めぐ)” の例文
如何どう云ふ様に自分の態度を執るか、了見をめるか、口を利くか、身体を動かすか、智慧をめぐらすか、力を用ふるかといふ事である。
些細なやうで重大な事 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
また試験の夜がめぐつて来た。一昨年と同じ部屋で、彼は机に向つてゐた。照子は居なかつたが、やはり彼の心は本に集注しなかつた。
明るく・暗く (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ヴァイオリンを温かに右の腋下えきかまもりたる演奏者は、ぐるりと戸側とぎわたいめぐらして、薄紅葉うすもみじを点じたる裾模様すそもようを台上に動かして来る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さらに、こうべめぐらして、東海三河をごらんなさい。松平元康どのは、すでに、織田家とは、切っても切れない盟約を結んでおりますぞ。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口上はいよいよ狼狽して、ん方を知らざりき。見物はあきれ果てて息をおさめ、満場ひとしくこうべめぐらして太夫の挙動ふるまいを打ちまもれり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秋をば自分の時節がめぐって来たように、その静かなのを却って楽しく賑かなものに思っていたのだが、此の四五年来というもの
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
境内の碑をさぐる事も出来ず、鳥居前の曲った小道に、松風のさびしい音をききながら、もと来た一本道へときびすめぐらした。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さアと促されて吉次も仕方なく連れだって行けば、お絹は先に立ち往来をはずれ田のくろをたどり、堤の腰をめぐるとすぐ海なり。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
男女幾十人が数珠じゅずの環のめぐるがごとく歓喜に満ちて踊り巡るのですが、わが国古代の歌垣うたがきもこんなものかと思われます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
されどなおその火を躍り越えて入り来るにより、ついには馬のつなきこれをめぐらせしに、おとしあななどなりとや思いけん、それよりのちは中に飛び入らず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
四人といえぬところに妻に死なれた野村の大きな不幸があり、その不幸を埋めるようなめぐり合せで、ミネの妹の閑子しずこは、つい最近野村と結婚したのであった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
芭蕉の辞世と称せられる「夢は枯れ野をかけめぐる」という言葉が私にはなんとなくここに述べた理論の光のもとにまた特別な意味をもって響いて来るのである。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
多くは相談相手となるべき、経験者なき事柄のみなれば、大抵自ら考慮をめぐらさざるべからず、ことに測器の装置、荷物の搬上する道筋の撰択等自ら踏査を要するが如き
かしらめぐらせば、楣間びかん黄海こうかい大海戦の一間程なる水彩画を掲げて座敷のすみには二鉢ふたばちの菊を据ゑたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
れば我党の士が旧幕府の時代、すなわち彼の鉄砲洲てっぽうずの塾より新銭座しんせんざの塾に又今の三田に移りし後に至るまでも、勉強辛苦は誠に辛苦なりしかども、こうべめぐらして世上をうかが
すなわち知る、彼が万里の外土を踏まんとする一片の火鎌ひうちがま、象山の燧石ひうちいしと相つ、いずくんぞ雄心勃如ぼつじょたらざるを得ん。かくてはしなくペルリは、明年の再来を期して艦をめぐらせり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
庭で鳴く小鳥の声までも、大塚さんの耳には、復ためぐって来た春を私語ささやいた。あらゆる記憶が若草のように蘇生いきかえる時だ。楽しい身体の熱は、妙に別れた妻を恋しく思わせた。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
浴場は溪ぎわから石とセメントで築きあげられた部厚な壁を溪に向かってめぐらされていた。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
親王駿府に至らせ給ひ、大総督宮有栖川熾仁親王の命によりて駕をめぐらし、三月二十日東叡山に帰り入らせ給ふ。慶喜東叡山を出でて水戸に赴く。大総督宮江戸城に入らせ給ふ。
能久親王年譜 (新字旧仮名) / 森鴎外森林太郎(著)
眠られぬままに過去こしかた将来ゆくすえを思いめぐらせば回らすほど、尚お気がさえて眼も合わず、これではならぬと気を取直しきびしく両眼を閉じて眠入ねいッたふりをして見ても自らあざむくことも出来ず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さすがの親王もしばらくの間は茫然として佇立ちょりつしておられたが、忽ち悟るところあるが如く、手に持った剣をなげうち、法官に一礼のち、きびすめぐらして自ら裁判所の拘留室へ赴かれた。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
……(得意げな調子で)ね、いかがです、口幅ったいことを言うようですが、なんたるめぐり合せでしょう、とにかくね。……こうなるともう、天晴あっぱれと言いたいくらいですよ! (退場)
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
用意がすでに整うと、第一番の射手が馬を乗り出しました。三たび馬をめぐらした後、日の丸の扇を開いて、笠の端を三度繕い、馬を驀然まっしぐらり出しながら、その開いた扇を中天になげうつ。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
市郎は勝つに乗って、続けさまに燐寸を擦ると、敵は此方こっちを向く勇気がせたらしく、かしらめぐらして一散に逃げ出した。市郎は何処いずこまでもと其後そのあとを追ったが、敵は非常に逃足がはやい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ジャヴェルはその男の影を見て、頭をめぐらした。それから目をあげて、ジャン・ヴァルジャンの姿を認めた。ジャヴェルは別に驚きもしなかった。ただ傲然ごうぜんと目を伏せて、自ら一言言った。
その時以来、毎年毎年春がめぐって来ると、今年こそは、上納の画に、専心かかろうと心に定めております。すると、あっちからも、こっちからも、以前から依頼されておりました催促が来ます。
危機をはらんだままに、勝家秀吉の外交戦は、秀吉の勝利に終ったが、収まらぬのは勝家の気持である。直後秀吉暗殺の謀計がめぐらされたのを、丹羽長秀知って、ひそかに秀吉に告げて逃れしめた。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
翌日阿園は村をけ廻り、夫の心をめぐらすべく家ごとに頼みければ大事は端なくも村にれぬ、媒妁人ばいしゃくにんは第一に訪ずれて勇蔵が無情を鳴らし、父老は交々こもごも来たりて飛んで火に入る不了簡ふりょうけんを責め
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
しづを、再び屋内をくないに入り、倉皇さうくわう比呂志をいだいて出づ。父また庭をめぐつて出づ。このかん家大いに動き、歩行甚だ自由ならず。屋瓦をくぐわ乱墜らんつゐするもの十余。大震漸く静まれば、風あり、おもてを吹いて過ぐ。
けだし、首をめぐらして、いま、かれは、千万無量のおもひであらう。
七代目坂東三津五郎 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
所化等のうち、或は首をめぐらして長順を顧るものあり。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
古来征戦幾人かめぐ
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
やがてするりとくびすめぐらして、女の前に、白き手を執りて、発熱かと怪しまるるほどのあつき唇を、冷やかに柔らかき甲の上につけた。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、高輪街道たかなわかいどうを真っ直に向けていた足をめぐらして、伊皿子坂いさらござかへ上りかけると、角の石屋の仕事場からのみはじかれた石の粉が飛んで来た。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一定の空間をめぐつて来ると測定器が“The Vanity”のうちから「有」を取り入れて自然に吾々の腹を充しもすれば
何心なくながめてありしわれは幾百年の昔を眼前に見る心地ここちして一種の哀情をきぬ。船めぐりし時われらまた乗りて渡る。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
(じゃむこう)といえる飼犬は、この用をすべくらされたれば、猶予ためらう色無くこうべめぐらし、うなずくごとくに尾をりて、見返りもせで馳走はせ去りぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一たび考察をここにめぐらせば、世態批判の興味の勃然として湧来るを禁じ得ない。是僕をして新聞記者の中傷を顧みず泰然としてカッフェーの卓子にらしめた理由の第四である。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
多くは人生の磋躓さちにあったり、失敗窮困に陥ったりして、そして一旦開悟してこうべめぐらして今まで歩を進めた路とは反対の路へ歩むものであるが、保胤には然様そうした機縁があって
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
早い春の陽気は復ためぐって来ていた。温暖あたたかい雨は既に一度か二度通過ぎた後であった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は「磧裡せきり征人せいじん三十万、一時こうべめぐらして月中に看る」の詩をののしりて曰く、「これ丈夫じょうふの本色ならんや」と。しかれども彼は故郷を懐えり、故郷の父母は、恒に彼の心に伴えり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
何十石という大こが(醸造用の大桶)に足場をめぐらし、その日はお互いに助け合う同業の桶屋といっしょに、こがのまわりをぐるぐる回りながら、重吉の音頭に合せて大きな木槌きづちはどどん
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
あへて恋しとにはあらねど、苦しげにやつれたる宮が面影おもかげの幻は、かしらめぐれる一蚊ひとつかの声の去らざらんやうに襲ひ来て、彼が切なる哀訴も従ひて憶出おもひいでらるれば、なほ往きかねて那辺そこらに忍ばずやと
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
また思い詰めた心をほごして、更に他にさまざまの手段を思い浮べ、いろいろに考え散してみるが、一つとして行われそうなのも見当らず、めぐり回ッてまたもとの思案に戻って苦しみもだえるうちに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
この五十日間は阿園が心の還俗げんぞくするか、里方が尼の願いを許すか、両者その一に定まるべき期限なりし、その後里方は娘が心をめぐらさんともせず、また慰むべき人をもやらず、村人も訪い来ざれば
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
後へ出ると隆恩門りゅうおんもんと云うのが空にそびえていた。積み上げたアーチの上を見ると三層あった。左右にめぐらしてある壁も尋常ではない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
間もなく低いうねり道をめぐって来るその人なる者の姿が見えた。なにか一念に誦経ずきょうの低声を口にふくんでわき眼もふらずに登ってくるのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぱッと末枯うらがれの路の上に、燃え立つを見るや否や、慌ててくるりと背後向うしろむきくびすを逆にめぐらしたのを、袖で留められた形になって、足もつちにはつかずと知るべし。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これはかねて世界最大の噴火口の旧跡と聞いていたがなるほど、九重嶺の高原が急におちこんでいて数里にわたる絶壁がこの窪地の西をめぐっているのが眼下によく見える。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
俺のうちの水車がめぐつて/\、黄金の餠をついたらば——などといふ慾の深い歌をうたつた。
真夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)