こも)” の例文
「そのこもの下には小判で二千兩あるんだ、大した寢床だぜ。灯は禁物だが、暫らくの我慢だ。ねぐらへ歸れば、存分に可愛がつてやるぜ」
合歓ねむの木が緑の影を浸している小丘の裾のさゝ川。わたくしは顔や手足を洗うほどに今ぞ剥ぎ出す乞食の下の、こもの下の、女の本性。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一枚戸を開きたる土間に、卓子テエブル椅子いすを置く。ビール、サイダアのびんを並べ、こもかぶり一樽ひとたる焼酎しょうちゅうかめ見ゆ。この店のわきすぐに田圃たんぼ
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四方は荒壁で馬の出入りに少しばかりをあけてこもを下げ、立つ事と眠る事の出来るだけのひろさほか与えられて居ないものである。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
屍体のこもに船蟲がざわざわざわめく音が、この奇怪な話にいっそうの凄気を添えた。しかし、若い巡査は、眼をまぶしそうにまたたいて
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして、何か、手紙を抱いてるし、昼間のことがあったので、死骸にこもをかぶせて、再び、伝右衛門が通るのを待っていたともいった。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と家蔭から一人の女が白い手拭いを吹き流しにかぶって、こもを抱いてチョロチョロと現われたが、「もしえ、ちょいと」と声をかけた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、予は昨夜ゆうべもあのこもだれの中で、独りうとうとと眠ってると、柳の五つぎぬを着た姫君の姿が、夢に予の枕もとへ歩みよられた。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
長峰の里あたりに巣をくった名物の乞食どもが、こもを捲いて、上り高のさしを数えて、ぞろぞろと家路をさして引上げて来るのであります。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今の夕立が往来の人を追っ払ってしまったらしく、ぐしょ濡れになったこも張りの小屋の前には一人も立っている者はなかった。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
□「浪除杭なみよけぐい打付ぶっつかった溺死人どざえもんは娘の土左衛門で小紋の紋付を着て紫繻子の腹合せの帯を締めて居る、い女だがこも船子ふなこが掛けてやった」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
樹と樹のあいだにこもを張った即席の屋根から、たまった雨水がごぼりと落ちた。灰かぐらを立て、ひとかたまりのおきを黒くした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
柄杓ひしやくの水を茶碗に取りてわれにすゝめ、和尚の死骸を情容赦もなくクル/\とこもに包み、荒縄に引つくゝりて土間へ卸しつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雪庇いのむしろやらこもやらが汚ならしく家のまわりにぶら下って、刈りこまない粗葺きの茅屋根は朽って凹凸になっている。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
野太のぶとい声がともにわいたかと思うと、船具の綱でもまとめて、こもをかぶせてあると見えたかたまりが、片手にむしろを払ってむっくりと起きなおった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
小学校に居た頃、或夜自分のことについてお光と喧嘩して、二人が舟にこもを被つて寝ながら語り明したことがあつたことなどが訳もなく心に浮んだ。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
長さ五尺位のこもでくるんだ大きな荷物を道ばたに立てて、それをウンウン唸りながら担ごうとしているんだけど、迚も重たくって担げそうもないのよ。
四月馬鹿 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
私が小さい頃稀に邸外へ出たのでも、よくその死骸を見た。斬られた死骸は、しばらくこもを着せてその場に置いて、取引人が引取って行くのを待った。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
ト、舞台は車軸を流すような豪雨となり、折から山中の夕暗ゆうやみ、だんまり模様よろしくあって引っぱり、九女八役くめはちやくは、花道七三しちさんこもをかぶって丸くなる。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「手前から手前の品を落としてかかってやがら。いよいよおこもの仕草じゃねえか。いやだいやだ、下っちゃ怖えや」
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
それが人さえ出せば町方まちかたから、いつでもこもかぶりが取寄せられるようになって、始めて今日のような酒宴が、随時に開かれることにもなったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
青黒く変色した幾体かの焼死体は、左手の外陣の一隅に片寄せられて、上から真新らしいこもがかぶせられました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
こもを抱えた夜鷹よたかむれ雲霞うんかの如くに身のまわりを取巻いていて一斉に手をって大声に笑いののしるのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これが当年の無頼漢ぶらいかん、当年の空想家、当年の冒険家で、一度はこの平和な村の人々に持余されて、こもに包んで千曲川に投込まれようとまで相談された人かと思ふと
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「ああに寒かあなかった。鰯網いわしあみが出たからね。それを待っててこんなにおそくなった。そらそのこもに三升ばかり背黒鰯せぐろいわしがあらあ。みんなは、はあめしくっちゃっぺいなあ」
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そこには水死人があってこもをかけてあった。石川は好奇心にかられてそのはしをめくってみた。わかい女の仰向あおむけになった死体であった。石川は一眼見てのけぞるほど驚いた。
唖娘 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
薔薇は、こもに包まれて、すべて一尺二、三寸の背丈で、八本あった。花は、ついていなかった。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
「この途方もない石垣の下の、溝の中に、こもを被って寝ている乞食婆さんという図はどうだい」
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こもかぶりや、いろいろの美しいレッテルをった瓶などを、沢山ならべてあって、次郎の眼にはまばゆいように感じられたが、奥は、以前の家とは比べものにならない、狭い
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼は便衣べんいに着かえ、大胆にも軽機関銃をこも包みにして持ち、H・デューラン氏の邸に来た。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
こういう騒ぎをよそにして、岡埜おかの大福餅だいふくもちの土手下にこもを敷いた親子づれの乞食。親のほうはいざりでてんぼう。子供のほうは五つばかりで、これも目もあてられない白雲しらくもあたま。
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私はこの好誼こうぎをどれだけ嬉しく感じましたことか。越えて十六日「地蔵菩薩」はこもに包まれて私の手許てもとに届きました。私は冬の旅から帰った後、風邪を引き床に就いていたのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その火は周囲三尺くらいの焚火たきびらしく見ゆるほどに、なにものならんと抜き足差し足にていよいよ近寄って見れば、こはいかに、乞食体こじきていの老人がこもをまとい、秋の夜寒にたえやらで
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
善三郎 あっしは見ませんでしたが、さッき来た婆と、口をきいていたっていうから、どうで東両国のこもりの外で、さあさあざっとご覧よご覧よとさえずってる、夜鷹の立番たちばんでしょう。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
私の乞いに対し、六里ヶ原の養狐場では一匹一貫目以上もあろうと思われる大ものを、しかも二頭こも包みにして送ってくれた。皮もついていれば、うまい話だがそうはいかぬ。裸の狐だ。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
で、どうせ、それは、蜘蛛くもの巣だらけでは有ったろうけれど、兎も角も雨露うろしのぐに足る椽の下のこもの上で、うまくはなくとも朝夕二度の汁掛け飯に事欠かず、まず無事にのんびりと育った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
やうや三組みくみ役人やくにんかほそろうて、いざ檢死けんしといふとき醫師いしとして中田玄竹なかだげんちく出張しゆつちやうすることになつた。流石さすが職掌柄しよくしやうがらとて玄竹げんちくすこしも死體したい臭氣しうきかんじないふうで、こもした腐肉ふにくこまかに檢案けんあんした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
しみつたれやな、こんなやとおこもに施しも出来でけへんがな。」
「なぞはこの二つのこもの下じゃ。とってみい!」
急ぎて大坂まで上り此所よりふねに乘しところをりよく海上もおだやかにて滯留とゞこほりなく讃州丸龜へ到着たうちやくし江戸屋清兵衞と尋ねしに直樣すぐさま知れければ行て見るにはなしよりも大層たいそうなるかまひにて間口八間に奧行廿間餘の旅籠屋にてはたらき女十二三人見世番料理番の下男七八人又勝手にはこもかぶりの酒樽さかだる七八本を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「何? 小判で百両? それが種も仕掛もない話かえ。大泥棒か仇討あだうちじゃあるまいし、おこもが小判で百両持っているわけがあるもんか」
たまたま、人影らしいものがあるかと見れば、宿のない病人や順礼が、大慈だいじ御廂みひさしを借りて、こもにくるまッている冷たい寝息……。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「俺の身元はちまたのベッガーでね、」すると賢夫人も気さくに笑って「えゝ/\また落魄おちぶれたらいつでも二人でおこもを着て門に立ちますよ」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「おこもさん、おやおや……お菰さんでございましたら、もうこの辺へは、毎日のように、いくらでも立ち廻るのでございますよ」
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夜分、珍らしい事に、国男さんがこも包みを手伝って呉れる。電話室を一杯にして大騒ぎをした。清が器用な手つきで、「えぼない」を結ぶ。
また一人、こもをかぶって橋の欄干らんかんの下から物哀れな声を出しました。兵馬も駕籠舁かごかきもそんな者にはいよいよ取合わないでいるうちに、またしても
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こもの上に固くなってまた菰をかぶっていた。役人は腰をかがめてそれをめくった。人夫の持っている弓張提灯を取って一わたり顔から足まで眺めた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「可いよ、可いよ、あたい、私はね、こんなうつくしい蒲団に坐る乞食なの。国ちゃん、おこも敷いてるんじゃないや。うつくしい蒲団に坐る乞食だからね。」
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、戸板にかかった針先をとろうとし、つるりと滑った途端に、こもり落ちて、皮もえ血もしこり、肉脱した岩の死骸が、ぬるっとばかりに現われた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ハテナ!——と与の公、橋の下をのぞくと、せま河原かわら、橋くいのあいだにむしろを張って、おこもさんの住まいがある。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)