そむ)” の例文
鶴千代丸は信長一鉄の鑑識にそむかなかった。十四歳の八月の事である。信長が伊勢の国司の北畠と戦った時、鶴千代丸は初陣をした。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いやしくも歴史家たる身分にそむかないやうに、公平無私にその話をするだらうと云ふことには、恐らくは誰一人疑をさしはさむものはあるまい。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
ついでにわたくしは此「秋行」の絶句の本草家蘭軒の詩たるにそむかぬことを附記して置く。それは石蒜せきさんが珍らしく詩に入つてゐることである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
景は女が約束にそむいて他の家へったのを知っていきどおりで胸の中が一ぱいになった。彼は大声をあげて叫ぶようにいった。
阿霞 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
その約にそむかざらんことをおそるる者と、恩中に恩を顧みざる者とは、おのおのその務むべきところを務むるにもっぱらなりき。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
君がためにはわれ亞弗利加アフリカの侯伯にそむきぬ。君がために恥を忘れ、君がために操を破りたるわれは、トロアスに向けて一せきの舟をだに出さゞりき。
しかしながらこれを親子喧嘩げんかと思うと女丈夫の本意にそむく。どうしてどうして親子喧嘩……そんな不道徳な者でない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今少し余も心をひきしめ情を曲げて、その高嘱にそむかぬようにし、知己の感にむくゆべきであったろう。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
君の情人いろは君にそむいたぢやらうが、君のフレンドして君に負かんはずぢや。そのフレンド何為なぜに君は棄てたか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
〔評〕南洲城山にる。官軍さくゑて之を守る。山縣やまがた中將書を南洲に寄せて兩軍殺傷さつしやうさん極言きよくげんす。南洲其の書を見て曰ふ、我れ山縣にそむかずと、斷然だんぜん死にけり。
象山曰く、「語を寄す、吾が門同志の士、栄辱にりて初心にそむなかれ」と、松陰答えて曰く、「すでに死生をりて余事に附す、いずくんぞ栄辱に因りて初心に負かんや」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
市の中央を円く囲んだリンクと云ふ大通おほどほりは建築も立派でことに王宮、議事堂、大学、オペラ、新古の両博物館などの集つて居るあたり小巴里せうパリイの称にそむかないとも想はれた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
以来何事があっても小山さんの言う事にそむいてはなりませんと私は散々叱られましたがその時の嬉しゅうございましたこと、モットモット叱られてもいいと思いました。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
貴方は紳士の名に背く様な卑怯な振舞いはせぬと先刻も仰有ったでは有りませんか、此の様な振舞いが何で卑怯で有りませんか、何で紳士の名にそむきませんか、私の名を
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「余はしばらくここに親愛なる諸君と訣別す。諸君もし他日余にこの事業を委託することあらば、余は諸君の嘱望にそむかざる忠僕たるを誤らざるべし、ジェレミー・ベンサム」
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
宮本二郎は永久を契りし貴嬢きみ千葉富子ちばとみこそむかれ、われは十年の友宮本二郎と海陸、幾久しく別れてまたいつあうべきやを知らず、かくてこの二人ふたりが楽しき春は永久とこしえにゆきたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
行くと数日の逗留ではとても知人に接する暇もなく、むしろその厚意にそむくからである。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
日本固有の文字を捨つるは国家的団結心にそむく事、日本の古書及び漢書を読むには別に漢字仮名を学ばざるべからざる事、同音の字多き漢語を羅馬字にて書けば解し難き事等なり。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「われ今国の為に死す。死して君親にそむかず。悠々たり天地の事。鑑照神明にあり」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
『書紀』二に豊玉姫とよたまひめ産む時夫彦火々出見尊ひこほほでみのみこと約にそむうかがいたもうと豊玉姫産にあたり竜にりあったと記されたが、異伝を挙げて〈時に豊玉姫八尋やひろ大熊鰐わに化為りて、匍匐逶虵もごよう。
さあれ風声鶴涙に驚きて、先生の清操を疑ふは、知遇にそむくの罪大なりと。わざわざ小田が耳語を一笑に付し去りし一郎も。さすがに全くは忘れかね、つらつら邸内の、光景に目を注ぐに。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
あふいで此の月明に対する時、伯母の慈愛にそむきて、粟野の山を逃れる十五歳の春の昔時むかしより、同じ道を辿たどり行く今の我に至るまで、十有六年の心裡しんりの経過、歴々浮び来つて無量の感慨おさゆべくもあらず
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
既ニ衣食ノ愁アリ塵外じんがいノ超然得テ望ム可ラズ顧レバ附托ノ大任横ハツテ眼前ニ在リ進ンデ一ニ身ヲ其業ニ委スル能ハズ此ニ於テカ余ハ日夜其任務ノ尽ス能ハザルヲうれヒ其公命ニそむクノ大罪ヲおそレ又遂ニ我素志ノ果ス可ラザルヲ想ヒ時ニ心緒しんちょ乱レテ麻ノ如キモノアリ
或はことに利をくらわせて其下をして其上にそむかせて我にこころを寄せしめ置いて、そして表面は他の口実を以て襲って之を取るのであるし
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ことがととのわなくて、再びあなたにそむくようなことがあってはと思います。私は先ず魂を以てむくいたいと思います。」
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ト決心して見れば叔母の意見にそむかなければならず、叔母の意見に負くまいとすれば昇に一着を輸さなければならぬ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
半井なからい広明の呈した本は三十巻三十一冊で、けんの二十五に上下がある。こまかに検するに期待にそむかぬ善本であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その底にゆきて見れば、恩にそむきし惡人ども集りたり。「ルチフエエル」(魔王)も神に背きし報にて、胸を氷にとぢられたるが、その大いなる口をば開きたり。
国歩艱難かんなんにして策いまらず、身を忘れいささ野芹やきんの誠を献ず。才うとく万事人望にたがい、徳薄く多年世情にそむく。皎月こうげつの門前にたれか石を折り、芳梅の籬外りがいなんえいを斬る。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
美人もそむきかねた様子で「でも私の姿を見て貴方がアノ様にお驚き成されましては——」叔父
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
われにそむきし挙動など忘れはて、ただなつかしさにえず、げにふびんなるはかの少女なり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かくいとしまれつつも宮が初一念は動かんともせで、難有ありがたき人のなさけそむきて、ここにとつぎし罪をさへ歎きて止まざりしに、思はぬ子まで成せしあやまち如何いかにすべきと、みづからそのゆるし難きをぢて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかも巍の誠を尽し志を致す、其意と其げんと、忠孝敦厚とんこうの人たるにそむかず。数百歳の後、なお読む者をして愴然そうぜんとして感ずるあらしむ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
温の目に映じた玄機はまさに開かむとする牡丹ぼたんの花のような少女である。温は貴公子連と遊んではいるが、もう年は四十に達して、鍾馗の名にそむかぬ容貌をしている。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かくても誓にそむかざることを得るか。かくても羅馬の俗、加特力カトリコオの教に背かざることを得るか。
二郎はかのかたに顔をそむけ、何も知りたまわぬかの君は、ただ一口に飲みたまえと命ずるように言いたもう、そのさまは、何をかの君かく誇りたもうぞと問わまほしゅうわが思いしほどなりき。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
富岳ふがく崩るといえども、刀水るといえども、誓ってこの言にそむかざるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その貫一にそむいて……何の面目めんぼく有つて今更悔悟……おそい!
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
主人の意にそむいたと云うかどであろう、伯耆は自ら不遇であることを感じたから、何につけにつけ、日頃不快に思っていた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これは東栄が所謂いわゆる性悪しょうわるをして、新造花川にそむいたために、曲輪くるわの法でまゆり落されそうになっているところである。鴫蔵しぎぞう竹助の妓夫ぎふが東栄を引き立てて暖簾のれんの奥に入る。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
臨海りんかい林佑りんゆう葉見泰しょうけんたい、潜渓の詩にばつして、又みな宋太史そうたいしの期望にむくいんことを孝孺に求む。孝孺は果して潜渓にそむかざりき。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
先代の妻は実に優しい女で、夫の言うことに何一つそむいた事がない。そして自分を始め、下々しもじものものをいたわって使ってくれた。あすで二七日ふたなぬかになるというのは、この女の事である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
あわれかかるものに成るべきならば功名てがらを得させて、多年いだける心願こころだのみそむかざらしめたし、草木とともに朽ちて行く人の身はもとより因縁仮和合いんねんけわごう
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「君恩未報抱沉痾。暖飽逸居頭稍皤。梅発暄風香戸牖。靄含春色澹山阿。好文化遍家吟誦。奏雅声調人暢和。新歳不登公館去。椒樽相対一酣歌。」一二七の三句があつて病蘭軒の詩たるにそむかない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
父にそむかず、師にそむかず、天にがっして人にがっせず、道に同じゅうして時に同じゅうせず、凛々烈々りんりんれつれつとして、屈せずたゆまず、苦節伯夷はくいを慕わんとす。壮なるかな
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
五百は終日応接して、諸人しょにんの望にそむかざらんことを努めた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし腹の底にはこういうひがみを持っていても、人の好意にそむくことはひどく心苦しく思っているのだ。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あはれ如是かゝるものに成るべきならば功名てがらを得させて、多年抱ける心願こゝろだのみそむかざらしめたし、草木とともに朽て行く人の身は固より因縁仮和合いんねんけわがふ、よしや惜むとも惜みて甲斐なく止めて止まらねど
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
(後、相生橋成る。)橋下水深く流れ濶くして、遠く海上を望む風景おのづから浩大にして、大河の河口たるにそむかざるの趣致あり。橋の下流、佃島石川島月島の一大島をなして横たはるあり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
某甲なにがし當年何十何歳、自ら顧みるに從來の自己は自己の豫期したりし所にそむくこと大にして、而して今日に及べり、既往は是非に及ばず、今後は奮つて自ら新にし、自己をして善美のものたらしめ
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)