おの)” の例文
音楽の波が下がって行く時に戦もゆるむように思われた。やりおのをふるう勇士が、皆音楽に拍子を合わせているように思われた。
春寒 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「先週わがアリョーナ・イヴァーノヴナをおのでやっつけたのは、本当に何か未来のナポレオンとでもいったような者じゃないかな?」
またその骨や、その関節は、僕自身のこぶしのように生けるがごとくに見える。……さらにまた、鏡のうちにうつる戦闘用のおのを見ろ。
一寸二寸とほって行った。すると、存外浅い所に手ごたえがあった。とり出して見ると、それは見覚えのある。自分のうちおのだった。
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
弓を持つものほこを持つもの、おのを持つもの、棒を持つものが一人ずつある。また同時に吉祥天女が天女二十人をひきいて現われる。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「——といって、その這い松から下の崖は、まるで、おので削ったような一枚岩、こんな所じゃ、猿でも降りて行くことは出来めえ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土人の若者等が四組に分れて畑仕事と道拓みちひらきに従っている。おのの音。煙の匂。ヘンリ・シメレの監督で、仕事は大いにはかどっているようだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
冬にはおのでそのパンをうちわって、食べられるようにするため二十四時間水中に浸すのです。——兄弟たちよ、憐憫れんびんの情をお持ちなさい。
そういう集団の両刃のおのは、社会主義的国家の生命なき抽象観念を打ちひしぐとともに、また、生産力なき個人主義、精力を細分する観念
「さあ、これからいよいよ日本帝国を亡ぼし、東洋全土をわがS国植民地とするその最初のおのをふりおろすのだ。ああ、愉快!」
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一人の日本兵が、おので誰れかに殺された。それで犬どもが怒りだしたのだ。彼は逃げながら、途中、森から振りかえって村を眺めかえした。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「なんだと、にせものだからにせものと云ったんだ。生意気いうと、あしたおのをもってきて、片っぱしからってしまうぞ。」
かしわばやしの夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
枕を削る山颪やまおろしは、激しく板戸いたどひしぐばかり、髪をおどろに、藍色あいいろめんが、おのを取つて襲ふかとものすごい。……心細さはねずみも鳴かぬ。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かすかに聞えた歌の音は窖中こうちゅうにいる一人の声に相違ない。歌のぬしは腕を高くまくって、大きなおの轆轤ろくろ砥石といしにかけて一生懸命にいでいる。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「しまったな」と隼人は計りながら独り言を云った、「のこぎりおのを持って来るんだったな、そうすればここで支柱が作れたんだ」
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
怒りのあまり、これまで自分の手を止めていたあの子供らしい怖さも忘れて、おのを振り上げ、その動物をめがけて一撃に打ち下ろそうとした。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
文公は更に人数を増して、四十人の卒におのらせたが、なおその目的を達することが出来ないので、卒もみな疲れ果てた。
また草木禽獣きんじゅう得意の世界ともいうべきアマゾン河流地方のごとく、いかにおのをふるうも森々たる高草大木は人を圧して侵し
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
浴衣ゆかた一枚草履ばきで此川辺に下り立ち、おので氷を打割って真裸に飛び込んだ老翁の姿を想い見ると、畏敬の情は自然に起る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ピリオドを打ち得ず、小さいコンマの連続だけである。永遠においでおいでの、あの悪魔デモンに、私はそろそろ食われかけていた。蟷螂とうろうおのである。
四人は四日分の食料しょくりょう準備じゅんびした、めいめい一ちょうの旋条銃せんじょうじゅうと、短じゅうをたずさえ、ほかにおの磁石じしゃく望遠鏡ぼうえんきょう毛布もうふなどを持ってゆくことにした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
交野かたの平六へいろくが、おのをたたいて、こうののしると、「おう」という答えがあって、たちまち盗人の中からも、また矢叫やたけびの声が上がり始める。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仁右衛門は右手に隠して持っていたおの眉間みけんを喰らわそうと思っていたが、どうしてもそれが出来なかった。彼れはまた馬をいて小屋に帰った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小石川植物園内の大銀杏は維新後あやうり倒されようとしたおのの跡が残っているために今ではかえって老樹を愛重あいちょうする人の多く知る処となっている。
おきなの言葉がふと途切れる。すると、翁の姿は濃い蒼色あおいろの光に照らされ始めた。白銀のおのがその手に異様に光っている。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
仙人せんにんの遊戯を見ているうちにおのの木の柄が朽ちた話と同じような恍惚こうこつ状態になって女房たちは長い時間水上にいた。
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一作が薪割用のおのを振上げて見せると、唖女おしおんなは、両手を合わせて拝みながら、蓬々たる頭を左右に振立てた。下腹部したはらを撫でて見せながら今一度叫んだ。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『荒鷲』爆撃機も『ライオン』戦車も、一たび『富士』の前へ出たら、あわれな蟷螂とうろう(かまきり)のおのじゃないか。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
城之介様の高足駄、一本歯の利器と来た日には、でのおのより役立つんだからなあ。胸を蹴ってやるばかりさ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「昔、晋に王質という木樵きこりがあった。或日、山へ行ったら、童子どうじが数名碁を打っていた。王質はおのを置いて勝負を見物し始めた。あの絵は然うだろう?」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
浮世の栄華に誇れる奴らのきもを破れやねむりをみだせや、愚物の胸に血のなみ打たせよ、偽物の面の紅き色れ、おの持てる者斧をふるえ、ほこもてるもの矛を揮え
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
恐ろしい音がして倒れて行きましたっけ。あの大きなのこぎりおので柱をる音は、今だにわたしの耳についています。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人が侍女を対手あいてに酒を呑み出して居るところへ「蠅翼ようよくの芸人」が入って来た。半身から上が裸体で筋肉を自慢に見せて居る壮漢が薄手のおのを提げて来た。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
藍微塵あいみじんの意気な袷を着ておりますが、身体も顔も泥だらけ、左の手に龕灯を提げ、右の手には一挺のおのを持っているのは一体何をしようというのでしょう。
常の如くおのを携へて山奥に入り、柴立しばだちを踏分け渓水たにみずを越え、二里ばかりものぼりしが、寥廓りょうかくたる平地に出でたり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おのなべなどが、そうだった。いずれも島生活には、なくてはならぬ品なので、みんな、じつにがっかりした。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
しんの王質と云う樵夫きこりが山の中で童子が碁を打っているのを見ていたら、その間におのただれた、とやら云うようなことではございませんでしたでしょうか」
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は草を敷いて身を横たえ、数百年すひゃくねんおのの入れたことのないうつたる深林の上を見越しに、近郊の田園を望んで楽しんだことも幾度であるかわかりませんほどでした。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
屠手としゅは屠獣所から雇うてきたのである。撲殺には何の用意もいらない。屠手が小さなおのに似た鉄鎚てっついをかまえて立っているところへ、牧夫が牛を引いて行くのである。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
とすっかり度胸どきょうをきめて、こしにきこりのおのをさして、烏帽子えぼしをずるずるにはなあたままでかぶったまま
瘤とり (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
おのだ! このドアがロッビアだろうが左甚五郎の手彫りだろうが、僕はが非でも叩き破るんだ」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こっちはクサリ鎌も、おのも、ピストルも、何ひとつ兇器きょうきをもっているわけではないし、愛想わらいをまで浮かべているのだが、それでもやはり強盗あつかいにされるのだ。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まずわたしはおの手桶ておけとをもって——それが夢でないならば——水をさがしに往くのである。寒い、雪の降った翌朝には水を見出すのは鉱脈占いの杖を要する仕事である。
村の人達ひとたちは、みんふもとまでけつけて来ましたが、何様何千年もおのを入れた事のない大きな森の大木が燃え出したのですから、見る/\うちに、山一面が火の海になりました。
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
あくる朝、川下の者は浜へ下りてきて、妻を掘りだして、トンチトンチたちの残して行った米俵だの、酒樽だの、柄のあるおの、柄のない斧など、妻といっしょに家へ運びこんだ。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
蟷螂とうろうおのだ、いざとなれば旗本八万騎が物を言う、せても枯れても三百年来の江戸だ——今日までタカをくくっていたのだが、時勢が、事実そんなに急激に変動して来たのか。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……寝つけない夜床の上で、彼はよく茫然と終末の日の予感におののいた。焚附たきつけを作るために、彼は朽木におのをあてたことがある。すると無数の羽根蟻はねあり足許あしもとの地面をい廻った。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
また巷談こうだんのたぐいでガラにもなくチッポケなおのをふりまわしているのは、われわれの小さな力が実は祖国の大きな未来や運命を決することになるのだから、悪く再建されないように
チッポケな斧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
村人たちはもう、枯れた木に縄をつけ、その根本ねもとを、のこぎりでひいたり、おので切ったりして、うちたおそうとしています。こーん、こーん……という斧の音が、私の胸にしみ通ります……。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
たまたま近所の若者十四、五名、一杯機嫌のおもしろ半分、今夜こそは西方院の化け物を退治しやらんと、手に手におのまさかり棍棒こんぼうなどを取りつつ、台所なる炉に榾柮ほた折りくべて団欒だんらん
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)