そっ)” の例文
旧字:
はて、不思議だと思いながら、抜足ぬきあしをしてそっけて行くと、不意に赤児の泣声が聞えた。よくると、其奴そいつが赤児を抱えていたのだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うのは全く此方こっちが悪い。人の勉強するのを面白くないとはしからぬ事だけれども、何分きょうがないからそっと両三人に相談して
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
とこれからそっと出掛けて上方者のうちの水口の戸を明けてとう/\盗んで来ました。人が取ったのを又盗み出すと云う太い奴でございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
とむらむらとして、どうしたんですか、じりじり胸が煮え返るようでめつけますと、そっ跫音あしおとを忍んで、みつやは、二階を下りましたっけ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別荘作りの立派な家、そこまで行くと立ち止まり、ジロリ四辺を見まわしたね、それから木戸をそっと開けて、入り込んだものでございますよ。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とぶっきらぼうの私も雪江さんだけには言いつけぬお世辞も不覚つい出て、机の上の毛糸のランプじきそっとランプを載せると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
拘泥こうでいのないはればれした快活さが、その女の眠っている間には必らず湧き上ってくる感情だった。かれはそっと腰掛を離れ渚の方へ向いて歩き出した。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼はそっとぬき足して母屋に帰った。うたはまだつゞいて、(ウーイ、ウーイ)が Refrain の様に響いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いつも眞赤まっかになってゐる……そのひめくちびるから永劫えいがうなぬ天福てんぷくそっぬすむことも出來でくる、ロミオにはそれがかなはぬ。
千代子は何のかんがえもなく心安立こころやすだてに呼びかけようとするのを、蝶子が心づいて、そっと千代子に注意をした。山室と歌唱いとは何も知らずそのまま横町を六区の方へ曲る。
心づくし (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お島が朝御飯を運んで来た時、乃公はそっと床を脱出して、戸のうしろかくれていた。お母さんの黒い肩掛を頭からかぶって、戸が開くか開かないに、乃公はお島の足に囓り付いた。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
或るうちへ遊びに行ったら、正太夫という人が度々遊びに来る、今晩も来ていますというゆえ、その正太夫という人を是非見せてくれと頼んで、廊下鳶ろうかとんびをして障子のすきからそっのぞいて見たら
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
父親おやじの影が見えたので、源はそっと表の方へ抜出しました。何処へ行くという目的めあてもなく、ぶらりと出掛けて、やがて二三町も歩いてまいりますと、さ、足は不思議に前へ進まなくなりました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何でも夜半よなかのことだと聞きましたが、裏の鶏舎とや羽搏はばたきの音が烈しく聞えたので、彌作がそっと出て見ると、暗い中に例の𤢖が立っている。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かけるようなものだと種々に考えまして親父の寝付いた時分にそっと抜け出して数寄屋河岸すきやがしの柳番屋の脇の処に立って居りました。
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
沖田総司おきたそうじは、枕元の刀を掴み、夜具を刎退はねのけ、やまいで衰弱しきっている体を立上らせ、縁へ出、雨戸をそっと開けて見た。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私はもうあとは聴いていなかった。たれはばかる必要もないのに、そっと目立たぬように後方うしろ退さがって、狐鼠々々こそこそと奥へ引込ひっこんだ。ベタリと机の前へ坐った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
大阪あたりの娘らしいのが、「良平りょうへいさんよ」と云う。お新さんがお糸さんと顔見合わせて莞爾にっこりした。お新さんはそっと其内の椿の葉を記念の為にちぎった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
何故なぜというに神社の境内に近く佗住居わびずまいして読書にみ苦作につかれた折そっと着のみ着のまま羽織はおり引掛ひっかけず我がの庭のように静な裏手から人なき境内に歩入あゆみいって
私はしばらくすると私自身の腹の中にそっ聞耳ききみみを立てるように、何かをさぐりながら聞こうとした。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あんな事を云わんでもいのじゃと独り発明したようなものだが、ばかりは母にも云われず姉にも云われず、云えばきっと叱られるから、一人ひとりそっと黙って居ました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
乃公は余り苦しいから、そっと室を脱出して、客間へ入ったけれども、見つかると又叱られるから、窓掛の後にかくれていたが、其中に大層身体がるくなり、次いでねむくなった。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ヂュリエットまた階上かいぢゃうあらはれて、そっ口笛くちぶえらす。
老功に笑って退け、仰向あおむいて障子をそっと。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにをしてゐるのかと、わたしもそっと覗いてみると、四人は明るい月の下に突つ立つて、なにか相談でもしてゐるらしいんです。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
梅「確かりせえたって私はそっと裏から逃げようと思ってる処に、鉄砲の音を聞いて今度ばかりは本当に死んだような心持になりましたよ」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
無論一体にきずだらけで処々ところどころ鉛筆の落書のあととどめて、腰張の新聞紙のめくれた蔭から隠した大疵おおきずそっかおを出している。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
メレンスの半襟はんえり一かけ、足袋の一足、そっひとの女中のたもとにしのばせて、来年のえさにする家もある。其等の出代りも済んで、やれ一安心と息をつけば、最早彼岸だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蘿月宗匠そうしょうはいくら年をとっても昔の気質かたぎは変らないので見て見ぬようにそっと立止るが、大概はぞっとしない女房ばかりなので、落胆らくたんしたようにそのまま歩調あゆみを早める。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下駄を突っかけると飛石伝いにそっ其方そっちへ小走って行った。燈火ともしびの射さない暗い露路に小供が一人立っていたが、しかしそれは小供ではなく思った通りトン公であった。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
料理茶屋でのんだ帰りに猪口ちょこだの小皿だの色々手ごろな品をそっと盗んで来るような万引である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
乃公おれそっと校長の室へ行って見た。来ない筈だ。木乃伊はストーブの側で椅子にもたれて、心持好さそうに居睡いねむりをしている。うなると校長も他愛ないものだ。乃公が近傍ちかくへ行っても知らずにいる。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しながら、そっとその甕を探し出して籠に入れる。そうして、その上に洗濯の着物をかぶせて抱えて帰る。そうすれば誰も気がつきますまい。
自来也の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いずれも大きに驚き、長二の身の上を案じ、大抵にしておけと云わぬばかりに、源八がそっと長二の袖を引くを、奉行ははやくも認められまして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
手に持っていた竹の鞭で、そっと鼬に障わりながら、錆のある美音で唄い出した。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
留守の中にそっと猫の死骸しがいを押入の中に投込んで様子を見たが、これさえさほど恐怖の種にはならなかったらしいので、遂に清岡はわるくすると感付かれるかも知れぬと危ぶみながら
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夜がけてからそっと見まはるのかも知れないと思つて、内へ這入つてその話をすると、かみさんも成程なるほどさうかも知れないと云つてゐました。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
三「新吉が居る様なれば寄らねえが、新吉が居なければ一寸ちょっと逢ってきたいからそっのぞいて様子を見て、新吉が居てはとても顔出しは出来ぬ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
コツコツコツコツと部屋の襖をそっと指で打つ者がある。
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
怖いもの見たさに、お菊は眼を少しく明けてそっと窺うと、うす暗い行燈あんどうの前に若い女の立姿が幻のように浮き出していた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼奴あいつは今丁度くらい酔って寝て居やアがるうちそっと持って来て中をあばいてろうじゃアねえか、後で気が附いて騒いだってもと/\彼奴の物でねえから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
塩冶の奥方にお目通りして、かの歌をそっとまいらせましたら、手にとりあげて御覧ごろうじて、しばしは顔をあかめておわす。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一際ひときわ蕭然ひっそりとする。時に隣座敷は武士体さむらいていのお客、降込められて遅くなって藤屋へ着き、是から湯にでも入ろうとする処を、廊下では二人でそっのぞいて居る。
窟の奥からそっと抜け出して、ず表の有様ありさまぬすると、夜はう更けたらしい、山霧は雨となって細かに降っている。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と云ってみんな出て仕舞ったが、中に一人九兵衞さんと云う人ばかりは出られませんから、そっ柘榴口ざくろぐちくゞって逃げようと思うと、水船の脇ですべって倒れました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
牢にいる間に、お熊はそっとお菊に約束して、もしお前が命を助かったらば、わたしの形見として黄八丈の小袖を遣ろうと云った。しかしお菊も助からなかった。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そっいてくと、六軒目の長屋の前へ荷をおろして、がちりっと上総戸かずさどを明けて入るから、清次は心の内で、此奴こいつ此処こゝに住んでるのか、不思議な事もあるものだ
とは申しますものゝそっと楼主の顔をみますれば、なんとなくおだやかでない、幾度いくたびとなく身請のことを口を酸ッぱくして諭しても、花里はうんと申さないかられているんで。
その途端に、隣に寝ていたお久が不意に此方こっちへ向いて輾転ねがえりを打った。お菊は吃驚びっくりして見かえると、それを相図のようにお熊はそっと起った。どこかでう一番鶏の歌う声が聞えた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庭口からそっと忍び込んで、裏手に待っているから、四つの廻りの拍子木を聞いたら、構わず菊の首玉くびッたまへかじり附け、己が突然だしぬけにがらりと障子を開けて、不義者ぶぎもの見附けた
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)