工面くめん)” の例文
「田町の大澤彦四郎といふ、工面くめんの良い浪人者が、軒下にうなつてゐる急病人を助けたばかりに、危なく殺されかけたといふ話ですよ」
この信者のなかで工面くめんのよさそうな奴を奥座敷へ引き摺り込んで、どう誤魔化すのか知らねえが、多分の金を寄進させるという噂だ。
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
少年時代は物質上の心配、パンを稼ぐ工面くめん、——年齢の割にあまりにも早く課せられたそんな仕事のために憂鬱なものとなっていた。
それはまあお茶番として、お笑い草で済むけれど、済まないのはこれからの、わたしの身の振り方——それから差当りの路用の工面くめん
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし彼は、乾雲丸のことよりも、きょうおさよに約束した栄三郎への手切れ金五十両の工面くめんに、はたといきづまっていたのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
カルメンは電燈代の心配もなく、気楽にカスタネットを鳴らしている。浪子夫人も苦労はするが、薬代の工面くめんが出来ない次第ではない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いろいろの注文をならべていたが、僕は、その時になれば、どうとも工面くめんしてやるがと返事をして、まず二、三日考えさせることにした。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
今の大多数は質に置くべき好意さえてんで持っているものが少なそうに見えた。いかに工面くめんがついても受出そうとは思えなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それも現金で物が買って食べられる時は、わたくしの工面くめんのいい時で、たいていは借りたものを返して、またあとを借りたのでございます。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あとのなんぞは、何処どこ工面くめんをしたか、たけ小笠をがさよこちよにかぶつて、仔細しさいらしく、かさ歩行あるくれてぱく/\と上下うへしたゆすつたもので。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その翌日、着物をしちに入れたりなんかして若干の金の工面くめんをして、賢の入学に必要なものを買いに、父は賢をつれて町に出た。
そこで落ちあったのが、今、別れた遍路へんろの人々である。天蓋てんがいや、わらじなども、その人たちが、寺で工面くめんしてくれた物だった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思いのほか巨額の為替かわせをちょいちょい送ってよこして、倉地氏に支払うべき金額の全体を知らせてくれたら、どう工面くめんしても必ず送付するから
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
文ちゃんはかせにんで、苦しい中から追々工面くめんをよくし、古家ながら大きな家を建てゝ、其家から阿爺おやじの葬式も出しました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
持せて遣度やりたき者なれども知らるゝ如く我等は此家へ奉公はすれども給金きふきんを取身分にも有ねば一兩の工面くめんも成難き夫故に種々いろ/\工夫くふうせしに一ツの計略を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
どうかして僕がよそから工面くめんしなければならないのは貴女あなたにもわかるでせう。だから今夜はこれだけおもちなさい。あとは二三日うち如何どうにかますから。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
父も此一件から急にを折って、彼方此方あちこちの親類を駈廻かけまわった結果、金の工面くめんが漸く出来て、最初はひどく行悩んだ私の遊学の願も、存外難なくゆるされて
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
靴、キャラコのワイシャツ——しかもすてきに上等なやつで——それから制服、これを全部十一ルーブリ五十カペイカで立派に工面くめんしてくれたんでがす。
そうして月々十一円ずつ郷里からもらっている学費のうちからひどい工面くめんをして定価九円のヴァイオリンを買うに至るまでのいきさつがあったのであるが
田丸先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は初めの中横浜を通る機会のある毎に訪れたが、寺島君はその都度大きな家へ移って工面くめんが好くなっていた。
首席と末席 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
仮令たとい実行しようとしたところで、当時の生活状態では、旅費を工面くめんする余裕さえなかったのですから…………。
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
註文が出るに従って、材料の仕込にひどく工面くめんをして追着おっつかないような手づまりが、時々顧客とくいを逃したりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
モウパッサンの例のアメリカ廉価版れんかばんが何冊か届いて、それを電話で丸善から知らせて来たので、金のないのを無理に出版部に行ってたのんで工面くめんしてもらって
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
富岡は、少しばかり金の工面くめんもして来てゐた。もそもそと内ポケットをさぐつて、ハトロンの封筒包みになつた金を出して、投げ出すやうに、炬燵の上へ置いた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
こんなとこにいつまでも転々ごろごろしていたってしようがねえ、旅用だけの事は何とか工面くめんしてあげるから。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
母は泣いて別れを惜しみ、八元の金を工面くめんして自分に手渡した。自分はその八元の金を持って異路に走り、異地にのがれ、別種の人生を探し、求めようとしたのである。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
文士は芸術家の中に加えられるものであるが、然し僕はもう老込ふけこんでいるから、金持の後家をだます体力に乏しく、また工面くめんのよい女優のツバメとやらになる情慾もない。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お前らも道後案内という本でもこしらえて、ちと他国の客をひく工面くめんをしてはどうかな。道後の旅店なんかは三津の浜のはしけの着く処へ金字の大広告をする位でなくちゃいかんヨ。
初夢 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ミルクホールを出されるときの元手は、お父さまとお母さまとがひそかに工面くめんして下さつたのださうだけれど、家を継いでゐられるお兄さまはいつまでも解けて下さらなかつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
ところが、それ以来いらい青服あおふくには、競輪けいりんも、競馬けいばも、いっこうにうんがむいてこず、かね工面くめんくるしみました。一ぽう家主やぬしからは、つぎばやにかねをさいそくされたのであります。
春はよみがえる (新字新仮名) / 小川未明(著)
が、やはりテクテクと歩いて行ったのは金の工面くめんに日の暮れるその足で、少しでも文子のいる東京へ近づきたいという気持にせきたてられたのと、一つには放浪への郷愁でした。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
今夜はお鳥様とりさまだから、一緒に出掛けようという時に一人の弟子は、懐工合ふところぐあいが悪いので、行きしぶっているとして、工面くめんの好い連中が、「何を考えてるんだ。出掛けろ出掛けろ」と
すっぱりと手を切るから、手切金てぎれきんの五十両、なんとか工面くめんをしてくれと千賀春にいわれ、のぼせ上って前後の見境みさかいもなく親爺おやじ懸硯かけすずりから盗みだして渡したが、手を切るとは真赤な嘘。
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
成程なるほど先刻さつき薬師やくしさまで見ましたが、薬師やくしさまより観音くわんおんさまのはう工面くめんいと見えてお賽銭箱さいせんばこが大きい……南無大慈大悲なむだいじだいひ観世音菩薩くわんぜおんぼさつ今日こんにちはからず両眼りやうがんあきらかに相成あひなりましてございます
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その美貌の青年が某日あるひ、晋の都となっている洛陽の郊外を歩いていた。上官の命令で巡回していたか、それとも金の工面くめんに往っていたか、それは解らないがとにかく郊外の小路を歩いていると
賈后と小吏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
梧桐あをぎりの毛虫はもうよほど大きくなつてゐるのだが、こんな日にはどこかに隠れてゐて姿を見せない、彼は早くこの不吉な家を出て海岸へでも行つて静養しようと、金の工面くめんを考へてゐたのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
やっと月謝を工面くめんして体操学校へ通って中等教員の免状を取るつもりだがその免状を取ってからにしても殆んど就職の当てはない。道路工事や雪掻き仕事があればいつでも学校を休んでその方へ行く。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いて工面くめんせる金も混じりしぞや。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
平次はひまで/\仕樣のない日を、一杯呑むほどの工面くめんもつかず、相變らず埃臭ほこりくさい粉煙草をせゝつて、八の來るのを待つて居るのでした。
実のところはおいらはモウ小遣銭こづかいせんもねえのだ、さしあたってなんとか工面くめんをしなけりゃならねえのだが、兄貴だって同じことだろう。
無理な工面くめんをしても直ぐに外神田へ飛んで行って、泣き腫らしているお里の眼の前へ、その金をずらりと投げ出してやりたかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
当座にせまる金の工面くめん、彼は今その財源を自分の前に控えていた。そうして一度取り逃せば、それは永久彼の手に戻って来そうもなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
からして工面くめんのいゝ長唄ながうたねえさんが、煙管きせる懷劍くわいけんかまへて、かみいれおびからくと、十圓紙幣じふゑんしへい折疊をりたゝんではひつてる……えらい。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「——あの人が無事でいたら、わたしもどんな工面くめんしても、こんなのを一反いったん仕立てて、今年のあわせに、着せてやりたいが……」
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
村内でも工面くめんのよい方で、としもまだ五十左右さう、がっしりした岩畳がんじょうの体格、濃い眉の下にいたじゃの目の様な二つの眼は鋭く見つめて容易に動かず
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
衣裳の流行はやりに眼があるというんで、友だちやなんか、いろいろ骨を折ってくれる人があってな、金を工面くめんして、この磯五をそっくり買いとってくれたのだよ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
午後には見知らない青年が一人、金の工面くめんを頼みに来た。「僕は筋肉労働者ですが、C先生から先生に紹介状をもらいましたから」青年は無骨ぶこつそうにこう云った。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふく道理だうりこそ一夜の内に金の工面くめんが出來たるなれ夫に付て御談おだんじ申す事があり昨日きのふあさ流れる品を賣た代金百兩包みのまゝ帳箱ちやうばこの上に差置さしおきつひ事にまぎれて仕舞のを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
五千円の金を工面くめんして送つたが、それは、子供を此の世から消してくれた、さゝやかな祝ひの餞別せんべつでもあつた。心の底から、子供をほしいとは思はなかつたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
どこかで少しお金を工面くめんして、わたしと一緒に自分の生まれた町へ帰って、いいところのお嬢さん方を入れる寄宿学校を建てて、わたしをその舎監しゃかんにする、こうして