紙鳶たこ)” の例文
「ここにいるのはおかみさんの子供かえ、おとなしそうな児だ。小父さんが御歳暮に紙鳶たこを買ってやろうじゃねえか。ここへ来ねえ」
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
壁燈をけに行った刑事の一人が、何気なく窓の外を見ると、中空に浮んだ一枚の紙鳶たこが、暗夜の帆船のようにスウッと近づいて来る。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼等は紙鳶たこをあげ、独楽こまを廻し、泥で菓子をつくり、小さな襤褸ぼろの人形をつくる。襤褸人形には、実に妙な格好をしたのがある。
するとその男はちょっと首をかしげて見ましたが、まるで紙鳶たこの片尾がとれて木へ傾きかゝるように二人の方へ肩を先に寄せて来ました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
使いよい品なので、この町の特産として名を広めたのは当然であるといえましょう。紙を用いたものとしては紙鳶たこがあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
なんだか紙鳶たこが木の枝へ引っかかっていながら、途中で揚がってるような気がしていけませんからと言った。重吉のことは自分も同感であった。
手紙 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蜻蛉とんぼ釣りに蜻蛉の行衛ゆくえをもとめたり、紙鳶たこ上げに紙鳶のありかを探したりするわずらわしさに兄は耐えられなくなってしまった。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
すると、空には紙鳶たこがどっさり上がっていて、ぶんぶんうなったり、ぱたぱた音を立てたりしていました。ちょうど紙鳶たこの時節なものですから。
第三図は童児二人紙鳶たこを上げつつ走り行く狭き橋の上より、船のほばしら茅葺かやぶき屋根の間に見ゆる佃島の眺望にして、彼方かなたよこたはる永代橋えいたいばしには人通ひとどおりにぎやかに
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
茶山は江戸に著いて、微恙のために阿部家の小川町の上屋敷に困臥し、紙鳶たこの上がるのを眺めてゐた。茶山の集に「江戸邸舎臥病」の二絶がある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
毎日々々まいにち/\面白おもしろ可笑をかしあそんでうちあることその老爺をやぢさんこしらへてれた菱形ひしがた紙鳶たこ甲板かんぱんばさんとて、しきりさはいでつたが、丁度ちやうど其時そのとき船橋せんけううへ
「我がかげの我をおひけりふゆつき」と人之をうたがふ時はやなぎかゝ紙鳶たこ幽靈いうれいかとおもひ石地藏いしぢざう追剥おひはぎかとおどろくがごとし然ば大橋文右衞門の女房お政はをつとの身の上を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あたかもかの夢想兵衛が飄飄然ひょうひょうぜんとして紙鳶たこにまたがり、天外万里無何有むかうの郷に漂着したるの想いをなすならん。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
或る日、その町長さんは大きな紙鳶たこと綱の球をもつて、嵐の最中に、田舎へゆきました。二百人あまりの人達がひどく面白がつて町長さんについて行つた。
何をさせても器用であって、彼の作った紙鳶たこは風の弱い時でも実によく揚りそうして強風にも安定であった。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鳩は一遍グルリと空に環を描き、今度はきゅうに南の方へ向って、糸の切れた紙鳶たこのように飛んで行った。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
ブラ下げた長い長い二本のなわあしやわらかに空中に波うたして、紙鳶たここころ長閑のどか虚空こくうの海に立泳たちおよぎをして居る。ブーンと云うウナリが、武蔵野一ぱいに響き渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一時の害の為めに敵となるものは、又た一時の利の為めに味方となるを易しとす。西風には東に飛び、東風には西にがるは紙鳶たこなり、人の心も大方は斯くの如し。
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
また春が来ますと、大空にはいつの間にか紙鳶たこの揚がっているのが目につき同時に今まで打棄うっちゃってあった野良の田畑にぽつぽつと百姓の姿を認めるようになります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
外の方をさしのぞけば、大空は澄める瑠璃色の外、一片の雲も見えず、小児の紙鳶たこは可なり飛颺ひようして見ゆれども、庭の松竹椿などの梢は、眠れるかの如くに、すこしも揺がず。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
幾度か塗り上げたような深い色の秩父連山が、劃然と画き出されたのをふと心付いて眺めた時には、未だ十一、二の少年であった自分も、紙鳶たこの糸を巻くことさえ忘れて
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
風が、その内部なかへ吹き込んだため、紙帳が一方へ傾き、ワングリと口を開けたのである。忽然、紙帳は、一間ほど舞い上がった。もうそれは蜘蛛ではなく、紙鳶たこであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
辰刻いつゝ(八時)過ぎになると、江戸の下町ではもう、羽子の遠音も、紙鳶たこの唸りも聞えます。
路傍の一里塚いちりづかも後になりて、年りし松が枝も此方を見送り、柳の糸は旅衣をき、梅の花は裳に散り、うぐいすの声も後より慕えり、若菜摘める少女ら、紙鳶たこあげて遊べる童子ら
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
いつのとしでしたかわたくしの乗りました車夫くるまや足元あしもとからへた紙鳶たこ糸目いとめ丁寧ていねいに直してりましたから、おまい子持こもちだねと申しましたら総領そうりようなゝつで男の子が二人ふたりあると申しました
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
◯子供は一円五十銭にて買い来りし紙鳶たこをあげてよろこびしが、遂に自作を始めたり。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「お父さんが長岡ながをかから、こんなでかい紙鳶たこを、買つて来てくれたから見に来なよ。」
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
蓮太郎は其様そんなことゝも知らないで、さも/\うまさうに乾いた咽喉のどうるほして、さて種々さま/″\談話はなしに笑ひ興じた。就中わけても、丑松がまだ紙鳶たこを揚げたり独楽こまを廻したりして遊んだ頃の物語に。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
蟻をならべた並木の筋に……蛙のごとき青田あおたの上に……かなたこなた同じ雲の峰四つ五つ、近いのは城のやぐら、遠きは狼煙のろし余波なごりに似て、ここにある身は紙鳶たこに乗って、雲のかけはし渡る心地す。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
障子の破れが紙鳶たこうなりのように鳴って、膝の上のビラがかすかにあおられる。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
而れども是れが青年田口の作なりしことを思ひ、吾人が猶田舎に於て紙鳶たこを飛ばし、独楽こまもてあそびつゝありし時に於て作られし著述なることを思へば非難の情は愛翫の情に打勝れざるを得ず。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
「いか」は「いかのぼり」の略、紙鳶たこのことである。花の散った梢に紙鳶の尾の引かかっているのを発見した。多分花の咲く前からのものであろうが、花が散ってから今更のように目につく。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
紙鳶たこが樹の枝に掛かり、風のために動かされていたことが知れたそうだ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
明朝あしたうららかな、いい天気であった。空には紙鳶たこのうなりなどが聞かれた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お前はもうあの紙鳶たこを覚えて居る
わが児に (新字新仮名) / 加藤一夫(著)
どこかで紙鳶たこのうなりがする
糸切れし紙鳶たこのごとくに
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私の少年時代の玩具といえば、春は紙鳶たこ、これにも菅糸すがいとげる奴凧やっこたこがありましたが、今はすたれました。それから獅子、それから黄螺ばい
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この季節(一月)、東京中の人が皆紙鳶たこを持っている。そして風の具合がいいので、空は大きさ、形、色の異る紙鳶で、文字通り充満している。
『おい、イリューシャ、おれたちもひとつ去年の紙鳶たこを上げようじゃないか。お父さんが繕ってやるよ。いったい、おまえ、どこにしまったんだえ?』
百鬼夜行ひゃっきやこうの図と鳥羽絵とばえの動物漫画とは、さまざまなる寓意ぐういの下に描直かきなおされ、また当時物価の高低は富土講ふじこうの登山あるひは紙鳶たこの上下によりて巧に描示えがきしめされたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おもしろいことは、土佐で自分の子供の時代に、紙鳶たこの競揚をやる際に、敵の紙鳶糸を切る目的で、自分の糸の途中に木の枝へ剃刀の刃をつけたものを取り付ける。
言葉の不思議 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それから兇器は、裏門側の会堂から二十メートル程離れた所で、落ちていた紙鳶たこを突き破っていたのです。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
羽子板店に紙鳶たこ店はもちろん、神棚の祭具を売る店、餅網、藁のお飯ひつ容れを売る店、屠蘇とその銚子や箸袋を売る店、こういう正月向きの売店が賑々にぎにぎしく普通の売店に混り
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
左に曳いた尾根は二九四〇米の小凸起をもたげた後、恐らく白峰山脈の二七一七米とある峰(笹山)と、すれすれに紙鳶たこの糸のような雪の線を残して、近い小仏峠の城山の真上迄来ると
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
紙鳶たこすら自由に飛ばされず、まりさえ思う様にはつけず、電車、自動車、馬車、人力車、自転車、荷車にぐるま、馬と怪俄けがさせ器械の引切りなしにやって来る東京の町内にそだつ子供は、本当にみじめなものだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
紙鳶たこが木の枝に引っかかって中途から揚がっているようなありさまでおしてゆかれては間へはいった自分たちの責任としても、しまいには放っておかれなくなるのは明らかだから、今度の旅行を幸い
手紙 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
糸目の切れた紙鳶たこのように飛出すガラッ八。それを見送って
それはかのかき木金助ききんすけ紙鳶たこに乗って、名古屋の城の金の鯱鉾しゃちほこを盗むという事実を仕組んだもので、鬼太郎君は序幕と三幕目を書いた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
子供の時分に燈火をつけた紙鳶たこを夜の空に上げて田舎の村人を驚かし、一八九七年には箱形の紙鳶を上げ、糸を樹につないだまま一晩揚げ切りにしておいたこともあった。
レーリー卿(Lord Rayleigh) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)