最早もは)” の例文
しかしてこの新しき仏蘭西の美術のようやく転じて日本現代の画界を襲ふの時、北斎の本国においては最早もは一人いちにんの北斎をかえりみるものなし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
のう、瀧口殿、最早もはや世に浮ぶ瀬もなき此身、今更しむべき譽もなければ、誰れに恥づべき名もあらず、重景が一懺悔ざんげ聞き給へ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
犯人はもちろん、奇怪なことには、被害者さえも、実ははっきりとは分っていないのであります。警察では、最早もはさじを投げています。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、今年もおそろひの派手な縮み浴衣ゆかたを着は着ても、最早もはやそのすそから玉のやうなかかとをこぼして蛍狩ほたるがりや庭のすずみには歩かなかつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
あの漂白さすらいの芸人は、鯉魚りぎょの神秘をた紫玉の身には、最早もはや、うみしるの如く、つばよだれくさい乞食坊主のみではなかつたのである。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
例えば彼の在留中、小野おのも立腹したと見え、私にむかって、最早もはや御用も済みたればお前は今からきに帰国するがよろしいとうと、私が不服だ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼女は見ないやうにしてゐた事実をまざ/\と鼻先へ突き付けられて、最早もはや己惚れの存する余地がなくなつてしまつた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
最早もはや一図に俳句にたずさわるよりほか、仕方がないとあきらめをつけ、そうでなくっても根柢からこの短い詩の研究に深い注意を払っていたのが
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「拙者が直々じきじきに参るのは、まことに異なものでござるが、今となっては最早もはうらみも憎しみも無いお互いでござる——」
いま支那海シナかい波濤はたうつて進航しんかうしてるから、よし此後このゝちなみたかくとも、かぜあらくとも、二せん諸君しよくん面前めんぜんあらはれるのは最早もはとほことではあるまいとおもふ。
釣銭はいらないよといった心が横わり出すと最早もはや到底私の力でも先生の力でも親の力においてさえも、この横わりたるこの心は、動いてはくれないのだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
最早もはや酔の廻った好色の一人の宿禰は、再び座についた王の後で、侍女の乳房の重みを計りながら笑っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし、最早もはや御近所へ披露ひろうしてしまった後だから泣寝入りである。後略のまま頓首とんしゅ。大事にしたまえ。萱野君、旅行から帰って来た由。早川俊二。津島君。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
家庭の歓楽と云ふ如き問題は、最早もはや篠田さんのお心には無いのです、勿論もちろんの様なる荘厳の御精神に感動せざる女性をんなの心が、何処どこにありませう、けれど剛さん
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
今日では世の変遷につれて最早もはやその人種はそこに居なくても、またその住所跡は全く湮滅して今は全く見られなくとも、その梅は依然として爾来悠久な星霜の間
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
おしかさんも最早もはや古参株で、それらの老女の一、二人を除くと、動かせない中老どころだ。廿五年勤続の祝いも五、六年前に済んで、もうやがて五十路にも近かろう。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
殊に其形はコロップの裏の創にシックリ合えり、生田の罪は最早もは秋毫しゅうごうの疑い無し。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
最早もはや二歳の児がある程の永い結婚生活は、水々しかった妻の白い肉体からすべての秘密を曝露し尽して了いまして、妻以外の女の幻影が私の淫らな神経を四六時中刺戟して居りまして
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
母「さア/\早くかぬか、かれこれ最早もはや九ツになります」
最早もは身動みうごきするのもいやになつた。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
最早もはや、今日では……
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
波越警部は、犯人の傍若無人ぼうじゃくぶじんなやり口に、重ね重ねの大侮辱を蒙り、鬼刑事の名にかけて、最早もはやじっとしていることは出来なかった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつか婚期を失ってしまったお蘭は自分自身を諦め切っている気持に伴って、最早もはや四郎を生ける人としては期待しなくなった。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
当時はあからさまに言ひがたき事なきにあらざりしかど十年一昔ひとむかしの今となりては、いかに慎みなきわが筆とて最早もはわざわいを人に及さざるべし。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼女は見ないようにしていた事実をまざまざと鼻先へ突き付けられて、最早もはや己惚れの存する余地がなくなってしまった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
父の左近太夫は中風で生ける屍も同様、やかましやの老臣朝倉忠左衛門は火事の時死んで、高力の江戸屋敷に最早もはや若殿忠弘を押える者はありません。
そればかりでなく、最早もはや彼を助ける一人残った祭司の宿禰すくねにさえも、彼は言葉を交えようとしなかった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
れば、はれるとわしよわる。天守てんしゆからは、よくさばけ、最早もはをんなおもるやうわかひとさとせとある……御身達おみたち生命いのちへても取戻とりもどしたいとつてふ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お引立てをこうむる、御愛顧を願う、という文句は米屋か仕立屋したてやの広告文では最早もはやないのである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
奥平家の大奥に芳蓮院ほうれんいん様と云う女隠居がある、この貴婦人は一橋ひとつばし家から奥平家にくだって来た由緒ある身分で、最早もはや余程の老年でもあり、一家無上の御方様おんかたさまあがめられて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
只だひとへに主義の為めに御尽くしなさるのを知りましたものですから、私は心中に理想の良人と奉仕かしづいて、此身は最早もはや彼人の前に献げましたと云ふことをたしかに神様に誓つたのですよ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
左りの手にてかこう筈なし余は最早もはや我が心をおさゆあたわず、我が言葉をも吐くあたわず、身体に満々みち/\たる驚きに、余は其外の事を思う能わず、あたかも物に襲われし人の如く一せい高く叫びしまゝ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
或いは最早もはや温泉行きの手筈てはずもついていることかと思います。温泉に引越したら御様子願い上げます。北沢君なんかといっしょに訪ね、小生もその附近の宿にしばらく逗留とうりゅうしてみたいと思います。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし今から最早もはや二十年程前に医者に萎縮腎だといわれましたが、小便検査にも一向蛋白が出ず、あるいは時々山に登りあるいは相当に体を劇動させても爾後何の異条もなく今日に及んでいます。
川手氏は最早もはや見るに忍びなかった。今二人の男女が殺されようとしているのだ。目をふさいでも、断末魔の悲痛なうめき声が聞えて来る。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は喉元で自分をしかつた。宗右衛門にとつては最早もは此頃このごろの二人の娘は妄鬼であつた。離れ家はまさしく妄者の棲家すみかであつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
何故なぜというに慶三は最早もはや着物を着たり帯をしめたりしているお千代の姿を見るいとまがなくなったからである。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
最早もはやあのいたづらな仔猫の眼ではなくなつて、たつた今の瞬間に、何とも云へないびと、色気いろけと、哀愁とを湛へた、一人前の雌の眼になつてゐたのであつた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「卑弥呼、我は最早もはや月を見た。我はひとりで帰るであろう。」大兄は彼女を睥んでいった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
所謂いわゆる文明駸々乎しんしんことして進歩するの世の中になったこそ実にがた仕合しあわせで、実に不思議な事で、わば私の大願も成就したようなものだから、最早もはや一点の不平は云われない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
貴嬢は私を御存知ありますまいが、私はく貴嬢を存じて居ります——私は前年先妻をうしなつた時、最早もはや終生独身と覚悟致しました、——梅子さん、仮にも帝国軍人たるものが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
親兄弟もある人物、出来る限り、手を尽くして捜したが、皆目跡形あとかたが分らんから、われわれ友だちの間にも、最早もはや世にない、死んだものと断念あきらめて、都を出た日を命日にする始末。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これにて判事はお警察長に向い先刻死骸検査のむかえりたる医官等も最早もはきたるに間も有るまじければそれまでこゝとゞまられよと頼み置き其身は書記及び報告に来しくだんの巡査と共に此家より引上げたり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
最早もはや手のほどこし様がない。短剣はどうして盗み出したのか、書斎に置いてあった侯爵秘蔵のスペイン製のものであった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは再び商売女の雛妓にかえったように見えたけれども、わたくしは最早もはやかの女の心底を疑うようなことはしなかった。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし慶三は最早もはや最初ほどには驚きもせずまたどういう訳かそれ程に女の不貞をいきどおる気も起らなかった。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
最早もはやあのいたずらな仔猫の眼ではなくなって、たった今の瞬間に、何とも云えないびと、色気いろけと、哀愁とをたたえた、一人前の雌の眼になっていたのであった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
最早もはえりのあたりがむづ/\してた、平手ひらてこいると横撫よこなでひるせなをぬる/\とすべるといふ、やあ、ちゝしたひそんでおびあひだにも一ぴきあをくなつてそツとるとかたうへにも一すぢ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大人の柾木が大人の文子を眺める目は、最早もはや昔の様に聖なるものではなかった。彼は心に恥じながらも、知らずらず舞台の文子をけがしていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こんな具合で彼は二十歳をあまり過ぎなくて最早もはや出入りの諸大名の用人達に彼の非凡な商才と勤勉とを認められた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)