あおい)” の例文
旗は五色の布にあおいの紋章を雪輪で包んだ徽号きごうを染めぬいたもので、上に「三当」と書きだしてある。三当とは水戸に通ずる韻だった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
源氏は中宮ちゅうぐうの母君である、六条の御息所みやすどころの見物車が左大臣家の人々のために押しこわされた時のあおい祭りを思い出して夫人に語っていた。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お父様をお見送りしますと私は、お床の間に立てかけてあった琴を出して昨日きのう習いました「あおいうえ」のかえの手を弾きはじめました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
せめてあおいの紋のついた印籠いんろうの一つも盗み出して、仲間の奴等に威張ってはやれたのに——ほんとうに、憎らしい奴ッたらありゃあしない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
しかし、その近づくのを見て、日本左衛門が驚いたのは、その夜中横行の異風でなく、まッ先に立った仲間ちゅうげんの手にある、六ツあおい提灯ちょうちんしるし
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小さな松の林に小鳥が下りて、朝日にあおいが咲いていた。土の香と秋晴の微風。参詣の人がちらほら見えて、喪服の女が落葉を鳴らしてゆく。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
坂になった馬籠の町は金のあおいの紋のついた挾箱はさみばこ、長い日傘ひがさ、鉄砲、箪笥たんす長持ながもち、その他の諸道具で時ならぬ光景を呈した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何をもってかあおい累代るいだい御恩寵ごおんちょうにこたえたてまつらんと……いえ、主人左近将監は、いつも口ぐせのようにそう申しております。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこでまず、ふんだとか、根だけ食い残したのぼろぎくだとか、玉菜たまなしんだとか、あおいの葉だとかいうものの堆高うずたかく積まれた上に、彼は腰をおろす。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
大きな鼈甲べっこうぶちの眼鏡めがねを鼻の上にのせて、紫にあおいを白くぬいた和鞍わぐらや、朱房しゅぶさ馬連ばれん染革そめかわ手甲てっこうなどをいじっていた。
赤坂山王下さんのうした寛濶かんかつにぎやかさでもなく、六本木あおい町間の引締った賑やかさでもなく、この両大通りを斜にって、たいして大きい間口の店もないが
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その全体の服装みなりは、歌うがごとく燃ゆるがごとく、何ともいえない美しさだった。あおい色の薄ものの長衣をつけ、海老茶えびちゃ色の小さな役者靴をはいていた。
次のを立て切る二枚の唐紙からかみは、洋紙にはくを置いて英吉利イギリスめいたあおい幾何きか模様を規則正しく数十個並べている。屋敷らしいふちの黒塗がなおさら卑しい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あおいだの、コスモスだの、孔雀草だのがいまだにまだ震災直後のわびしさをいたずらに美しく咲きみだれている……
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
その頃御本家では、あおいの御紋を附けていられた夫人がお亡くなりで、お子様もなく、寡居かきょしておられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
しかられているまに、八ツ山下をこちらへ回って、あおいの金紋打ったるおはさみ箱がまず目にはいりました。
遠くは山裾やますそにかくれてた茅屋かややにも、咲昇るあおいしのいで牡丹を高く見たのであった。が、こんなに心易い処に咲いたのには逢わなかった。またどこにもあるまい。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日本のこうぞ紙の多くは流漉であって、これは外国にない特色あるやり方であります。つなぎに「とろろあおい」を用いる妙案は、誰の始創にかかるのでありましょうか。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あおいの花はまもなくしぼもう、しかしその代わりに菊の花が、全盛をきわめて咲くであろう。夏の次には秋が来るものだ」——こういう意味の流行唄はやりうたなのであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
光源氏ひかるげんじあおいうえの行動はまさしくその時代の男女の生活と心理の方則を代表するものとも考えられる。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
油会所時代に水戸の支藩の廃家の株を買って小林城三と改名し、水戸家に金千両を献上してあおいの御紋服を拝領し、帯刀の士分に列してただの軽焼屋の主人ではなくなった。
向うのあおい花壇かだんから悪魔あくまが小さなかえるにばけて、ベートーベンの着たような青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばらむすめに仕立てた自分の弟子でしの手を引いて
ひのきとひなげし (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一つの扉にはあおいもんがあって、中に「贈正一位大相国公尊儀」と刻し、もう一つの方は梅鉢うめばちの紋で、中央に「帰真 松誉貞玉信女霊位」とり、その右に「元文げんぶん二年年」
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お上から寒かろうと黒縮緬にあおいの御紋付の羽織を拝領いたしますもので、此のお話のずっと前方まえかた一色宮内いっしきくないと申す二千五百石のお旗下が奉行を仰付けられて参って居るうち
『厳神鈔』に「日吉と申すは七日天にて御す故なり、日吉のあおい、加茂のかつらと申す事も、葵は日の精霊故に葵を以て御飾りとし、加茂は月天にて御す故に桂を以て御飾りとす」
一丈八尺の地に黒のあおいの紋三つ附けた白旗七本を押し立てて四千余騎、粛々として進発した。家康は兵八百を率い、小荷駄千二百駄を守って大高城二十余町の処に控えて居た。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あおいの一種のゲラニヤが真紅の花をもり咲かせた夕暮の美しさは、河波の上に迫って来る薄明の思いにもさし映り、梶はふと過ぎて来た空が慕わしく、胸にあふれて来るのを感じた。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
人通ひとどおりも早や杜断とだえ池一面の枯蓮かれはすに夕風のそよぎ候ひびき阪上さかうえなるあおいの滝の水音に打まじりいよ/\物寂しく耳立ち候ほどに、わが身の行末にわかに心細くあいなり土手ぎわの石に腰をかけ
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この男はる徳川家の藩医の子であるから、親の拝領したあおい紋付もんつきを着て、頭は塾中流行の半髪で太刀作たちづくりの刀をさしてると云う風だから、如何いかにも見栄みえがあって立派な男であるが
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼も胸騒ぎを隠すために横を向いた。それから二人はまた、晴やかな眼で見合った。太陽は沈みかけていた。すみれ色、だいだい色、あおい色、いろんな美妙な色合が、清い寒い空に流れていた。
これは徳川家のあおいの紋が、主たる御分家筋はもちろん、酒井にも松平にも共通であって、ただその形状及び組合せの変化によって、家々を分つのを見ても容易に想像せらるるごとく
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まあ、我々のつけているこのあおいかずらかずらにしてもだ、近頃ではまるで形式的になってしまって、みんな、何のことはない、祭りの飾りの一種だ位にしか考えていないようではないか。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ただあおいの花ばかり画いた上へ普通の葵の句を画賛として書いた処で重複といふ訳でもあるまいが、しかしかういふ場合には葵の句を書かずに、同じ趣の他の句を書くのも面白いであらう。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
帛紗ふくさに包んで、お紋の父河村靱負の形見という短刀、——主君本多上野介が、東照権現様から頂いて、靱負に預けたままになったという、あおいの紋を散らした因縁付きの短刀——を置いて
これなるは有名なる醍醐の枝垂桜しだれざくら、こちらは表寝殿、あおい、襖の絵は石田幽汀いしだゆうていの筆、次は秋草の間、狩野山楽かのうさんらくの筆、あれなる唐門からもんは勅使門でございます、扉についた菊桐の御紋章、桃山時代の建物
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「くには、青森です。夾竹桃などめずらしいのです。私には、ま夏の花がいいようです。ねむ。百日紅さるすべりあおい。日まわり。夾竹桃。はす。それから、鬼百合。夏菊。どくだみ。みんな好きです。ただ、木槿もくげだけは、きらいです。」
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
苔の中から咲かせてある、あおいのような
地に落ちしあおい踏み行く祭かな 子規
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
日の道やあおいかたむく五月雨さつきあめ
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あおいの御紋じゃ無いかいな
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
白玉あおい、赤玉葵
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
昔、大将の母君のあおい夫人の葬送の夜明けのことを院は思い出しておいでになったが、その時はなお月の形が明瞭めいりょうに見えた御記憶があった。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ただ城楼じょうろう高きところ——さがふじ大久保家おおくぼけ差物さしものと、淡墨色うすずみいろにまるくめたあおいもんはたじるしとが目あたらしく翩翻へんぽんとしている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上段の間で、つきあたりは金襖きんぶすまのはまっている違い棚、お床の間、左右とも無地の金ぶすまで、お引き手は総銀そうぎんに、あおいのお模様にきまっていた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
徳川家康とくがわいえやす(従五位上侍従このとき三十一歳)は紺いろにあおいの紋をちらしたよろい直垂ひたたれに、脛当すねあて蹈込ふみこみたびをつけたまま、じっと目をつむって坐っていた。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それにつけても肥後守ひごのかみは、——会津中将は、あおい御一門切っての天晴あっぱれな公達きんだちのう! 御三家ですらもが薩長の鼻息うかごうて、江戸追討軍の御先棒となるきのう今日じゃ。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
あおいの紋のついた提灯ちょうちんさえあればいかなる山野を深夜独行するとも狐狼ころう盗難に出あうことはないとまで信ぜられていたほどの三百年来の主人を失ったことをも忘れさせた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あおいの上などという執着しゅうぢゃくの深いものは、立方たちかた禁制と言渡されて、破門だけは免れたッて、奥行きのあるおんなですが……金子かねの力で、旦那にゃ自由にならないじゃなりますまいよ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あおいご紋のついてる駕籠だ。いやそうなったら私なんか、土下座をしたっておッつかねえ。……それはそうとねえあねご、その後あっしはこの江戸で、随分仲間を作りましたよ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
石川宮木等があおいの紋に気付いた時は、既に手の下しようのない烈しい戦いになっていた。ようやくのことで、彼等が、胄を取り、大地にひざまずいたので、越前勢もしずまった。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)