きこ)” の例文
旧字:
わたしの部屋は朝だと云うのに暗くて、天井の低い部屋だった。裏は四条の電車の駅とかで、拡声機の声がひっきりなしにきこえて来る。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
今朝けた佐倉炭さくらずみは白くなって、薩摩五徳さつまごとくけた鉄瓶てつびんがほとんどめている。炭取はからだ。手をたたいたがちょっと台所まできこえない。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
現世げんせかたかられば一ぺん夢物語ゆめものがたりのようにきこえるでございましょうが、そこが現世げんせ幽界ゆうかいとの相違そういなのだからなんとも致方いたしかたがございませぬ。
しかも根本に於ては音楽の原理に適っている——でなければ美しくきこえる筈がない——ところの、真の自由律の形式である。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
へなへなした私も、へこまされまいとして自分の所信だけは曲げなかった。暁の鶏の声がきこえるまで春の夜の寒さにふるえながら、互いに論じ語った。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それではきこえないからわからないはづです、それからまた蓄音器ちくおんきといふものが始めて舶来はくらいになりました時は、吾人共われひととも西洋人せいやうじん機械学きかいがくけたる事にはおどろきました。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「旦那、しゃぼん」という声がきこえると、てッきり吉弥の声であった。男はいつも女湯の方によって洗っていた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
暫く、靴音が遠くなってから、とても若々しいハミングが、フウフウフフン、ウフフフフンとかきこえて来ました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
今夜も、寒い北風か? 古寺の戸障子をゆする冷たげな音が、この窖までも淋しくきこえて来るのであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「是非一つ先生に助けて戴きたい」と、私が先生になったんですが、「実は、先生がこの前お書きなった電波病というのにかかりまして、電波がきこえて仕様がない。 ...
もしか狐だの、狸だのいふ言葉が、栖鳳氏の耳にきこえようものなら、画家ゑかきは折角うまく出来た絵を塗りくつてしまふかも知れない。それにしては金屏風が勿体なかつた。
隣の北安曇郡でもずっと北へ寄って、同じ理由で大角豆ささげ畠へ入らせぬ村があり、また夕顔棚の下へ行くと、七夕様の天の川のお渡りなさる音がきこえるという村もある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「この上に落付く必要はないです。眼が見えます。耳がきこえます。どんな御相談ですか」
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たとえ生命いのちを取られてもその約束を果さねばならぬと思い、森林のそばまで来た時はもかれこれ十二時に近く、林中には相変らずふくろうの鳴声もきこえて、其物凄ものすごい事は限りもなかったが
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「紐育のお天気はどうです? こちらはひどい吹雪ですよ——話がきこえますか」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何処どこからともなくきこえて来る、クラヴサンやヴィオラ・ダ・ガンバや——今の世の生活には縁の遠い古代の楽器から発するほのかな音楽や、沈香や白檀をくらしい幽雅な香の匂いなどは
「もう結構です皆様、どうぞ入ってきて下さい」そういうのがきこえた。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぶらんこが光り、オルガンがたのしげにきこえていた。……
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やっとの事で、下女の足音が廊下の曲り角にきこえた時に、わざと取りつくろった余裕を外側へ示したくなるほど、彼の心はそわそわしていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
開店広告の赤い旗が、店々の前にひるがえり、チンドン楽隊の鳴らす響が、秋空に高くきこえているのである。
秋と漫歩 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
汝達そちたち談話はなしはようわしにもきこえてました。人間にんげん母子おやこ情愛じょうあいもうすものは、たいていみなああしたものらしく、俺達わしたち世界せかいのようになかなかあっさりはしてらんな。
「六万MC、するとこの間も、ちょっときこえた怪放送だね。——録音器は、廻っているだろうね」
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
テダが穴などという語は吾々われわれには俗にきこえるけれども、ちょうどのぼる日の直下だけが、あざやかに光り輝いているのを見て、そこを特殊に尊くもまた慕わしい神の島と感じて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うもこれは耳へけてくのに、ギン/\とかすかにきこえて判然はつきりわからぬやうだが、うかう耳へあてずに器械きかいをギユーとねぢると、判然はつきり音色おんしよく席中せきぢうぱい大音だいおんきこえるやうにたいものだ。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
或時珈琲店カフエーで落合つた悪戯いたづらな友達の一人が、打明けなければかうすると言つて、首をめにかゝると、くだんの日本画家は川向ふの天主教の尼さんにきこえないやうに低声こごゑ加之おまけに京都なまり
ふくろうの鳴く声もきこえ、実に物凄ものすごい程静かな有様である。
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
会話はちょっと途切とぎれる。帳面をあけて先刻さっきの鶏を静かに写生していると、落ちついた耳の底へじゃらんじゃらんと云う馬の鈴がきこえ出した。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこには情熱のかわきがあり、遠く音楽のようにきこえてくる、或る倫理感への陶酔がある。しかり、詩は人間性の命令者で、情慾の底に燃えているヒューマニチイだ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
また道中どうちゅうどこへまいりましてもれい甲高かんだか霊鳥れいちよう鳴声なきごえ前後ぜんご左右さゆう樹間このまからあめるようにきこえました。
しかし聴取不能ちょうしゅふのうの時間は、わずか三十秒で終り、それから先は、またはっきりきこえだした。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのうちで大よそわかるのは、佐賀県藤津ふじつ郡でトテッポッポという名などで、ちょっと鳩のことのようにもきこえるが、伊予の周桑地方でケケコウロウともいい、この方は一名ニワトリ草ともいうから
「うん、何時いつ迄もさう云ふ世界に住んでゐられゝば結構さ」と云つた。其おもい言葉のあしが、とみに対する一種の呪咀をつてゐる様にきこえた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
戦争の気配もないのに、大砲の音が遠くできこえ、城壁の周囲まわりに立てた支那の旗が、青や赤のふさをびらびらさせて、青竜刀の列と一所に、無限に沢山連なっていた。
裏座敷で琴がきこえて——もっとも兄と一さんじゃ駄目ね。小野さんなら、きっと御気に入るでしょう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春の暮方くれがたの物音が、遠くの空からきこえて来るような感じがする。古来日本の詩歌には、鶯を歌ったものが非常に多いが、ほとんど皆退屈な凡歌凡句であり、独り蕪村だけが卓越している。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
すぐ崖のそばへ来て急に鳴き出したらしいひよどりも、声がきこえるだけで姿の見えないのが物足りなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
娼家しょうからしい家が並んで、中庭のある奥の方から、閑雅な音楽の音がきこえて来た。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
けれども人の足音はどこにもきこえなかった。用事で往来ゆききをする下女の姿も見えなかった。手拭と石鹸シャボンをそこへ置いた津田は、うちの書斎でお延を呼ぶ時のように手を鳴らして見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「年々烈しくなるんじゃないかしら。今日なんぞは全く風はないね」とひさしの外を下からのぞいて見る。空は曇る心持ちをかして春の日があやふやに流れている。琴のがまだきこえる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうちあめます/\ふかくなつた。いへつゝんで遠いおときこえた。門野かどのて、すこさむい様ですな、硝子戸がらすどめませうかといた。硝子戸がらすどあひだ二人ふたりかほそろえてにはの方をてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「何を考えてるんだ。いくら呼んでもきこえない」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)