しずく)” の例文
そんな事を言いながら、ちょうど三本目のしずくを切った時でした。ツイ鼻の先の雨戸をトン、トン、トンと軽く叩く者があったのです。
雨が降りかかって頭から面にしずくがたらたらと流れ、やわらかい着物がビッショリと濡れてしまっても、少しも気にかけないのであります。
それが今日は生憎あいにく早暁そうぎょうからの曇りとなった。四方よもの雨と霧と微々たるしずくとはしきりに私の旅情をそそった。宿酔しゅくすいの疲れも湿って来た。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それにしても、中は、ほの暗く、しばらく立っていると、岩肌のしずくが、滴々と、肩に落ちて来て、骨髄に沁み入るような思いがする。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全身、波のしぶきでねずみになり、だらだらとしずくをたらした宮崎運転士が帽子も吹きとばされたらしく、乱れた髪をなで上げながら
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
大きくうむと言い乍ら対馬守は、突然何か胸のうちがすうと開けたように感じて、知らぬまにじわりとしずくが目がしらに湧き上った。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
(井菊と大きくしるしたる番傘を開く)まあ、人形が泣くように、目にも睫毛まつげにもしずくがかかってさ。……(傘を人形にかざしてかばう。)
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんだかうっとうしい晩だけれど、軒端のきばを伝う雨のしずくに静かに耳を傾けていると、思いなしかそれがやさしいささやきのように聞えて来る。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
成程、薄く積った地面の雪の上には、軌条から二フィート程離れしかも軌条に平行して、数滴の血のしずくの跡が一列に並んで着いている。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
かれは、いま、ひかりけて、ぎんか、水晶すいしょうつぶのように断層だんそうから、ぶらさがって、煉瓦れんがつたわろうとしているみずしずくていました。
すると彼は、ややしばしじっと女を見つめていたが、いきなり抱きしめて唇に接吻せっぷんした。さっとばかり花の匂いとしずくが彼にふりそそいだ。
宮はそれでお呼びになったのであると、いっそうわびしい気におなりになり、何も仰せられなかったが、おまくらからしずくが落ちていた。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
午後からくもった冬の空は遂に雨をもたらして、闇を走る人々の上につめたい糸のしずくを落した。が、そんなことに頓着している場合でない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分は母に叱られながら、ぽたぽたしずくを垂らして、三人と共に宿に帰った。どどんどどんという波の音が、帰り道じゅう自分の鼓膜こまくに響いた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほこりを払って、右手にかかえた。麻裏草履の片方は、並木の横の水たまりに飛んでいたが、引きあげて、ぶら下げた。しずくがたれる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
忽ち濛々もうもうとした霧の中に閉じ込められて、間もなく冷たいしずくがパラパラと落ちて来る中に、目細めぼその淋しく囀る声のみが耳に入るのであった。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ポタポタしずくが落ちる、防水布の外套に包まれて、ココアを一杯興奮剤に飲んだまま、飯も喰わずにたわいもなく痲痺したようになって寝た。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
人の足音も声も聞こえなかった。秋に熟したぶなの金銅色の葉の上に、雨のしずくが音をたてていた。石の間には、小さな流れの水が鳴っていた。
りあかめたまぶちに、厳しく拘攣こうれんする唇、またしても濃い睫毛の下よりこぼれでる涙のしずくは流れよどみて日にきらめいた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
楢の葉はパチパチ鳴りしずくの音もポタッポタッと聞えて来たのです。私と慶次郎とはだまって立ってぬれました。それでもうれしかったのです。
(新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
と、四方あたりが急に微暗うすぐらくなって頭の上のがざざざと鳴りはじめた。大粒の雨のしずくが水の上へぽつりぽつりと落ちて来た。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
娘は少しおかめ型の顔をしてマネキン人形のような美しさにととのい過ぎているようだが、頬や顎のふくらみにはやっぱり若さのしずくしたたっていた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この歌の意あきらかならず、第二句想像の語とすれば、旅人などの笠のしずくを見て山は霧深からんといへるにや、さるにても言葉少し足らぬやうに存候。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
小さい方の児もテングサのしずくを引きずり引きずりあとからいて出て行った。笑いころげる夫婦の声をあとに残して……。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あわせでは少しひやつくので、羅紗らしゃ道行みちゆきを引かけて、出て見る。門外の路には水溜みずたまりが出来、れた麦はうつむき、くぬぎならはまだ緑のしずくらして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのかあさんがくなるときには、ひとのからだにしたりいたりするしおが三まいも四まいものかあさんの単衣ひとえしずくのようにした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人は、爪先つまさきあがりになった草やぶを、樹々の間を縫って歩いて行った。落ちかかるしずくが、ざんぎり頭の毛を濡らした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
程よく焼けて焦げた皮をそっくりぎ、狐色きつねいろになった中身のしずくを切って、花鰹はながつおをたっぷりかけるのですが、その鰹節かつおぶし醤油しょうゆ上品じょうぼんを選ぶのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そのまっしろい花からは、いましがたの雪が解けながら、その花のしずくのようにぽたぽたと落ちているにちがいなかった。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
色々と考えたあげく、蝋燭ろうそくで岩に線を引いて見た。伝って来たしずくが、ここまで来て蝋にぶつかり、その線に添うて横にそれるだろうとの案であった。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
車輛と車輛との間が、鋼鉄車体こうてつしゃたいのところといわず、連結器のところと云わず、真赤な血飛沫ちしぶきがベットリ附着し、下の方へしずくがポタポタとちていた。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「雨だれ伝ふやれ簾」は所詮蜂の巣の斬新なるにかぬ。ただ去年のままの破簾に雨垂あまだれしずくが伝う趣は、やはり俳人の擅場せんじょうともいうべき天地である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
たぶん、父親と母親はびんの中の燃えつくようなしずくゆめにみていたものでしょう。青白い小さな女の子はの中の燃えるような雫を夢にみていました。
私は水車小屋で貰って来た水筒の酒をゼーロンの口に注ぎ込んだり、蹄鉄をしらべたり、脚部を酒のしずくで湿布したりして行手の径のための大事をとった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「あら、あなた。大変に濡れちまったわ。」と傘をつぼめ、自分のものよりも先にてのひらでわたくしの上着のしずくを払う。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
形体なりは私が寝ていて想像したよりも大きかったが、果して全身雨に濡れしょぼたれて、泥だらけになり、だらりと垂れた割合に大きい耳からしずくたら
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
侘助のもつ小形の杯では、波々なみなみんだところで、それに盛られる日のしずくはほんの僅かなものに過ぎなからうが、それでも侘助はしんから酔ひつてゐる。
侘助椿 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
みんなして板塀へいがドッと音のするほど水をいて、樹木から金のしずくがこぼれ、青苔あおごけが生々した庭石の上に、細かく土のはねた、健康そうな素足を揃えて
汽車のなかで子供はしずくのたらたら流れる窓硝子まどガラスに手をかけて、お銀の膝に足を踏ん張りながら声を出して騒いだ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
少女はしばらく黙しつ。けさより曇りたる空は、雨になりて、をりをり窓を打つしずく、はらはらと音す。巨勢いふ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
川崎は身体を空でゆすりながら、しずくをバジャバジャ甲板に落した。「ひと働きをしてきた」そんな大様な態度で、釣り上がって行く川崎を見ながら、監督が
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
その様をルカ伝記者は記して、「イエス悲しみ迫り、いよいよせつに祈り給えば、汗は地上に落つる血のしずくのごとし」と言っています(ルカ二二の四四)。
附近には所々に黒い血のしずくがこぼれて居たので、人々は女に触れることを恐れて、直ちに坂下にある交番に訴え出ると、交番の巡査はこれを警視庁に急報し
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
一の鳥居へ石段をおりるときふと柴栗しばぐりの落ちてるのをみて 栗がなったな と思って上を見た。高い枝にしずくのたれそうな三つ栗がめっきりとえみわれている。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
折ふし霜月しもつきの雨のビショビショ降る夜をおかしていらしったものだから、見事な頭髪おぐしからは冷たいしずくしたたっていて、気遣きづかわしげなお眼は、涙にうるんでいました。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
そこに十二三歳の少年こどもが頭からしずくのする麦藁むぎわら帽子をかぶってションボリとまだ実の入らぬ生栗を喰べている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
テーブルの上には、しずくが点々と落ち、その中央にひろげられた古新聞紙には水蜜桃の皮と種とが、ぐじゃぐじゃにつまれ、部屋じゅうがしめっぽく感じられた。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
海霧ガスが、キラキラ光るしずくとなって、焼けた皮膚や、ひげの上に並んでいくが その男はただ止まろうとせず、それが失神したようになって、おののいているのだ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
万里の海風が颯々さっさつとして、ここに立っていても怒濤どとう飛沫しぶきでからだから、しずくが滴り落ちそうな気がします。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
(二)にはいわゆる清水掛しみずがかり、すなわち筑波嶺つくばねしずく田居たいなどと称して、山からしぼり出す僅かな流れを利用するもので、源頭の小山田というものから始まって
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)