくどくといで飲んだ。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
焚火をめぐって、土の上へ胡座あぐらをかいてする食事である。本居君と私とは適当な食器を用意することを知らなかった。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)
胡座あぐらの膝を交えて博士の怪気焔を拝聴したということだが、幸田節三のこの不敵な思い付きはそのおり博士に暗示されたものらしいというのである。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
坊さんのお勤がすむまでは胡座あぐらにもならでモジモジしている殊勝さは、その心持ちだけでも買ってやっていいと思う。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
それから素足で寝台の上を歩いて見て、しまひにはその上に胡座あぐらを掻いた。それから暫く両手で膝頭を抱いて、前の方を見詰めて、物を案じてゐた。
『眞理と美は常に新しい!』と、一度砂をもぐつた樣にザラザラした聲を少し顫はして、昌作は倦怠相けだるさう胡座あぐらをかく。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
庸三は新調のふかふかしたメリンスのつい座蒲団ざぶとんの一つに、どかりと胡座あぐらをかくと、さも可笑おかしそうに笑っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黒板には只一つ樺太からふと定期ブラゴエ丸の二等料理人の口が出ているだけで、その前の大テーブルの上に車座に胡座あぐらいて、いつもの連中が朝から壷を伏せていた。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
雪枝ゆきえ老爺ぢゞいこれかたとき濠端ほりばたくさ胡座あぐらした片膝かたひざに、握拳にぎりこぶしをぐい、といてはら波立なみたつまで気兢きほつてつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山木剛造は今しも晩餐ばんさんを終りしならん、大きなる熊の毛皮にドツかと胡座あぐらかきて、仰げる広き額には微醺びくんの色を帯びて、カンカンと輝ける洋燈ランプの光に照れり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「伊東の辰姫か、北條の政子か。」と、伊之助は、正しく坐つてゐたのを胡座あぐらにして、ニヤリ/\笑つた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
炉に懸けた泥鰌汁どじょうじる大鍋おおなべからは盛に湯気がちまして、そこに胡座あぐらをかいた源の顔へにおいかかるのでした。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
囲炉裏に向って、胡座あぐらの膝に両手をさしちがえて俯向うつむき加減になって、つまった鼻をプン/\言わせて居た。酒に酔うと何時でも鼻をつまらせるのが癖であった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
小舞こまいかきの竹は勝手を知っていますから、明店あきだな上総戸かずさどを明けて中へ這入はいり、こもき、睾丸火鉢きんたまひばちを入れ、坐蒲団ざぶとんを布きましたから、其の上に清次は胡座あぐらをかき。
勇は国防色のスフの上衣を脱ぎ、上り端へ胡座あぐらをかいてから、小さい新聞包みを母の方へ押しやった。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
彼は、さっきから小屋の片隅に、そうして胡座あぐらをかいた儘なのだ。だが、彼の目は、血走っていた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
制服を着、帽子を胡座あぐらの上にのせ、浮れていた。地方じかたの唄をすっかり暗誦していて合わせたり
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
木華里ムカリ (札木合ジャムカの前に胡座あぐらをかき)これは札木合ジャムカ王ですか。私は成吉思汗ジンギスカンの軍使、木華里ムカリという者です。長の籠城、想像に絶する疲弊困憊ひへいこんぱいの有様、お察し申し上げます。
昨夜おそく仕事から帰ってきて、僕が茶の間の餉台ちゃぶだいの前へ胡座あぐらをかいていると、女房が片口を持って玄関の方へ出て行った。すると、ややあって、ゴクという音がするのだ。
濁酒を恋う (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
更紗さらさ掻巻かいまきねて、毛布をかけた敷布団の上に胡座あぐらを掻いたのは主の新造で、年は三十前後、キリリとした目鼻立ちの、どこかイナセには出来ていても、真青な色をして
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
日がかたむくとソヨ吹きそめた南風みなみが、夜に入ると共に水の流るゝ如く吹き入るので、ランプをつけて置くのが骨だった。母屋の縁に胡座あぐらかいて、身も魂も空虚からにして涼風すずかぜひたる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
若い女が頭に水甕みずがめを載せて出て来る。地面に胡座あぐらをかいている青年一が呼び停める。
軒の名札に、勲八等鷲尾某と書いてある父親は「日露戦争」の生残りだが、不自由に胡座あぐらをかいている左の足は、弾丸の破片でやられたあとが、二本の指を失くして紫色に光っていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
見ると、その広間の中には、どれもこれも強そうな男が三十人ばかりお酒宴さかもりをしていました。そして一番高い所に、身のたけが六尺もある位な大男が、胡座あぐらをかいて坐っておりました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はチベット風に大王の前に胡座あぐらをかいて坐りまして中央に居られる方を見ますと
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
すぐ川の見える欄干てすりの傍へ胡座あぐらを掻いて、とおもったらまたすぐ立ち上がって
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「君も寂しがるたちだね」と云って、大村は胡座あぐらを掻いて、又紙巻を吸い附けた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
飯を焚くし、ミルクを作るし、夕方のさいから、こと/″\く僕だ。三四月からだつたゞらう。僕が、胡座あぐらをかいて子供を、脚の間へ入れると、丁度、股が枕になつて、すつぽり、子供の身体が入る。
西宮は床の間をうしろ胡座あぐらを組み、平田は窓をうしろにしてひざくずさずにいた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
龍子はMの話を聞きながら、Eから聞き知つた此の中でのいろんな挿話を思ひ出すと、今此処の独房の何の一つかに胡座あぐらをかいて読書をしてゐるEの姿をまざ/\と見るやうな気がするのだつた。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
いつとなく、団九郎も彫像ちょうぞう三昧さんまいを知った。木材をさがしもとめ、和尚の熟睡じゅくすいをまって庫裏の一隅に胡座あぐらし、のみふるいはじめてのちには、雑念を離れ、屡〻しばしば夜の白むのも忘れていたということである。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
道端の小石を蹴飛ばし勢よくがらりと妾宅の格子戸を明けたが、すると外からも見通される茶の間に洋服を着た見知らない若い男が胡座あぐらをかいていて、寝ていると思ったお千代は起きて話をしている。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
胡座あぐらをかきつつい気持になってるのが中村花痩なかむらかそうであった。
彼は日の当つてゐる縁側に胡座あぐらをかいて
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
短躯肥満、童顔豊頬にして眉間に小豆あずき大のいぼいんしたミナト屋の大将は快然として鉢巻を取りつつ、魚鱗うろこの散乱した糶台ばんだい胡座あぐらを掻き直した。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それで次の檻の中をうかがった。そこには、更に巨大なる動物が、金網の中に胡座あぐらをかいて、ジッと前方を見詰めていた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
幸田節三は布団の上に胡座あぐらをかいて酒月の話を聴いていたが、やや暫くののち急にポンと膝を打って
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
やみかすと、たかおほき坊主ばうずて、から三尺さんじやくばかりたかところちう胡座あぐらいたも道理だうりみぎは足代あじろんでいたわたしたうへ構込かまへこんで、らうことか、出家しゆつけくせ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
他ならぬそれは紋十郎で、彼は上座かみざ胡座あぐらを掻き、さっきからいかにも不機嫌そうに、ジロジロ座中をめ廻わしていたが、とうとうこの時怒鳴り出したのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は座布団の上に胡座あぐらくと、ビール罎に手をかけ、にこにこしながら壁越しに向っていった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お寺の門のところにどっかと胡座あぐらをかいた、微動だもせぬ、木像の安置せられたような彼——いかなる名匠の鑿をもってしても、かかる座像を彫ることは不可能に相違ない。
沼畔小話集 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
小川家の離室はなれには、畫家の吉野と信吾とが相對してゐる。吉野は三十分許り前に盛岡から歸つて來た所で、上衣を脱ぎ、白綾の夏襯衣ちよつきの、その鈕まではづして、胡座あぐらをかいた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
甚「出たって出したのだ、さア胡座あぐらをかゝせな、たれえの上へ、し/\そりゃ来た水を、水だよ、湯灌をするのに水が汲んでねえのか、仕様がねえなア、早く水を持ってねえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)