昨夕ゆうべ)” の例文
その時平岡は座敷の真中に引繰り返って寐ていた。昨夕ゆうべどこかの会へ出て、飲み過ごした結果だと云って、赤い眼をしきりにこすった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一条ひとすぢ山径やまみち草深くして、昨夕ゆうべの露なほ葉上はのうへにのこり、かゝぐるもすそ湿れがちに、峡々はざま/\を越えて行けば、昔遊むかしあそびの跡歴々として尋ぬべし。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
何だかこう、昨夕ゆうべまで濁っていた沼のおもが、今朝けさ起きて見ると、すっかりと澄みわたっているので、夢ではないかと思うような気がする。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そう思って四阿あずまやに近づくと、意外、月のないため遠方からは見えなかったが、倭文子は昨夕ゆうべと同じ姿勢で、ちゃんと腰かけているのである。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その顔を、凝乎じっと見ると、種々いろんな苦労をするか、今朝はひどく面窶おもやつれがして、先刻洗って来た、昨夕ゆうべの白粉の痕が青く斑点ぶちになって見える。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
昨夕ゆうべあの宿へ自分を送りつけた後は、鳥沢とやらへ帰ってしまったものと思っていたら、まだあの宿に泊っていたものらしい。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「さようさ。今の様子が死後十時間乃至ないし十四、五時間という所ですから、死んだのは昨夕ゆうべの八時から十二時の間でしょうか」
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「そうですとも、大いに妙です。神崎工学士、君は昨夕ゆうべ酔払って春子さんをつかまえてお得意の講義をしていたが忘れたか。」
恋を恋する人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
墓地を拔けると、一歩々々眼界が擴がつて、冴えた朝日は滑かな海を明るく照らしてゐたが、昨夕ゆうべの不快な記憶が彼れの頭から消えなかつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
パシエンカも昨夕ゆうべは大分遅くなつて床に這入つた。それは婿のだらしのない事に就いて娘が苦情を云ふのをなだめなくてはならなかつたからである。
それもそうだが、全躰その位なら昨夕ゆうべうちに、実はこれこれで御免になりましたと一言しとこと位言ッたッてよさそうなもんだ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
舌にいらいらする昨夕ゆうべの酒に、顔の皮膚がまだ厚ぽったくほてっていて、縁側に差し込む朝日が目にみるようであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「お鮨なんですよ、昨夕ゆうべ大使夫人にお招きにあづかりましてね、その折戴いた御馳走なの、貴方に上げたいと思つて、態々わざ/\持つて、帰つたのですわ。」
その研屋五兵衛が、昨夕ゆうべ酉刻むつ半(七時)過ぎ入谷の寮で、直刃すぐはの短刀で左首筋を貫き、あけに染んで死んでいたのです。
それはそうとともかく、挑戦状はたしじょうをたたきつけなくては話にならない。僕は昨夕ゆうべ一晩かかって、新聞広告の原稿を作っておいたからちょっと見てください。
昨夕ゆうべはまた手伝いに来てくれたそのお婆さんに連れられて久しぶりで明るい町を歩いて見た、その人が帰ってしまってからも母と二人で遅くまで話したが
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「辰夫と俺とは昨夕ゆうべの篠原の鰻に中毒あたつたらしい。薬を飲まして寝かしてやれ。俺も寝る。」と父が答へた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
私ね、昨夕ゆうべ行って来たんだけれどね……あなたどう思う? 私せっかく観るのにてんでんばらばら一人一人見てそれっきりにしておくの惜しいと思うんです。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「いや、僕の方でも大変失礼した。」と、市郎も尋常の挨拶をして、「時に今日来たのは他でもないが、うちの親父が昨夕ゆうべから行方知れずになったので……。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二人は取附く島も無く、落胆がっかりして、「ああなさけない、おらあ素手ではけえられましねえ。」「わしもさ今日をあてにして昨夕ゆうべから何も食わねえ。」と声を放ちて泣きいだせば
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時節は五月雨さみだれのまだ思切おもいきり悪く昨夕ゆうべより小止おやみなく降りて、欞子れんじもとに四足踏伸ばしたるねこものうくしてたんともせず、夜更よふけて酔はされし酒に、あけ近くからぐつすり眠り
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
昨夕ゆうべの君の行先を当たのは、この郷表うんぬんの文句からだ。六三とあるのは番地としか考えられないから、上の郷表に相当する町名は、東京中に中之郷O町のほかにない。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人並よりよほど広い額に頭痛膏をべたべたと貼りふさいでいる。昨夕ゆうべの干潟の烏のようである。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
この上長く此地にいられても詰りあなたの徳にもならずと、お辰憎くなるにつけてお前可愛かわゆく、真から底から正直におまえ、ドッコイあなたの行末にも良様よいよう昨夕ゆうべしかと考えて見たが
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「畜生、昨夕ゆうべの仕返しだ、うんとやっつけますよ、だが奴ぁおどろくでしょうね、うふふ」
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
聴水ともいはれし古狐が、黒衣ごとき山猿に、阿容々々おめおめ欺かれし悔しさよ。かかることもあらんかと、覚束なく思へばこそ、昨夕ゆうべ他がを訪づれて、首尾怎麼いかなりしと尋ねしなれ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
その内に素戔嗚は、昨夕ゆうべ寝なかつた疲れが出て、我知らずにうとうと眠にはひつた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
孝助がおこって木刀で打散うちゝらしたのだから、昨夕ゆうべのは孝助は少しも悪くはない、し孝助に遺恨があるならばなぜ飯島に届けん、供先ともさきを妨げしからん事だ、相助の暇に成るは当然あたりまえ
とデカデカに初号活字をつかった表題で、昨夕ゆうべの怪事件を報道しているところを見ても、敏感な新聞記者たちは早くもこれが近頃珍らしい大々事件だということを見破ったものらしい。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕は静かに、昨夕ゆうべ OPÉRA に行つてから、今朝までの自分の感情を追つて考へて見た。人の楽しむ事を自分もたのしみ、人の悲しむ事を自分も悲しみ得たのが何より満足に感じた。
珈琲店より (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
かわせきはらいがびたというので、年雄としおくんと二人ふたりで、むらはし散歩さんぽすると、昨夕ゆうべはいったはたけのとうもろこしがだいぶたおれて、あたまうえにひろがった、あおそらきゅうあきらしくかんじられたのです。
二百十日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「あ、よろしくッてね。あまり寒いからどうかしらッてひどく心配していなさるの、時候が時候だから、少しいい方だッたら逗子ずしにでも転地療養しなすったらッてね、昨夕ゆうべおっかさんとそう話したのですよ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
昨夕ゆうべも近所の湯にいつたら電車の噂で持ち切りであつた。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
忠 早いにもなんにも、昨夕ゆうべから歩き通しだ。
昨夕ゆうべわたしが見た夢の、さても不思議さ恐ろしさ。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
うごめかす鼻の先に、得意の見栄みえをぴくつかせていたものを、——あれは、ほんの表向で、内実の昨夕ゆうべを見たら、招くすすきむこうなびく。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無残々々むざむざと人に話すには、惜いような昨夕ゆうべであったが、いっそ長田に話して了って、岡嫉きの気持をやわらがした方が可い。と私は即座に決心して
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
昨夕ゆうべは板橋の宿にホッと仮寝の息を休めたけれども、今宵の宿が覚束おぼつかない。どこまで行って、どこへこの女を泊めていいか、それが心にかかる。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
馬場様、——八五郎と子供は後で存分に叱っておきましょう。それはまアそれとして、旦那は昨夕ゆうべから今朝の夜明けまで、どこになすったか、それを
銭形平次捕物控:050 碁敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
烏の聲に目を醒ますと、うららかな日が照つてゐて昨夕ゆうべの俄雨は夢であつたやうに、衣服も濡れてはゐなかつた。
(旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
「図書室へ行くのなんかおよしなさいね。昨夕ゆうべは出なかつたから、今日は散歩に出ようぢやありませんか。」
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
これで昨夕ゆうべ始めて新橋に着いた田舎者とは誰にも見えない。小女は親しげに純一を見て、こう云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
昨夕ゆうべお倉叔母さんが見えまして——あの叔母さんも、お俊ちゃんはお嫁さんに成るし、寂しいもんですから、吾家うちで一晩泊りましてネ——その時、話が有りました。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昨夕ゆうべ浅井がおそく帰ったときも、出迎えたお増は、玄関に両手をついておとなしやかに挨拶をした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
昨夕ゆうべからこはれかけの眼覚時計に螺旋ねぢを巻いて、今朝はいつもにない夙起はやおきをして来てゐるのだ。
誰一人執成とりなしてくれようと云うものはなし、しかたがないので、そっとね、姉様がむじつの罪をせられて——昨夕ゆうべ話したッけ——冤というのは何にも知らない罪を塗りつけられたの。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、彼女の寝てゐた所には、昨夕ゆうべ彼が貰つたやうな、領巾ひれがもう一枚落ちてゐた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一体昨夕ゆうべの事は事実だらうか。今にあの父親が来るだらう。そしたら娘が何もかも話すだらう。あいつは悪魔だ。まあ、己は何をしたのだらう。あそこには斧がある。己のいつかの時指を
「水はもういいです。隊は昨夕ゆうべ解散しました。ながながお世話になりました」
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
さては花漬売はなづけうりが心づかず落しゆきしかと手に取るとたん、其人そのひとゆかしく、昨夕ゆうべの亭主が物語今更のように、思い出されて、叔父おじの憎きにつけ世のうらめしきに付け、何となくただたつ可愛かわい
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)