むこう)” の例文
だから今見たと思って次に振り返ると遥かなむこうに雲のように走って行くという話であった。私たちは舌と眼と耳とで御馳走になった。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「何里先きだって、向うの方の空が一面に真赤になってるじゃないか」と碌さんはむこうをゆびさして大きな輪を指の先でえがいて見せる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お宅は下根岸しもねぎしもズッと末の方でく閑静な処、屋敷の周囲まわりひくい生垣になって居まして、其の外は田甫たんぼ、其のむこう道灌山どうかんやまが見える。
開いた窓から、その花瓶を、三げんばかりむこうのコンクリート塀へ、力一杯投げつけたのだ。花瓶は塀に当って粉々に砕けてしまった。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と言ってお雪は深くうなずきましたが、しずかに枕をむこうへ返して、しばらくはものも言わないでおりましたが、またそっと小宮山の方へ向き直り
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それからむこうの座敷をあたたかにして置け。ストーブをけ。頼むぜ。」といいながら早くも座敷の中で帯を解くので、女中はあわてて
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昼間新吉の留守に、裏の井戸端で洗濯している時などは、むこうも退屈しきっているので、下駄をつっかけて来てはそばでおしゃべりをしていた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
とお菊はむこうに光る新しい家屋を指して見せて、やがて母と一緒に畑の尽きたところへ出た。新開地らしい道路がそこにあった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むか/\と其声聞度ききたく身体からだむきを思わずくるりとかゆる途端道傍みちばたの石地蔵を見て奈良よ/\誤ったりと一町たらずあるくむこうより来る夫婦づれ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
多紀氏ではこの年二月十四日に、矢の倉の末家ばつけ茝庭さいていが六十三歳で歿し、十一月にむこう柳原やなぎはらの本家の暁湖が五十二歳で歿した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
むこうは鯛のあらい、汁は鯉こく、椀盛は若雞と蓮根、焼物は藻魚もうおの空揚げ、八寸はあまご、箸洗い、という献立だった。
ユモレスク (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これは如何いかなことでも母から取返えす外はと、思い定めていると母は外から帰って来て、無言で火鉢ひばちむこうに坐ったが
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
待っている間、机の上に置いてあった硯箱を明けて、巻紙にいたずら書きをしていた処であったから机のむこうに来ると
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
茫然ぼうぜんと立って居ると、苅草かりくさいっぱいにゆりかけた馬を追うて、若い百姓ひゃくしょうが二人峠の方から下りて来て、余等の前を通って、またむこうみねへ上って往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
然しむこうは所有権があるから出なければならない。君どうですか、いい所を知りませんか。あったら移りたいから教えて下さい。あれば今年中に移ってしまう。頓首。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
颯々さっさと歩いてくと丁度ちょうど源助町げんすけちょうなかばあたりと思う、むこうから一人やって来るその男は大層たいそう大きく見えた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
内部の献立こんだて悉皆すっかり出来上がり、会名が附いたのでとどけを出し、許可になったので、その年の秋すなわち明治十九年十一月むこう両国の貸席井生村楼いぶむらろうで発会することになった。
そこで両方しばらくうなりつづけたが、この西班牙犬は案外柔和な奴と見えて、両方で鼻面を嗅ぎ合ってから、むこうから尾を振り始めた。そこで私の犬も尾をふり出した。
やはり毎朝まいあさのようにこのあさ引立ひきたたず、しずんだ調子ちょうし横町よこちょう差掛さしかかると、おりからむこうより二人ふたり囚人しゅうじんと四にんじゅううて附添つきそうて兵卒へいそつとに、ぱったりと出会でっくわす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
叱るのはむこうの事で、叱られるのは此方こっちの分だ。られる方で気を付けても、りつける方で止めなくちゃ何処まで行ったって果しがない。矢と的とは何方どっちが先に出来たと思う。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
背が高くて、スマートな、好ましい姿だ。と陽子はつくづく眺めた。余りじろじろ見たせいか、その婦人はすうッとむこうってしまった。そこへ店員が戻って来たので、指輪を渡し
梟の眼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
出のこしらえは弁慶の単衣ひとえに三尺を締め、手拭を浅く輪の様にしてむこう鉢巻をなし、とめをやや左に寄せV字状になし、右の偏袒かたはだぬぎになりて白木綿の腹巻を見せ、裾を高く尻端折し、袖をたくし上げ
今ではインド流の長方形の船で人を渡して居るけれど、これは冬分ふゆぶんだけこういう船で渡すことが出来ますので、夏になればこんな大きな船でもってとてもむこう岸に渡すことが出来ない。それで
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その廊下の左右は赤い血のような豆菊や、白い夢のようなコスモスや、紅と黄色の奇妙な内臓の形をした鶏頭けいとうが咲き乱れている真白い砂地で、その又むこうは左右とも、深緑色の松林になっている。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
じゃ時計は入りません、しかしあなたは……と聞くと、私? 私は無論時計にくっ付いているんですとむこうをむいて、すたすた歩き出す
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ブル/\ふるえて居る新吉に構わず、細引ほそびきを取ってむこうの柱へ結び付け、惣右衞門の側へ来て寝息をうかがって、起るか起きぬかためしに小声で
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二上屋藤三郎ふたかみやとうさぶろうという遊女屋の亭主で、くるわ内の名望家、当時見番の取締とりしまりを勤めているのが、今むこうの路地の奥からぶらぶらと出たのであった。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
更に岸をくだって水上に浮びかもめと共にゆるやかな波にられつつむこうの岸に達する渡船の愉快を容易に了解する事が出来るであろう。
森のむこうに見える迷路の二つの入口から、別々に入って、早く中心の「奥の院」へ着いたものが勝ち、という障害物競走だ。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
往来のむこうで道を照して行く人の小提灯ぢょうちんが、積った雪に映りまして、その光が花やかに明く見えるばかり。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其処そこ端近はしぢかず先ずこれへとも何とも言わぬ中に母はつかつかと上って長火鉢のむこうへむずとばかり
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
むこうは鯛のあらい、汁は鯉こく、椀盛は若鶏と蓮根、焼物は藻魚もうおの空揚げ、八寸はあまご、箸洗いという献立で、青紫蘇の葉を敷いた鯛のあらいも、藻魚の附合せの紅葉おろしも
野萩 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それでも私は寝巻の濡れるのをも忘れて、其処に立ったまゝ凝乎じっと、むこうの方を眺めると、雨の中に遠くに久世山の高台が見える。そこらは私には何時までも忘れることの出来ぬ処だ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
私共は大分に同伴つれが沢山あったので余程大きな船へ乗ってむこう岸へ渡りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
何だかまた現実世界にり込まれるような気がして、少しく失望した。長蔵さんは自分が黙って橋のむこうのぞき込んでるのを見て
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんな訳もない事を云ってきずを附けては、むこうの親父さんの耳にでも入ると悪いやね、あの娘のおっかさんは継母でやかましいから可愛かわいそうだわね
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
臼木は箱崎町の貸二階を引払い、石田と二人で新大橋むこう借家しゃくやに新しい家庭をつくった。翌年常子と名づけた女の子が生れる。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
嘲弄ちょうろうするごとく、わざと丁寧に申しながら、尻目に懸けてにたりとして、むこうへ廻り、お雪の肩へその白い手を掛けました。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目の先五寸とは隔たぬむこうの窓は、見まいとしても目に写る。窓ガラスが開いていた。その中に白い花の様な顔があった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……この以前も、このようなものをむくつけに送りつけられたことはないでもございませんでしたが、いたずらな町家娘まちやむすめとわけがちがい、むこうさまはよしあるお公卿さまのお姫さま。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「まあ、一夏もむこうに居て来るんです」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
うごめかす鼻の先に、得意の見栄みえをぴくつかせていたものを、——あれは、ほんの表向で、内実の昨夕ゆうべを見たら、招くすすきむこうなびく。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
賤「お遣りなさいよ、むこうは目下だから、それに、旦那あの博多の帯はお前さんに似合いませんからの帯もお遣りなさいよう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
眉太く、眼の細きが、むこうざまに顱巻はちまきしたる、額のあたり汗になりて、のしのしと近づきつつ、細き道をかたよけてわれを通せしが、ふりかえり
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その長さは永代橋えいたいばしの二倍ぐらいあるように思われる。橋は対岸の堤に達して、ここにまた船堀小橋という橋につづき、更にむこうの堤に達している。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると、突然、パチンと可愛らしい音がしたかと思うと、的の薄物夫人が、二本の白い足を空ざまに、ガクンとひっくり返って、丘のむこうへ消えてしまった。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
往来へ出てちょっと見廻して見ると、さいわい誰もいないようですが、一丁ばかりむこうから二三人して町内中に響けとばかり詩吟をして来ます。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まゆ太く、の細きが、むこうざまに顱巻はちまきしたる、ひたいのあたり汗になりて、のしのしと近づきつつ、細き道をかたよけてわれを通せしが、ふりかへり
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その破れた窓の障子からむこうの崖なる木立こだちの奥深く、巍然ぎぜんたる西洋館の窓々に燈火の煌々こうこうと輝くのを見、同時にピアノのるるを聞きつけて
本当に腹の立つ事があって花魁の病気もおもるだろうと思う事があるの、あのね此の間田舎の叔母さんを呼んでむこうへ遣った処が、突転つッころばして返し