とら)” の例文
なるほど来年はとら年というわけで、相変らず干支えとにちなんだ話を聴かせろというのか。いつも言うようだが、若い人は案外に古いね。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すなわちとらの月をもって正月と定めた根源は、昔もやはり温かい国の人の経験をもって、寒地の住民に強いたことは同じであった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
十二支というのは、子、うしとら、卯、たつうまひつじさるとりいぬの十二で、午の年とか酉の年とかいうあの呼び方なのです。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
朝日屋の夫婦は五日に一度くらいの割合で大喧嘩おおげんかをした。亭主ていしゅの名は勘六、細君はあさ子、どちらもとらだかうまだかの三十二歳であった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いや三月十三日のとらノ一てん(午前四時)からたつこく(午前八時)までとあるから厳密には早朝一ト煙の市街戦だったといってよい。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
将軍秀忠は、この日とらの刻に出馬した。松平筑前守利常ちくぜんのかみとしつね、加藤左馬助嘉明さまのすけよしあき、 黒田甲斐守長政かいのかみながまさを第一の先手として旗を岡山の方へと進めた。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
上半身に十二支の内、うしとらたつうま、の七つまで、墨と朱の二色で、いとも鮮やかに彫ってあるのでした。
インチキな雑誌であったが、時事新報が大いに後援してくれたのは、編輯者のとらさんの好意と、これから述べる次の理由によるせいだと思われる。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
とらのとし生れだ。よすぎる男を思って苦労している。薔薇ばらの花が好きだ。君の家の犬は、仔犬こいぬを産んだ。仔犬の数は六。ことごとく当ったのである。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
元はとらうまとの縁日の晩だけ特に沢山夜店が出て、従って人出も多く、その縁日の晩に限って、肴町から先が車止めになったような訳だったからね。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
忘れも致しません、五月二十六日の朝まだき、おっつけとらの刻でもありましたろうか、北の方角に当って時ならぬ太鼓たいこの磨り打ちの音が起りました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
しかし彼は膝を進ませると、病人の耳へ口をつけるようにして、「御安心めされい。兵衛殿の臨終は、今朝こんちょうとら上刻じょうこくに、愚老確かに見届け申した。」
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大勝の御店おたなから田辺の家へよく使に来る連中で、捨吉が馴染なじみの顔ばかりでも、新どん、吉どん、とらどん、それから善どんなどを数えることが出来る。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ええと、ザット、いま、とらの一点かな。いや、おかげで北斗が見えなくなって困りもんだ。まあ、いい、西南稍ひつじ寄りか、さあ行こう。これから女体だ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
十二日とらの刻に、二人は品川の宿を出て、浅草の遍立寺へんりゅうじに往って、草鞋わらじのままで三右衛門の墓に参った。それから住持に面会して、一夜ひとよ旅の疲を休めた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「いいえ、大丈夫、とらの刻までは海獺あじかめて、ここに寝ていたって警察なんぞ、と六尺坊主がいったんです。」
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御所の庭の所々をこう言ってまわるのは感じのいいものであるがうるさくもあった。また庭のあなたこなたで「とら一つ」(午前四時)と報じて歩いている。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「ながらへばとらたつやしのばれん、うしとみし年今はこひしき。」それをばあたかも我が身の上をえいじたもののように幾度いくたび繰返くりかえして聞かせるのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「じゃア師匠ししょう、夢にもあっしの知合しりあいだなんてことは、いっちアいけやせんぜ。どこまでも笊屋ざるやとらに聞いて来た、ということにしておくんなさらなきゃ。——」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
申上れば然ば明朝は未明みめいかれに先立出立せん其用意致すべしと觸出ふれいだされける然ば其夜何れもる者なくはやくも用意に及びとらこくにも成ければ出立いたされくらきに靜々しづ/\と同勢を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それらの繪馬ゑままじつて、女の長い黒髮の根元から切つたらしいのが、まだ油のつやも拔けずに、うやうやしく白紙はくしに卷かれて折敷をしきに載せられ、折敷のはしに『大願成就だいぐわんじやうじゆとらとしの女』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ちょうど、とらの刻の太鼓を聴いたとき、風にがたつく物の響き、兄の吐くうめきの声に入り交じって、それは、薄気味悪い物音を聴いたのじゃ。のう姉上、わしの室のとびらの前を
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私はこの年になるが、いまだかつて生れたような心持がした事がない。しかし回顧して見るとたしかに某年某月のうまの刻か、とらの時に、母の胎内から出産しているに違いない。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『嬉遊笑覧』八に、このじゅ、もと漢土の法なり。『博物類纂』十に、悪犬に遇わば左手を以てとらより起し、一口気を吹きめぐっていぬに至ってこれをつかめば犬すなわち退き伏すと。
たとえば、たつ年に生まれたるものは剛邁ごうまいの気性を有し、とら年に生まれたるものは腕力を有し、年に生まれたるものは臆病なりというごとき類は、世間にてよくいうことであります。
妖怪学一斑 (新字新仮名) / 井上円了(著)
夜、紫なるとらの花拾銭、シオン五銭買って来る。雨にれて犬と歩む。よき散歩なり。フミキリの雨、夜の雨、青く光って濡れて走る郊外電車、きわめてこころよし。——十三日
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
今日のうとらの野郎と己と二人で新橋に客待きゃくまちをしてえると、え、おい駕籠に乗る人担ぐ人と云うが、おらッちは因果だな、わけえ旦那が通ったから御都合までやすめえりましょうと云うのだ
無法に住して放逸無慚むざん無理無体に暴れ立て暴れ立て進め進め、神とも戦え仏をもたたけ、道理をやぶって壊りすてなば天下は我らがものなるぞと、叱咜しったするたび土石を飛ばしてうしの刻よりとらの刻
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「正月三日、とら一天いってんに、ツンテン、まします若夷わかえびす、………」と、可愛い右の人差指を真っ直ぐに立てて天をゆびさした頑是がんぜない姿なども、つい昨日のことのようにはっきりと眼に残っているのに
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼が十歳のとき甘木の祇園ぎおんの縁日に買い来しものなり、雨に湿みて色変りところどころ虫いたる中折半紙に、御家流おいえりゅう文字を書きたるは、とらの年の吉書の手本、台所のゆがめる窓よりぎ来たれる
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
流れをさかのぼって、方角はとらの境あたりに取った。その先にある某地点、この谷川の水が丑寅うしとらの方向に転ずるところ、そこが第二の屯営とんえいであろう。ひそかに大野順平は自分の胸にそう期していた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「面白いな、これは。おとら、何うだ?」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
時刻は、正にとら下刻げこく(午前五時頃)だった。わずか四日半で着いたわけになる。二人は勿論、瀕死ひんしの病人に等しいものだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中部地方でも岐阜県は一般に、霜月七日かまたはとらの日を以て、山の神の出入りの日とし、慎しみ深い祭をしている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
忘れも致しません、五月二十六日の朝まだき、おつつけとらの刻でもありましたらうか、北の方角に当つて時ならぬ太鼓たいこの磨り打ちの音が起りました。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
とらと言って清元きよもとようの高弟にあたり、たぐいまれな美音の持ち主で、柳橋やなぎばし辺の芸者衆に歌沢うたざわを教えているという。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いくらか物馴れたお品が真っ先に飛上がると、入口の四畳半に、下女のおとらが、あけに染んで倒れていたのでした。
ええと、ザット、今、とらの一点かな。いや、おかげで北斗が見えなくなって困りもんだ。まあ、いい、西南ややひつじ寄りか、さあ行こう。これから女体だ。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
十日とらの刻(午前四時)に海津城を出で、広瀬に於て千曲川を渡り、山県は神明附近に西面して陣し、左水沢には武田信繁その左には穴山伊豆が陣取り
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かくてん雪催ゆきもよひ調とゝのふと、矢玉やだまおとたゆるときなく、うしとらたつ刻々こく/\修羅礫しゆらつぶてうちかけて、霰々あられ/\また玉霰たまあられ
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
うしとらたつ、——と、きゃくのないあがりかまちにこしをかけて、ひとり十二じゅん指折ゆびおかぞえていた、仮名床かなどこ亭主ていしゅ伝吉でんきちは、いきなり、いきがつまるくらいあらッぽく
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
猛犬にあいたるとき、右手の拇指おやゆびより、うしとらと唱えつつ順次に指を屈し、小指を口にてかみ、「寅の尾を踏んだ」と言うときは、いかなる猛犬も尾を巻きて遁走とんそうするという。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
亭主の名は勘六、細君はあさ子、どちらもとらだかうまだかの三十二歳であった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
絨毯じゅうたんのうえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑いしながら拾い集めて居る十八歳、とらの年生れの美丈夫、ふとマダムの顔を盗み見て
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
東都の何処かの寺では、とらの日にお参りして、寺で買つた筆で帳面をつけると、金持ちになると云ふ案を考へ出して、それからぐうんとお参りもふへたさうだが、考へ出した坊主は頭がいゝのさ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
学んだ品川正徳寺の住職密乗上人がその郷友に寄せた書簡に「天民翁去秋より病気に御座候処春来度々吐血等被致いたされ、即当二月十一日暁とらの刻物故ぶっこ被致、昨十三日午時浅草光感寺と申す浄家の寺に葬す。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とらとしの女、……お前も寅の歳だつたぢやないか。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
神戸方で三右衛門は二十七日のとらの刻に絶命した。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今朝とらこくを限って、宮門、離宮、城楼、城門、諸官衙しょかんが、全市街の一切にわたって火を放ち、全洛陽を火葬に附すであろう。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殺されたのは、雑司ヶ谷きっての大地主で、とら旦那という四十男、けち因業いんごうで、無慈悲で乱暴だが金がうんとあるから、殺されたとなると世間の騒ぎは大きい。