つむ)” の例文
「これ、なあ、」老妻は、顔をあからめて、嘉七に紙包を差し出し、「真綿まわただよ。うちでつむいで、こしらえた。何もないのでな。」
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
左様、たしかにおりましたよめくらの老婆が。よく縁先の日なたで糸をつむ小車おぐるまを廻していましたが、それが李逵のおふくろでしょう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
されど夜晝つむ女神めがみは、クロートが人各〻のために掛けかつ押固おしかたむる一たばを未だ彼のためにり終らざるがゆゑに 二五—二七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ゆかの上にはイラクサからつむ麻束あさたばがおいてありました。天井てんじょうにはしあげのすんだくさりかたびらがぶらさがっていました。
山口県の玖珂くが郡秋中村大字秋掛あきがけなどでも、「藤を打砕いて糸の如くつむぎ布に織り、股引ももひき等に相用あいもち候事そうろうこと」と、『周防風土記すおうふどき』には記している。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
つむぐことゝることサ、無論むろんはじめから』と海龜うみがめこたへて、『それから算術さんじゆつの四そく、——野心やしん亂心らんしん醜飾しうしよく、それに嘲弄てうろう
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ちょうど日当ひあたりのいい縁側えんがわに、おばあさんがすわって、したいて、ぷうぷうと糸車いとぐるまをまわしていとつむいでいました。
おじいさんの家 (新字新仮名) / 小川未明(著)
昔の糸車にてつむぐ時は、一本のつむに一人を要すべきに、今はわずかに六七人の工女にてよく二千本の錘を扱うをべし。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
いぶかしさうに小首を傾けた母は、立つて行つて戸棚から一束のじんきを持ち出し、またビイビイビイとつむぎ始めた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
雪が降ったりんだりして、年が暮れかかった。やっこはしためも外に出る為事しごとを止めて、家の中で働くことになった。安寿は糸をつむぐ。厨子王は藁をつ。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一首は、麻苧をそんなに沢山おけつむがずとも、また明日が無いのではないから、さあ小床おどこに行こう、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
細き橋を渡り、せまがけぢて篠田は伯母の軒端近く進めり、綿糸いとつむぐ車の音かすかに聞こゆ、彼女かれは此の寒き深夜、老いの身のほ働きつゝあるなり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
しかし主として僕の作品の中で昔がつとめてゐる役割は、やはり「ベルトが糸をつむいでゐた時に」である、或は「まだ動物が口をいてゐた時に」である。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つつましく糸をつむいで居るのを面白いと思つたが、それつきり全く忘れてしまつて居た娘が、半意識の間に思ひ出されて来たのを、彼は珍らしく思つた。
いま鮮やけくえるものゝように、心からつむぎ出されて来て、肉体の感覚にまで結ばり綾取あやどられたのを感じると
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ドムレミイの村で母の傍で糸をつむいでいたジャンヌ・ダークが、一旦天の啓示を受けると、信仰ぶかい彼女は自らを神からえらばれた救国の使徒と信じきり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の考えでは、村で養蚕ようさんができるなら、百姓はその糸をつむいで仕事着にも絹物きぬものの着物を着て行けばいい。何も町の商人から木綿もめん田舎縞いなかじまや帯を買う必要がない。
「それがねえ、お父様。お叱りになってはいけないのですよ。妾もどこに行ったろうと思って探して見ると、二人とも機織はたおり部屋に行って糸をつむいでいるのです」
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
ついこの間まで糸をつむぎながら浮かべていた微笑が、今もその口のほとりに残っているばかりか、その眼のどこかには年寄り独特の穏かさが隠れているように見えた。
爾らのうちたれかよくおもい煩いてその生命いのちを寸陰も延べ得んや、また何故にころものことを思いわずらうや、野の百合花ゆり如何いかにしてそだつかを思え、つとめずつむがざるなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
野の百合はいかにして育つかを思え、労せずつむがざるなり。今日ありて明日炉に投げ入れらるる野の草をも神はかく装い給えば、まして汝らをや。ああ信仰うすき者よ。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
むすめさんはまたいとつむいで熱心ねつしんはたらいてゐるといふ實際生活じつさいせいかつることが出來でき、また料理屋りようりや茶店ちやみせ各地方かくちほうにあるそのまゝの建築けんちくで、料理りようりもまたその地方ちほう名物めいぶつはせ
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
それよりいよいよその日のえきにつきて、あるいは赤き着物をい、あるいははたを織り糸をつむぐ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
すなわち家婦かふにんにして、昼夜のべつなく糸をつむ木綿もめんを織り、およそ一婦人、世帯せたいかたわらに、十日のろうを以て百五十目の綿を一反の木綿に織上おりあぐれば、三百目の綿に交易こうえきすべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ベルリン国立歌劇場合唱団をブレッヒの指揮した『さまよえるオランダ人』の「つむぎ歌」と『魔弾の射手』の「がために花嫁」(JH五七)は、たった一枚だが非常に良い。
宇宙は畢竟疑問の積聚也、人は是の疑問の解決を待つて初めて安じ得べくむば、吾人寧ろ生なきを幸とせむ。野の鳥を見よ、はたらかず、つむがざれども、尚ほ好く舞ひ好く歌ふに非ずや。
美的生活を論ず (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
私の意志は実にしばしば利己的な打算がつむぐ網の中にき込まれてしまうのである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
男から弓端ゆはず調みつぎといって、弓矢でとった獲物えものの中のいくぶんを、女からは手末たなすえ調みつぎといって、つむいだり、織ったりして得たもののいくぶんを、それぞれ貢物みつぎものとしておめしになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
夏使うベンチが両側にならんでいて、片方の端に大きなつむぎ車があり、もう一方にバタつくり機械がおいてあるのを見れば、この大切な玄関がいろいろなことに使われることがわかった。
ジャングル的藪の美を説くのと同じく、当然と思っている、しかしながら偉なるかな、南方の雪! 黒潮はしれる太平洋の海風を受けて、しかもラスキンのいわゆる、アルプスの魔女がつむげる
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
侍は糸もつむがず、田も作らずかんなも持たず、代々その家禄によって生活をする。
改訂御定法 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あさるとだいしたが、つむひもせぬ、これは浴衣ゆかたがけの縁臺話えんだいばなし。——
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
偶々たまたま持っていた一せきの汽船が、幸運の緒をつむいで極端な遣繰やりくりをして、一隻一隻と買い占めて行った船が、お伽噺とぎばなしの中の白鳥のように、黄金の卵を、次ぎ次ぎに産んで、わずか三年後の今は
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
手紡てつむぎ手織ておりの木綿が近年さかんになったことをも書き添えねばなりません。美穂みほ村の向国安むこうぐにやすで織り、隣村でつむぐというかしこい道を取り、一時は盛な成績を見せました。染めも努めて草木から得ました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
もちろんチベットでは機織はたおりをする女はある。また糸つむぎをする者もある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
図194は長いテーブルで、娘が十人ずつ坐り、まゆから絹をつむいでいる所を写生した。これを百年記念博覧会に出したら、和装をした、しとやかな娘達は、どんなにか人目を引いたことであろう。
彼女が絶対の権威をもってつむぎ、織り、つのである。
糸車、糸車、しづかにもだす手のつむ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
きりない歌をなほもつむ
わがひとに与ふる哀歌 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
黙つてつむいでゐる。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ひとりは絲をつむぎつゝ、わがの人々と、トロイアびと、フィエソレ、ローマの物語などなしき、チアンゲルラや 一二四—
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
朝に夕に思慕の糸をつむぎ溜めて、やがて許婚いいなずけの又八が帰国したら——あの人に着てもらおう——そう楽しんで去年から少しずつ織っていたものだった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ヨリコはまた綿飴わたあめともいう土地があり、上方かみがたではジンキとも呼んでいた。綿をえぬ土地ではこのヨリコを買い入れて、めいめいの糸をつむいだのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
芝居の義理の総見に米沢つむぎかなにかをたっぷり着て、仕度の出来た身体を長火鉢の前に一先ず落付け
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
空飛ぶ鳥を見よ、かず、刈らず、倉に収めず。野の百合ゆり如何いかにして育つかを思え、労せず、つむがざるなり、されど栄華を極めしソロモンだに、その服装よそおいこの花の一つにもかざりき。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
古の人曰へらく、野に咲ける玉簪花を見よ、はたらかずつむがざれども、げにソロモンが榮華の極みだにも其の裝ひ是の花の一に及ばざりきと。あゝ玉簪花、以て彼等の行爲の美しきにも喩へむ乎。
美的生活を論ず (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
家へ歸つてから、それとなく光明寺の怪しい室のことや、煑賣屋の娘が和尚さんに手を引かれて其の室へ入つたことを、晝間の話になほして、母に告げると、母はつむいでゐた絲車の手を止めて
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
伽噺とぎばなしを読むと、日本のなら「昔々」とか「今は昔」とか書いてある。西洋のなら「まだ動物が口をいてゐた時に」とか「ベルトが糸をつむいでゐた時に」とか書いてある。あれは何故なぜであらう。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さうだ! さうだ! これや王禅寺の方へ遠足した時、道に迷うて這入つて行つた家の糸とり娘の足だ。それの手だ。糸とり台を踏んで居るのだ。つむがれて出る糸すべてをつまんで居る手つきだ。
黙つてつむいでゐる。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)