ほり)” の例文
ところが『大清』の南はほりで建増そうにもひろげようにもどうすることも出来ない。そこで、眼をつけたのが北どなりの京屋の地面。
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こんな民土のうたおこったのも、正に明智領になってからである。こよいもほりをこえ、狭間はざまをこえて、城下のうたが本丸まで聞えていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上と下とほりが二つあって、まんなかが水門。上ではない、その下のほうの濠に、いぶかしい品がぶかりぶかりと浮いているのです。
麹町の元園町時代は、市街の中央だったが、それでもお城のおほりが近く、番町の大溝が近かったりした関係上、折々その庭に蛙が来た。
解説 趣味を通じての先生 (新字新仮名) / 額田六福(著)
ひかけて、左右さいうる、とほりくさばかりではく、だまつて打傾うちかたむいて老爺ぢゞいた。それを、……雪枝ゆきえたしか面色おもゝちであつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「一刻も早く御帰国なさい。だが此所ここで御覧のとおり、事態は極度に悪化しています。のがれる路は唯一つ、おほりをくぐって、山下橋やましたばしへ」
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兵馬はその絵馬をかついで、舞鶴城ぶかくじょうほりの近辺を通ると、どうしたものか、一頭の犬が、兵馬の前路をふさいでさかんにえ立てます。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
古い土手の松が大きな根をそこにうねらせていたばかりではなく、淡い緑の枝が形よくほりの水にその影を落していたからである。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
あるのことでした。三にんは、いっしょに、おほりほうあるいてゆきました。ゆきえて、みずがなみなみと、午後ごごひかりかがやいていました。
春の日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
お勝手口からひさし續きに五六間行つたところ、隨分不便な場所ですが、おほりや下水の差し水を嫌つて、わざとこんなところへ掘つたのでせう。
お父様は藩の時徒士かちであったが、それでも土塀どべいめぐらした門構の家にだけは住んでおられた。門の前はおほりで、向うの岸はかみのお蔵である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
江戸城のほりはけだし水の美の冠たるもの。しかしこの事は叙述の筆を以てするよりもむしろ絵画のを以てするにくはない。
午後四時頃、それが済んで、帝劇を出た時は、まだ白くぼやけたやうな日が、快い柔かな光で、おほりの松の上にかゝつてゐた。
私の社交ダンス (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
廃兵院の広地の奥、そのほりや高い壁の後ろ、厳粛な寂寞せきばくさの中には、遠い昔の戦勝の交響曲のように、薄黒い金色のまる屋根が浮き出していた。
ほりどての青草や、向う側の堤の松や、大使館前の葉桜の林などには、十日ほど前に来たときなどよりも、もっと激しい夏の色が動いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「□□さんきっとああいうところが好きだからいってごらんなさい、裏のおほりのふちにたったひとつ狭い部屋があるから」
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
三方に築地塀ついじべいを廻らし、南側のほりに沿った一方だけ黒く塗ったさくになっていた。柵の内側は杉の深い林で、その杉林が邸内の半ばを占めている。
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
レーテは汝見るをうべし、されどこのほりそと、罪悔によりて除かれし時魂等己を洗はんとて行く處にあり 一三六—一三八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
お増は、帰りに日比谷公園などを、ぶらぶら一周りして、おほりの水に、日影の薄れかかる時分に、そこから電車に乗った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
御城の杉の梢は丁度この絵と同じようなさびた色をして、おほりの石崖の上には葉をふるうたむくの大木が、枯菰かれこもの中のつめたい水に影を落している。
森の絵 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ほりをぐるっとめぐって、参謀本部のとこから、日比谷へ出て、それから新橋駅へ出て、赤羽は、その裏じゃないか。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
狭い町へ出たり、例のはすの咲いているほりへ出たりまた狭い町へ出たりしたが、いっこうこれぞという所はなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この商人がある晩おそく紀国坂を急いで登って行くと、ただひとりほりふちかがんで、ひどく泣いている女を見た。
(新字新仮名) / 小泉八雲(著)
尾張国おわりのくにの名古屋を中心とするのが愛知県であります。名古屋城は今も昔の姿を変えず、下にはほりを漂わせ、高い石垣の上にそびえ立つ様は壮大であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
百舌鳥もずが、けたたましくほりの向うで鳴いている。四谷見附から、溜池ためいけへ出て、溜池の裏の竜光堂という薬屋の前を通って、豊川いなり前の電車道へ出る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
するとそいつはほりの方へ向いた窓をあけてね、そこに立ちはだかって、豚の子みたいにわめくんでございます。
サン・ヴィクトルのほりや植物園などに沿っている古い狭い街路は、駅馬車や辻馬車つじばしゃや乗合い馬車などの群れが毎日三、四回激しく往来するために震え動き
案内の若い者につれられて、三人は白鷺城のほりについて、人通りのない雨の道を、旧城下町へ入って行った。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
片端かたはという地名は一方が城の土居もしくはほりばたになっていて、片側しか人家のない道路であることを意味し、これも西国にはなくてこの辺から東には多い。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
……だがそれにしてもこの図面、どこの城郭の縄張りなんだろう? ……北の丸、西の丸、西丸下、本丸があって二の丸がある。ほりが三重に取り巻いている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
町は何等の防備を有せぬのを例としていたが、堺は町をめぐらしてほりを有し、町の出入口は厳重な木戸木戸を有し、堺全体が支那の城池のような有様を持っていた。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
千代田のほりはいかに深く、その城壁はどんなに高くとも、この、人間の港の潮を防ぐことはできない。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
昔の栄華えいがを語る古城のほとり、朽ちかけた天守閣にはつたかずらがからみ、崩れかけた石垣にはいっぱいこけが生え、そのおほりに睡蓮の花が咲いていたら、私達は知らぬ間に
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
樹木に対して目をふさぐような気持ちで冬を過ごしてしまうと、やがてほりばたの柳などが芽をふいてくる。いかにも美しい。やっぱり新緑は東京でも美しいんだなと思う。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
子規居士の「石垣や蛙も鳴かず深きほり」という句は、蛙が鳴くべくして鳴かぬ、闃寂げきせきたる深い濠を想像せしめるが、見方によっては夜と限らないでもよさそうな気がする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
身投げの決心をしても大丈夫なことは細君の保証するところだが、酔っていておほりへ落ちたのだから危かった。深い浅いを考える余裕がなければ死んでしまうかも知れない。
一年の計 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そうしてあしとの茂るほりを見おろして、かすかな夕日の光にぬらされながら、かいつぶり鳴く水に寂しい白壁の影を落している、あの天主閣の高い屋根がわらがいつまでも
松江印象記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほりまで見通せる道の両側の青い街では家々は夕飯をすましてまだ瓦斯ガス燈の瓦斯が来ないままに、人々は店の上りかまちに腰かけて雑談したり、往来へ出て背のびをしたりしていた。
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あのほりの向うにいて宮内は只今外出そとでしているが、直ぐ戻ってくるから待っていてくれといえ、いいか、濠のところでいうのじゃぞ、あれから内へは、わしがよいといわぬ間は
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ところがある日、高い塔の上からほりの中に落ちて死んだ人を見て、彼はこう考えました。
魔法探し (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
土埃で白ちゃけた頭が、橋のふちから突き出している。一間下は、うすみどりの水草を浮かしたほりである。しかし次郎は、その間にも、相手の着物の裾を握ることを忘れていなかった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あの江戸城の外のおほりばたの柳ののかげに隠れていたのは正月十五日とあるから、山家のことで言えば左義長さぎちょうの済むころであるが、それらの壮士が老中安藤対馬の登城を待ち受けて
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その後、或る日、工部学校の前を通り、ふと見ると、おほりへ白水が流れている。
そしてその武士が大手おゝてほりきわへ来たときに、一間とは離れぬ迄に近づいて
またその外には自然の小川を利用して小さいほりのようなものを作っていた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ある商人あきんど深更よふけ赤坂あかさかくに坂を通りかかった。左は紀州邸きしゅうてい築地ついじ塀、右はほり。そして、濠の向うは彦根ひこね藩邸の森々しんしんたる木立で、深更と言い自分の影法師がこわくなるくらいな物淋しさであった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何でもおれのきくとこにると、あいつらは海岸のふくふくした黒土や、美しい緑いろの野原に行って知らん顔をしてみぞを掘るやら、ほりをこさへるやら、それはどうも実にひどいもんださうだ。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
大殿おほとのほりは広らと水照みでりして内なる池の鴨むらも見ゆ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
深いほりの中だろうか。兎に角
それが映つたほりの水。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)