“井生村楼”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
いぶむらろう75.0%
ゐぶむらろう25.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
芳郎はゆっくりとした足どりでその坂路を登りながら、その日、午後四時から井生村楼(いぶむらろう)に催される演説会の演説の腹稿(ふっこう)をこしらえていた。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
内部の献立(こんだて)が悉皆(すっかり)出来上がり、会名が附いたので届(とどけ)を出し、許可になったので、その年の秋すなわち明治十九年十一月向(むこう)両国の貸席井生村楼(いぶむらろう)で発会することになった。
両国橋の木造だつた頃には駒止(こまと)め橋(ばし)もこの辺に残つてゐた。のみならず井生村楼(ゐぶむらろう)や二州楼(にしうろう)といふ料理屋も両国橋の両側に並んでゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)