飛騨ひだ)” の例文
柳湾は幕府の郡代田口五郎左衛門の手代てだいとなり飛騨ひだ出羽でわその他の地に祗役しえきし文化九年頃より目白台めじろだいに隠棲し詩賦灌園かんえんに余生を送った。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
其道そのみちに志すこと深きにつけておのがわざの足らざるを恨み、ここ日本美術国に生れながら今の世に飛騨ひだ工匠たくみなしとわせん事残念なり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「けら」についで不思議な呼び方は「ばんどり」である。越中、越前、飛騨ひだ地方では蓑のことを「ばんどり」とか「まんどり」などいう。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
春も深くなっての夕方には、御二人で手を引いて、遅咲の桜の蔭から飛騨ひだの遠山の雪を眺め眺め静に御散歩をなさることもありました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
燁代さんはうちつづく大絶壁の連峰を見上げながら、去年の夏白馬山はくばさんへ登って、雄大な飛騨ひだ山脈をながめた時のことを想い出した。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
何でも飛騨ひだ一円当時変ったことも珍らしいこともなかったが、ただ取りでていう不思議はこの医者のむすめで、生まれると玉のよう。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……僕はきのうね、こんな落日を眺めながら、ふいと飛騨ひだの山のなかの或る落日をおもい浮かべていた。もちろん、想像裡そうぞうりのものだがね。
雪の上の足跡 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しかし私らの今取ろうというのは、この峻嶺跋渉ではない、烈しい白雲の中をいていわゆる裏山を飛騨ひだの国へ下りようというのである。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
しかしてその妖巫の眼力が邪視だ。本邦にも、飛騨ひだ牛蒡ごぼう種てふ家筋あり、その男女が悪意もてにらむと、人は申すに及ばず菜大根すらしぼむ。
恵林寺えりんじほのおのなかからのがれたときいて、とおくは、飛騨ひだ信濃しなのの山中から、この富士ふじ裾野すそのたいまで、足にかけてさがしぬいていたのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも飛騨ひだ白川しらかわのような辺鄙へんぴな土地では、たった一人の大工だいくがきて棟上むねあげまですむと、あとは村の人にまかせてかえったそうである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
信濃しなのから燒岳を越えて飛騨ひだへ下りたことがある。十月の中旬であつた。麓に近い山腹に十軒あまりの家の集つた部落があつた。
飛騨ひだたくみが恨めしくなる隔てですね。よその家でこんな板の戸の外にすわることなどはまだ私の経験しないことだから苦しく思われます」
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
でなければ、越中の剣岳つるぎだけをめざしていたもんだから、ついついあちらの方から飛騨ひだ方面に迷いこんでしまって、ここへきたり着いたのか知らん。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其の西応房は尾州びしゅう中島郡なかじまごおりいちみやの生れであったが、猟が非常に好きで、そのために飛騨ひだの国へ往って猟師を渡世にしていた。
女仙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
遠くは飛騨ひだの山々から、中国辺に至るまで、二三百年来手広く取引をなし、山の猟師が熊、鹿、狸、狐、羚羊かもしか、猿、山猫
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
飛騨ひだ高山三萬八千石の城主、金森長門守ながとのかみ樣の御用人、五百石取の富崎左仲といふ方が、今から丁度十日前に、お長屋で腹を切つて死んでゐる」
飛騨ひだ高山越たかやまごえをいたす心でございますから、神通川じんつうがわの川上の渡しを越える、その頃の渡し銭はわずか八文で、今から考えると誠にやすいものでござります。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ハンガリア語の山 hegy(ハヂ)が「飛騨ひだ」に似ているのが妙である。このgはむしろdに似た音であるから。日本語「ひたを」は小山の意である。
言葉の不思議 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
飛騨ひだ信濃しなのを縄張りとして、運上によって営む生活は十万石の大名にも勝り、部下に信頼されることも、武士さむらい時代より一層厚く、いわば賤民の王として
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
東山道からは、近江、美濃、飛騨ひだのものが来たが、東海道では、遠江とおとうみから東の者は源氏に味方し、それが北陸道となると、若狭わかさ以北は一兵も集らなかった。
このついでにしるしてきたいのは、飛騨ひだ信濃しなの國境こつきようにある硫黄嶽いおうだけ一名いちめい燒岳やけだけたか二千四百五十八米にせんしひやくごじゆうはちめーとる)である。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
飛騨ひだの国にもこの取りつき筋があるが、飛騨では牛蒡種ごぼうだねとの異名をつけておくのはおもしろい。かの家は牛蒡種だといえば、狐つきの家柄ということになる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
このひと先生せんせいは、加納諸平かのうもろひら同門どうもん田中大秀たなかおほひでといふ飛騨ひだくに學者がくしやでした。その師匠ししよううたとき旅行りよこううた
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
また飛騨ひだでは宿儺すくながそむいて、討ち殺された。天皇が死ぬと、その子のなかつ皇子が反逆をおこしている。
座中では最も年の若い私立大学生で、大正十二年の震災当時は飛騨ひだ高山たかやまにいたというのである。
指輪一つ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
槍ヶ嶽を越えて、飛騨ひだ蒲田がまた温泉へ出る事が出来るかどうか。近頃噴火の噂がある、焼嶽やけだけへも登山出来るかどうか。槍ヶ嶽の峯伝ひに穂高山ほたかやまへ行く事が出来るかどうか。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
されど今日までの歌界の実際を見るに題詠に善き歌少くして写実に俗なる歌少し。曙覧が実地に写したる歌の中に飛騨ひだの鉱山を詠めるがごときはことに珍しきものなり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ず/\橋板を踏むと、足のそこがふわりとして、一足毎ひとあしごとに橋は左右に前後に上下にれる。飛騨ひだ山中、四国の祖谷いや山中などの藤蔓ふじづるの橋の渡り心地がまさに斯様こんなであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
昨日の昼すぎ、飛騨ひだから中尾なかお峠を越して入った上高地は、泣きたくなるくらい静かであった。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
飛騨ひだのくに保良ほら吹矢ふきや村に(いま郡名村名ともに廃絶しているのは残念である)
飛騨ひだ信濃しなのさかひはし峻嶺しゆんれいを「日本にほんアルプス」などと得意顏とくいがほとなへ、はなはだしきは木曾川きそがはを「日本にほんライン」といひ、さらはなはだしきは、そのある地點ちてんを「日本にほんローレライ」などといつたものがある。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
山海万里のうちにはおのずから異風奇態の生類しょうるいあるまじき事にあらず、古代にも、仁徳にんとく天皇の御時、飛騨ひだに一身両面の人出ずる、天武てんむ天皇の御宇ぎょう丹波たんば山家やまがより十二角の牛出ずる、文武もんむ天皇の御時
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
右手は越後えちご越中えっちゅう、正面は信濃しなの飛騨ひだ、左手は甲斐かい駿河するが。見わたす山々は、やや遠い距離を保って、へりくだっていた。しかも彼らは、雪もて、風もて、おのれを守り、おのれの境をまもっていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
飛騨ひだそらにあまつ日おちて夕映ゆふばえのしづかなるいろを月てらすなり
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
こしより飛騨ひだへ行くとてかごのわたりのあやうきところどころ
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大田原——大田原飛騨ひだ守城下。一万一千四百石。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぢやが、お前様めえさまやま先生せんせいみづ師匠ししやうふわけあひで、私等わしらにや天上界てんじやうかいのやうな東京とうきやうから、遥々はる/″\と……飛騨ひだ山家やまがまでござつたかね。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
飛騨ひだ門和佐かどわさ川の竜宮が淵というところでは、昔は竜宮の乙姫の機織る音が、たびたび水の底からきこえていたものであった。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
斯ういふ蓮太郎の観察は、山を愛する丑松の心をよろこばせた。其日は西の空が開けて、飛騨ひだの山脈を望むことも出来たのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
もしまた仮りに、飛騨ひだの国を乗っ取ってみたところで、それを守る者、或いは後詰ごづめの頼みはどうなるのか、その辺の計画は一向にないらしい。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……と感じたから、わしはさっそく、人里を遠くはなれ、これから飛騨ひだの奥へでも行って、静かに、絵を描く場所を見つけようと思うて来たのだ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岐阜県の中には山の国飛騨ひだが含まれます。鉄道が敷かれたのも割合に近頃のことで、つい先日まではその都高山たかやまに行くのは並ならぬ旅でありました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
飛騨ひだ高山の城主、三万八千石金森出雲守いずものかみ様の御宝物、御祖先が太閤様から拝領して、千利休の掛け物まで添えてある、曙井戸あけぼのいどの茶碗に、近頃小さいながら傷が見えたので
また、疾瘡しっそうをうれうるものが両国橋の中央に至り、飛騨ひだの国きり大明神と念じて北の方へむかい、きり三本ずつ川中に投じつつ礼拝すれば、平癒するとのマジナイもあるそうだ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
飛騨ひだの蒲田に一泊したのも、長い山旅の終りであった。而もそれは新聞社の特派員として、あるお方のお伴をした山であったし、とにかく、相当以上に気づかれのした山だった。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
所謂いわゆる越中平えっちゅうだいらの平野はここに尽きて、岩を噛む神通川の激流を右にながら、爪先上りにけわしい山路やまじを辿って行くと、眉を圧する飛騨ひだの山々は、さながら行手をさえぎるようにそそり立って
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今一つは細く鋭く尖つた嶺の上にかすかに白い煙をあげた飛騨ひだの燒嶽であつた。
飛騨ひだの空にゆふべの光のこれるはあけぼのの如くしづかなるいろ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
飛騨ひだの生れ名はとうといふほととぎす
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)