幾日いくか)” の例文
何時いつ幾日いくかにどこでこういう事に出会ったとか、何という書物の中にどういう事があったとか、そういう直接体験の正直な証言の中に
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「うまい、まずいを言うのじゃない。いつの幾日いくかにも何時なんどきにも、洒落しゃれにもな、生れてからまだ一度も按摩さんの味を知らないんだよ。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
箆棒べらぼう、そんなことされつかえ、をどりなんざああと幾日いくかだつてあらあ、今夜こんやらつからかねえつたつてえゝから、他人ひとはれつとはあ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
平太郎はその御影石が自慢なのだと書いてある。山から切り出すのに幾日いくかとかかかって、それから石屋に頼んだら十円取られた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兼「私の方からは、必ず手紙で何時いつ幾日いくかに何うすると、ちゃんと極めて上げるのに、たまに手紙の返辞の一本ぐらいよこしてもいじゃア無いか」
もう幾日いくかも/\形付けをせぬ机の上は、塵埃ほこりだらけな種々いろんなものが、重なり放題重なって、何処から手の付けようもない。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
お正月の済んでしまつた頃から、私等はもうおはらひが幾月と幾日いくかすれば来ると云ふことを、数へるのを忘れませんでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
三日目……まだ幾日いくか苦しむ事であろう? もう永くはあるまい。大層弱ったからな。此塩梅あんばいでは死骸のそばを離れたくも、もう離れられんも知れぬ。
奥方おくがたはそれをいておよろこびになりました。そしていつ幾日いくかにお嫁合よめあわせをするからと、おいいわたしになりました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
芝居見物と言えば極りで後に残る名のつけようの無いほど心細い、いやな心持の幾日いくかも幾日も続いて離れないことは、余計に捨吉をいらいらさせた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
荒いコートに派手な頸捲えりまきをして、毎日のように朝はやくから出歩いているお島が、掛先から空手からてでぼんやりして帰って来るような日が、幾日いくかも続いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
忘れもせぬ、自分の其学校に行つて、頬にあざのある数学の教師に代数の初歩を学び始めて、まだ幾日いくかぬ頃に、新に入学して来た二人の学生があつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
其後幾日いくかも無くて、河内の平野の城へ突として夜打がかかった。城将桃井兵庫、客将一色何某なにがしは打って取られ、城は遊佐河内守等の拠るところとなった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
筑摩川春ゆく水はすみにけり消て幾日いくかの峯の白雪とは順徳院じゆんとくゐん御製ぎよせいとかおほいなる石の上にて女きぬあらふ波に捲きとられずやと氣遣きづかはる向の岸のかたに此川へ流れ入る流に水車みづぐるま
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
貸金の取たて、店への見廻り、法用のあれこれ、月の幾日いくかは説教日の定めもあり帳面くるやら經よむやら斯くては身躰のつゞき難しと夕暮れの縁先に花むしろを敷かせ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あの家では幾日いくか立っても生腥気なまぐさけも食べぬと云われた事があったので、若し梅なんぞが不満足に思ってはならぬ、それでは手厚くして下さる檀那に済まぬというような心から
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
面憎つらにくいことは、この時分になって雨のんだ空の一角が破れて、幾日いくかの月か知らないけれども月の光がそこから洩れて、強盗提灯がんどうぢょうちんほどに水のおもてを照らしていることであります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何時いつ幾日いくかにはお仕舞をつけて待っていますから屹度きっとですよとお客に約束して置きながら、ほかから口がかかれば、もう前約はがらりと忘れてしまったようにその方へ行ってしまう。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
田鶴見様方たずみさまかたにて御姿おんすがたを拝し候後さふらふのちはじめ御噂承おんうはさうけたまはり、私は幾日いくかも幾日も泣暮し申候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
乳母 ならっしゃりませぬとも、このを十四ほんけますがな……とうても、その十四ほんが、ほんに/\、もうたったほんしかござりませぬわい。……初穗節はつほまつり(八朔)までは最早もう幾日いくかでござりますえ?
わたしはいつ幾日いくかと答えました。妻は、旅行用に何かいるものはありませんかと訊ねましたが、わたしは何もいわないで、無言のまま食事を終え、同じく無言のまま書斎へ引っ込んでしまいました。
心細い話だと思つて私は考へたが、二等の寝台しんだい車を待つために幾日いくか莫斯科モスコオに滞在せねば成らぬか知れない様な事も堪へられないと思つて、結局仏貨で三十九円六十銭出してノオルドの寝台しんだい券を買つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「あなた、このをお仕上げになるのに幾日いくか程お掛りでしたね。」
ほととぎす汝はさきの世の何なれや幾日いくか啼くにもあはれと我が聞く
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
荷物? 田崎帰りてまだ幾日いくかもなきに、たが何を送りしぞ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
幾日いくかたちても哥はきかず、その心ほそき事いはんかたなし。
なしてそれがしが宅へこつそりさし置きなば何時貴君が御出でも名代床みやうだいどこの不都合なく御とまり成るも御勝手次第幾日いくか居續ゐつゞけし給ひても誰に遠慮ゑんりよも内證も入らずさうなる時は小夜衣がいのちの親とも存じます何卒なにとぞ五十兩の御工風くふう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
約束の会は明日あしただし、すきなものは晩に食べさせる、と従姉いとこが言った。差当さしあたり何の用もない。何年にも幾日いくかにも、こんな暢気のんきな事は覚えぬ。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平太郎は其御影石が自慢なのだといてある。山からり出すのに幾日いくかとかかゝつて、それから石屋いしやたのんだら十円られた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
武「孫右衞門の娘の筆か、此の月の幾日いくかの晩だ、うむ、成程六日の晩数寄屋河岸の柳番屋の蔭に於いて金子を貰ったのか、其の金子は幾ら有った」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
冬中とざされてあったすすけた部屋の隅々すみずみまで、東風こちが吹流れて、町に陽炎かげろうの立つような日が、幾日いくかとなく続いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それをこうして居れば未だ幾日いくかごろごろして苦しむことか知れぬ。それにつけても憶出おもいだすは母の事。
貸金の取たて、店への見廻り、法用のあれこれ、月の幾日いくかは説教日の定めもあり帳面くるやら経よむやらかくては身躰からだのつづき難しと夕暮れの椽先ゑんさきに花むしろを敷かせ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何時いつ幾日いくかには遊びに行かんと親しき友より軽き約束申出もうしいでられてももしやその日に腹痛まば如何いかにせん、雨降らばにくからんなぞ取越苦労のみ重れば折角のきょうもとく消えがちなるこそ悲しけれ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
心細い話だと思つて私は考へたが、二等の寢臺車を待つために幾日いくか莫斯科に滯在せねば成らぬか知れない樣な事も堪へられないと思つて、結局佛貨で三十九圓六十錢出してノオルドの寢臺券を買つた。
巴里まで (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
しかし、湯治は良いでございませう。幾日いくかほど逗留とうりゆうのお心算つもりで?」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もう、おっしゃいます通り、こんな山の中で、幾日いくかも何日もないようですが、確か、あの十三四日の月夜ですのね、里では、お盆でしょう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はの臭のする黄色いどろどろしたものを毎日局部に塗って座敷に寐ていた。それが幾日いくか続いたか彼は知らなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其の替りには貴方幾日いくか何十日お宅を明けて居らっしゃっても宜しいので、貴方のは気癪きじゃくでございますよ、それをなおさなければならないと旦那様が仰しゃって
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
心のわさわさするような日が、年暮くれから春へかけて幾日いくかとなく続いた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
雨の降る日が幾日いくかも続いた。それがからりと晴れた時、染付けられたような空から深い輝きが大地の上に落ちた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たまらない。幾日いくかったんだか、べろべろに毛がげて、羽がぶらぶらとやっとつながって、れて下ってさ、頭なんざただれたようにべとべとしている、その臭気においだよ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
奉「フム、左様さようであろう、して、柳は幾日いくかに出て幾日に帰宅をいたしたか存じて居ろう」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「今日は幾日いくかだと思っているのだい」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分ばかりではない、母や嫂に対しても、機嫌きげんの好い時は馬鹿に好いが、いったん旋毛つむじが曲り出すと、幾日いくかでも苦い顔をして、わざと口をかずにいた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(その梅岡さんに頼んで、いつの幾日いくか——今日だ。)と愛の野郎がいいました。すなわち一昨々日さきおととい
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これ武蔵屋むさしやごんらう引掛ひツかけたのだが何日なんかともしたゝめてないから、幾日いくかだらう、不思議な事もあるものだ、これ落字らくじをしたのか知ら、忘れたのではないか、と不審ふしんを打つ者があると
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
一昨年いつさくねんあき九月くぐわつ——わたし不心得ふこゝろえで、日記につきふものをしたゝめたことがないので幾日いくかだかおぼえてないが——彼岸前ひがんまへだつただけはたしかだから、十五日じふごにちから二十日頃はつかごろまでのことである。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「まあ幾日いくかくらい御滞在になれるんですか、それ次第でプログラムの作り方もまたあるんですから。こっちは東京と違ってね、少し市を離れるといくらでも見物する所があるんです」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
マア貴方あんた考えて見なせえ、御城内の者が百姓のうちへ養子に来ても、何月の幾日いくかに何の種を蒔けば、何月の幾日いくかに芽をふくという事を知りアしねえ、其様そんな者を婿に取ればこゝうちは潰れるから駄目だ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)