すこ)” の例文
お勢母子ぼしの者の出向いたのち、文三はようやすこ沈着おちついて、徒然つくねんと机のほとり蹲踞うずくまッたまま腕をあごえりに埋めて懊悩おうのうたる物思いに沈んだ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
母子しての稼ぎに暮し向こそ以前に変はらね、すこしながら貯へも出来しを、かねて贔負に思ひくれたる差配の太助どの殊勝がり。
葛のうら葉 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
夫人は良人おっとの手を振り離そうともしないで、じっとしていた。その蒼ざめた顔にはすこしも恐怖の陰影かげがない。彼女はしゃんと顔をあげて
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
私自身がすこしでも気持好く書き分けられ、美しいものが作り上げられたら、それでよいという考えをもはや捨てることをしなかったのだ。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
大騒ぎになったものだそうで……死因は谷川に墜ちた際に、岩角で後頭部を砕いたためで、外にはすこしも異状を認められなかったそうです。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あのねえ松本さん、ちょっと座をはずしてくれない? わたしうちに帰ろうと思うんだけど、すこし話したいことがあるの」
が、辰男はこんな話にすこしも心をそそられないで、例の通り默々としてゐたが、只ひそかにイルミネーシヨンといふ洋語の綴りや譯語を考へ込んだ。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
しかすこしの米を京都におくることをもこばんで、細民さいみんが大阪へ小買こがひに出ると、捕縛ほばくするのは何事だ。おれは王道の大体を学んで、功利の末技を知らぬ。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ねつい・しつこい芝居金太郎の心は、外の社会に対しては、すこしも示されたことのない、妥協のゆとりをつけるのです。
芝居に出た名残星月夜 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
民間説話の採集は、今から十数年前、すこしくちょについたかと思った際に、ちょうど我々の国では最悪の障碍しょうがい逢着ほうちゃくした。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「腕は切り離しても単独に何の用もすこしの生命も持ちませんが胎児は生命を持ち得ると云ふ相違丈けはあります」
獄中の女より男に (新字旧仮名) / 原田皐月(著)
曳出ひきだされた飛脚ひきやくは、人間にんげんうして、こんな場合ばあひもたげるとすこしもかはらぬつらもたげて、ト牛頭ごづかほ見合みあはせた。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あいちやんは此時このときまでに、まつた公爵夫人こうしやくふじんわすれてしまつてゐたので、耳元みゝもと夫人ふじんこゑいたときにはすこしくおどろきました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ソレから其年靜岡に行くまでには馬鹿な危險の目にもおのづから出遇ツたし、今考へて見るとお話しをするにも困る程の始末だが、たゞ其頃はすこしも山氣やまぎなし
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
それつゞいては小體こがらな、元氣げんきな、※鬚あごひげとがつた、かみくろいネグルじんのやうにちゞれた、すこしも落着おちつかぬ老人らうじん
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
防ぐ早速の覚悟、しかと見届けた。源平宇治川の合戦に、佐々木四郎ささきしろう一番乗の例もある、この試合に法を用いて勝つことすこしも曲事ならず、あっぱれなり団兵衛!
だだら団兵衛 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すこしの騒がしさなど混じっていないところに、その真価も特色もあるのですが、それでいて、その底には、張りきった生き生きとした活気が蔵されているものです。
それで、私はれに居たかと云えば、此の正則の方であったから、英語はすこしも習わなかったのである。英語をおさめていぬから、当時の予備門に入ることがむずい。
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すみませんねこんな御心配をなすつては、あなたおさけあがりますか。○「すこぐらゐはいたゞきます。 ...
外の方をさしのぞけば、大空は澄める瑠璃色の外、一片の雲も見えず、小児の紙鳶たこは可なり飛颺ひようして見ゆれども、庭の松竹椿などの梢は、眠れるかの如くに、すこしも揺がず。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
すこしは無理をしても一度の遅刻も早引もない皆勤をつづけてゐたのを、母親が急死したりして、はじめて欠席してからは、もう理由もないずる休みも平気になつて了つた。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
馬鹿の言ふことにはすこしの嘘があらうとも思はれません。それにお袖を締めた紐の結び目が、この男の仕業を證明して居りますが、お今と、お三輪の場合は全く違ひます。
僕は悪魔主義者でもなければ神主義者でもない、一種の自然快楽主義者です。そしてその事にすこしも良心の苛責を感じてはゐません。実際の処僕はもう宗教には冷淡です。
奈何どうだらうな、重兵衛さん。三国屋に居ると何の彼ので日に十五銭宛られるがな。そすると月に積つて四円五十銭で、わしは五十銭しか小遣が残らなくなるでな。すこし困るのぢや。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
よるよるで、また神様かみさま御礼おれい申上もうしあげます。『今日きょうにち仕事しごと無事ぶじつとめさせていただきまして、まことに難有ありがとうございました……。』その気持きもちべつ現世げんせときすこしもかわりはしませぬ。
春も三月と言えば、すこしは、ポカついて来ても好いのに、此二三日の寒気さむさは如何だ。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
我はみづから面のくが如く目の血走りたるを覺えて、きれ鹹水しほみづひたして額の上に加へ、又水をわたり來る汐風しほかぜすこしをも失はじと、衣のボタン鬆開しようかいせり。されど到る處皆火なるを奈何いかにせん。
毎年同じことを同じやうにして、そしてすこしも退屈を感じない心の形が不思議だ。
解脱非解脱 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
夏子と秀子を全く別の人だなどと、まさかに最う、すこしの疑う余地もありますまい
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「いゝえ、すこしも。」
彼女はこうした折檻せっかんによって一種の兇暴な、そして神聖な歓びを感ずるのであった。が、猫はそれに対してすこしも反抗する気色がなかった。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
貴美子さんはソコイラに居ないし、帰り道は知らないし、妾、どうしていいかわからなくなっちゃって、モウすこしで泣出すところだったのよ
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すこしも手前勝手とは考えておらぬのみか、むしろ手前には何の用も無いことを、人だけに説いて聴かせようとする職業を軽蔑しているのであります。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
生物・無生物が、すこしの好意もなしに、人居を廻つて居る事を、絶えず意識に持つた祖先の生活を考へて見ればよい。
古代生活の研究:常世の国 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
高笑いの声がする内は何をしている位は大抵想像が附たからまず宜かッたが、こうしずまッて見るとサア容子が解らない。文三すこし不安心に成ッて来た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私に期待していたものをはなはだすこししか私のうちに見出し得なかったに相違ないという私の不安と、これである。
仰げば節穴かと思うあかりもなく、その上、座敷から、し入るような、透間すきますこしもないのであるから、驚いて、ハタと夫人の賜物たまものを落して、その手でじっとまなこおおうた。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
電話の悪戯いたずらが彼であるなら、必ず顔つきに出ている筈である。しかし橋本の様子にはすこしも変ったところがなく、いてみても電話などかけはしないということであった。
劇団「笑う妖魔」 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから後御厄介になり、今でも何一つ不足はないが、暑いにつけ寒いにつけ朝夕共にお前の事をすこしも私は忘れた事はありません、本当にマア幼な顔を見覚えているよ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
音次郎の言うことにはすこしの嘘があろうとも思われません。それにお袖を絞めた紐の結び目が、この男の仕業を証明しておりますが、お今と、お三輪の場合は全く違います。
小さい銀杏返いちょうがえしをって、黒繻子くろじゅすの帯を締めている中婆ちゅうばあさんである。相手にとは云っても、客が芸者を相手にしている積りでいるだけで、芸者はすこしもこの客を相手にしてはいない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたしいまそれについて徳義とくぎうのうのとははない、すこしはつてるけれども
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
我に馴れたる小鳥ありて、その情はいとこまやかなれど、この頃はすこし濃かなるに過ぎて厭はしくなりぬ。思ふに汝には氣に入るべし。こよひ我と共に來よ。親友の間には隱すべきことなし。
げんにあの岩屋いわやにしても、最初さいしょなにやら薄暗うすぐら陰鬱いんうつところのようにかんぜられましたが、それがいつとはなしにだんだんあかるくなって、最後しまいには全然ぜんぜん普通ふつうあかるさ、すこしもあな内部なかというかんじがしなくなり
「低いなりにもな。ハ、ハ。わしは之丈けの絵商人さ。何と云つたつて。併しおぬしなぞは生れから云つてもわしなぞとは仕事の訳がちがはなけれやならん。それにまだ若いし——あせる事はないさ。すこしも。」
彼もおだてられすぎて、すこしてれてゐたのだ。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
しかし同時に鼻がすこしでも鼻以外の表現能力の補助を受けると、直ちに驚くべき表現力を発揮し得る事は、事実が証明しているのであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お勢もまた昇が「御結構が有ッた」と聞くと等しく吃驚した顔色かおつきをしてすこし顔をあからめた。咄々とつとつ怪事もあるもので。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
岸に立ちもしくはすこしばかり沖に出て、ただちに望み得る隣の島でもないかぎり、人が目標も無しに渡航を計画したということは、有り得ない話である。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うなっているけれど、声があまりにかぼそいもんだから、街の物音にかき消されてすこしも人の注意をひかない。
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)