大方おおかた)” の例文
今わが家蔵かぞうの古書法帖ほうじょうのたぐひその破れし表紙切れし綴糸とじいと大方おおかたは見事に取つぐなはれたる、皆その頃八重が心づくしの形見ぞかし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼の無言でいるのを見た伝右衛門は、大方おおかたそれを彼らしい謙譲な心もちの結果とでも、推測したのであろう。いよいよ彼の人柄に敬服した。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「花の匂」などいうも大方おおかたは嘘なり、桜などには格別の匂は無之、「梅の匂」でも『古今』以後の歌よみの詠むように匂い不申候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
晴れ晴れとした午後の外光をさえぎって、窓のカーテンが締まっているのは、大方おおかた用心深い品子が出て行く時にそうしたのであろうか。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
熊谷よりする路こそ大方おおかたは荒川に沿いたれば、我らが住家のほとりを流るる川の水上と思うにつけて興も多かるべけれと択び定め来しが
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
殿村は大方おおかたの事情を知っていた。大宅はれっきとした同村の素封家そほうか許婚いいなずけの娘を嫌って、N市に住む秘密の恋人と媾曳あいびきを続けているのだ。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大方おおかた河岸かしから一筋ひとすじに来たのであろう。おもてには威勢のいい鰯売いわしうりが、江戸中へひびけとばかり、洗ったような声を振り立てていた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「はて、いずれのじんかな? が、わしにはそなたの護り袋の中の、大方おおかた父御ててご遺言ゆいごんらしいものの文言もんごんさえ、読めるような気がするのじゃ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
よいお考えでございますこと、大方おおかたその通りでございましょう。ではその壁の。……その書棚の……書棚の中の書物ほんのどこかに、唐寺の謎を
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私の言葉を聞いたお嬢さんは、大方おおかたKを軽蔑けいべつするとでも取ったのでしょう。それから眼に立つようにKの加勢をし出しました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何事かと聞けば隣長屋に明店あきだなありしに突然暮方くれがた二人の男来りてその家の建具類を持ち去る、大方おおかた家作主の雇いしものならんと人も疑わざりしを
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
大方おおかたきょうもさんざん船の中で苦しがっていたことは、浅ぐろい皮膚の下に覗く紅味が少しもないことで解っていた。)
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
馬琴の清右衛門は必ず町内の学者でもあり口利くちききでもあったに相違なく、硯友社の札を掛けたあたりは大方おおかた清右衛門の世話になっていたろうと思う。
今日、大方おおかたの日本料理がわれわれに満足を与えない状態にある。これすなわち、食器の衰えは、料理界の衰えの影響であるといい得られるのである。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
岩淵をこちらに見て、大方おおかた跣足はだしでいたでしょう、すたすた五里も十里も辿たどったつもりで、正午ひる頃に着いたのが、鳴子なるこわたし
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大方おおかたは博士邸の外に着陸した。後からノロノロやってきた小型の「空の虱プー」が二つ三つ、果敢な邸内着陸を敢行した。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やはり江戸の初期にできた『老人雑話ろうじんざつわ』という本には、「昔は江戸中に蠣殻葺かきがらぶき四、五軒のみ。近年は大方おおかた蠣殻葺きに成り、これも火の用心よろし」
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大方おおかたお断りの挨拶だろうと思っていると、さあ大変、猫がとうとう袋から飛出した。先日の写真が戻って来たのだ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
仕事は、昼よりも夜にはかどるらしく、徹夜などはほとんど毎夜続いたくらいです。昼は大方おおかた眠るか外出してるかでした。
「どうぞ手伝って下さい。あまり沢山あって運び切れないので困っているのです。砂糖は向うの広場に落ちております。大方おおかた砂糖車からこぼれたのでしょう」
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
大方おおかたこれは前世ぜんせの罪でもあったのでしょう。私はそうあきらめて居ります、といって居ったが実に可哀かあいそうであった
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
パンの破片かけら紙屑かみくずうしほねなど、そうしてさむさふるえながら、猶太語エヴレイごで、早言はやことうたうようにしゃべす、大方おおかた開店かいてんでもした気取きどりなにかを吹聴ふいちょうしているのであろう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
年中大方おおかたの日は嶺を越えて他へ出ているので、主人のいない家では戸ごと大抵馬を飼うのである。木曾馬といって小形な方で、峻坂の登り降りに最も適している。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
と雪江さんの吃驚びッくりしたような声がして、大方おおかた振向いたのだろう、かおの輪廓だけが微白ほのじろ暗中あんちゅうに見えた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
どうも御贔屓になりましたる先生のことを騙りなどと悪口あっこうするとは不埓至極な奴、大方おおかた友之助は食酔たべよって前後も打忘うちわすれ、左様なる悪口を申したに相違ございません
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そうかい。ごめん。母ちゃんうっかりしとった。大方おおかた、一本松忘れて、つっ走るとこじゃった」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そして大きな百貨店で、首の動く張子はりことらだとか、くちばしでかねをたたく山雀やまがらだとか、いろんなめずらしいものを買い集めて、持っていたお給金を大方おおかたつかいはたしました。
海からきた卵 (新字新仮名) / 塚原健二郎(著)
ともかくその男はたすかったそうである。大方おおかた、くまもふいをうたれてびっくりしたのだろう。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
「おさわぎなさるな、頭領かしら大方おおかたこんなこととぞんじて、すでに手配てはいはいたしておきました」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
省三はじょちゅうの声を聞いて鯉のわんを下に置いた。鯉の肉も味噌汁ももう大方おおかたになっていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大方おおかた内心ないしんではわたくしこといまからでも鎌倉かまくらもどりたかったのでございましたろう。
何故なにゆえとは知るよしもなけれど、ただこの監獄のさまいかめしう、おそろしきに心おびえて、かつはこれよりの苦をしのび出でしにやあらんなど、大方おおかたはかりて、心ひそかに同情の涙をたたえしに
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
すると、からみつくような舌で、大方おおかたしゅうに惨劇のしだいを物語るのである——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
つまりは同じく空手からてのまま、やっとくぐりぬけて来たというのが大方おおかたです。
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
これを大方おおかたのよに恋の成就じょうじゅとやいふならん、あいそめてうたがふいと浅し
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
帰て行たのは大方おおかた夜の十二時でした、いつも来れば這入がけと帰掛かえりがけとに大抵私しへ声を掛る人ですのに昨夜に限り来た時にも帰る時にも私しへ一言の挨拶をせぬから私しは変だと思て居ましたよ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
大方おおかた己のために不思議の世界を現じた楽人は、詰らぬ乞食か何かで、かどに立って楽器を鳴らしていたのが、今は曲をおわったので帽子でも脱いで、その中へ銅貨を入れて貰おうとしているのだろう。
(いや、大方おおかたすぐれた歌人になれば、)いかなる不幸に逢っても、どんなに悲歎にくれても、それを歌にむことが出来るのであるから、……と、私は、きわめてたりまえのことを考えながら、しかし
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
「もう土地の人とても、大方おおかたは昔のことは忘れたでござんしょう」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
誘って、釣に行くというのからしてに落ちません、——大方おおかた
大方おおかたあれが足の前にとろけた様になって俯さるだろう。
大方おおかた寝たふりをしているのだろうが)
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
枕元には薬罎くすりびんや検温器と一しょに、小さな朝顔の鉢があって、しおらしい瑠璃るり色の花が咲いていますから、大方おおかたまだ朝の内なのでしょう。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「さァ、大方おおかたそんなことでげしょうが、どっちにしてもながいことじゃござんすまい。そこはあたりやす。こっちへおいでなすッて。……」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
片道一里もあるところをたった二合ずつ買いによこされて、そして気むずかしい日にあ、こんなに量りが悪いはずはねえ、大方おおかた途中とちゅうで飲んだろう
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
門の左右には周囲二尺ほどな赤松が泰然として控えている。大方おおかた百年くらい前からかくのごとく控えているのだろう。鷹揚おうようなところが頼母たのもしい。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一時身の上に変った事があったと言うのは、大方おおかた両親の意見をきかず家を飛出し、東京へ来て、とうとう女給になった事だろうと思ったのである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
理屈が文学に非ずとは古今の人東西の人ことごとく一致したる定義にて、もし理屈をも文学なりと申す人あらばそれは大方おおかた日本の歌よみならんとぞんじ候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
江戸は年々歳々ねんねんさいさい御触出おふれだしあるがゆえに、通りすじ間筋あいすじ大方おおかた瓦葺かわらぶきとなったが、はしばしにはたたき屋根が多い。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
僕がどういう気持で、この事件に対しているか、事件そのものは知らなくても、君には大方おおかた想像出来るであろう。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)