たて)” の例文
彼は巨大な、横にもたてにも大きな男で、黒の夜会服にすっかり身を包んでいた。白髪を、独逸ドイツ人風に綺麗にうしろへ撫でつけていた。
妻の七夕の止めるのもかず、そこにっている瓜を食べようと思って、二つにたてに瓜を割ったら、それがたちまち天の川になった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一人は細いつえ言訳いいわけほどに身をもたせて、護謨ゴムびき靴の右の爪先つまさきを、たてに地に突いて、左足一本で細長いからだの中心をささえている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白地に星模様のたてネクタイ、金剛石ダイアモンド針留ピンどめの光っただけでも、天窓あたまから爪先つまさきまで、その日の扮装いでたち想うべしで、髪から油がとろけそう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
机の寸法はたて三尺、横四尺、高さ一尺五寸位であらう。木の枯れてゐなかつたせゐか、今では板の合せ目などに多少の狂ひを生じてゐる。
身のまはり (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてたてに長い中堂を見込んだ。日はもう入つてしまつて、色硝子の窓が鈍い、厭な色の染みになつて見えて、あたりはしんとしてゐる。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
「あの、笑靨えくぼよりは、口のはたの処に、たてにちょいとしたしわが寄って、それが本当に可哀うございましたの」と、お金が云った。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「臼は矢つ張りたてに伏せてあつたんですね、半歳前の跡だから間違ひはありません。その前に臼を横にした跡があつて、二本の繩の跡が——」
と、たちまち眼の前の、ぼーっとした仄暗ほのぐらい空を切り裂いて、青光りのする稲妻が、二条ふたすじほどのジグザグを、たてにえがいた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
おほきな藁草履わらざうりかためたやうに霜解しもどけどろがくつゝいて、それがぼた/\とあしはこびをさらにぶくしてる。せまつらなつてたて用水ようすゐほりがある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
何分にもたて六尺九寸、幅一丈にも余る大幅であるので、写真に縮小しては鮮明を欠くのでその一部分を掲げて描法の一端を示す事としたのである。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
※オロンの形と色とをしたカラビデエ、同じく群青色ぐんじやういろをして柏の葉をたてに二枚重ねた如き擬態を有し、葉茎、葉脈等をあきらかに示せるピリイムシセ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それから急に一つ首をたてに振ると一つの小さい目盛盤ダイヤルをとりはずし、他のものと綿密めんみつに比較研究をしているようでした。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
... 太く拵えようと思えばカステラを厚く焼いて横に巻く所をたてに巻いてもよし、好き自由に出来ます」小山「なるほど訳はありませんね、その次は」
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
会釈をするときに頬に微笑を湛えて脣のかどのところに一寸たてしわを寄せてもの言うのはモナ・リザを連想せしめた。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
お銀様はどうしたのか、急に眼の色が変って、いきなりそのお御籤の紙をたてに二つにピリーと裂いてしまいました。
それまで自分でもさんざん苦心したらしいのだが、肥りすぎてゐる上に、昔風の糊の堅いたてカラーをしてゐるものだから、手先がうまく届かないのであらう。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
豆ラムプの細い燈心には人の眼をたてにしたやうな形の愛らしいほのほがともつてゐて、その薄い光りが窓の前に伸びた無花果いちじゆくと糸杉の葉を柔らかく照し出して居た。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
いつも此話しの始まりし時は青筋出してたゝみをたゝくに、はて身知らずの男、醫者になるは芋大根つくりたてるとはたてが違ふぞとて、作助は眞向より強面こわもての異見に
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして糸を其の枝にしつかりとくつつけて、降りて来る時に使つたたての糸を伝つて、橋まで昇つて行く。
すると両の頬に一と筋ずつ、たてに深いしわが刻まれ、眼がやわらかく細められて、どんな人間をもひきつけずにはおかないような、温かい、魅力のある表情になった。
ところ/″\にポツンと焼け残りの土蔵が盤面に将棋の駒をたてに置いたやうに半壊の姿をさらしてゐ
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
お団子を半分にして、それを拇指おやゆびでおしつけたように、押しつけたところがピタンとしている。大きな鼻の穴が、たてに二つかきのたねをならべたように上をむいている。
例へば仮名の形を大小長短種々に変化する事、たてに書かずして横に書く事、父音母音の区別を幾分か現す事等ならざるべからず。しかしこれにも種々の困難はあるなり。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これ即ち日本現在の風俗に協応するものであって、現在生活の洋風化の実情をはっきりと具象しているものである。本箱本棚を考えてもたてに並べる洋式の方が普通である。
書籍の風俗 (新字新仮名) / 恩地孝四郎(著)
故に横に之を説くもたてに之を論ずるも、如何なる攻撃に遇ふも、如何なる賞讃に遇ふも彼は動かざるを得るなり。白旗不動兵営静なりとは彼が論文を形容すべき好辞なり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
そのたびに自分は、その牛を捕えやりつつ擁護の任を兼ね、土を洗い去られて、石川といった、たて川の河岸を練り歩いて来た。もうこれで終了すると思えば心にも余裕ができる。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
やっとのこと顔をあげて、若旦那と一緒に土蔵おくらの方を見ましたが、やがて嬉しいのか悲しいのか解らぬような風付ふうつきで、水々しい島田の頭をチョットばかりたてに振ったと思うと
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
坪二両に立退料三百両というところまでりあげたが、それでも頭をたてには振らない。
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
昼間はほたるの宿であらう小草のなかから、葉には白いたてしまあざやかに染め出されたあしが、すらりと、十五六本もひとところに集つて、爽やかな長いそのうへ幅広な葉を風にそよがせて
これを直訳しますと、「人間の顔の眼は横につき鼻はたてについている」というのです。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
郎女のぬかの上の天井の光のかさが、ほのぼのと白んで来る。明りのくまはあちこちに偏倚かたよって、光りをたてにくぎって行く。と見る間に、ぱっと明るくなる。そこに大きな花。蒼白いすみれ
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「ええ。少し歩きましょう。お天気が好いと店へ行くのがいやになるわ。一日、日の目を見ずにいるんだから。」とぬぎ捨ててあったたてしぼの一重羽織を引掛けて、窓の障子をしめた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
七、八寸のいもをたてに切って丁寧に皮をむき、一本並べにゴマをふって焼いたきびきびした代物。ここも例の蒔絵まきえの重箱へきちんと詰め、ノシをいれてお遣い物といった客が多かった。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
この女にこんなことを言っていて、よくも、口がたてに裂けずにいるものじゃ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
たて一尺横一尺五寸の粗末な額縁の中にはあらゆる幼時の美しい幻が畳み込まれていて、折にふれては画面に浮出る。現世の故郷はうつり変っても画の中に写る二十年の昔はさながらに美しい。
森の絵 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
七回半にまといてたて結びに結び付け、竹の中にきつね天狗てんぐたぬきと書きたる札を入れ、竹の口を火にてあたため、その上にまたあたためたる塗り盆をいただかせ、風呂敷にてこれを覆い、女児三人
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
此石数百万をたて積重つみかさねて、此数十丈の絶壁ぜつへきをなす也。いたゞきは山につゞきて老樹らうじゆ欝然うつぜんたり、是右の方の竪御たておがうなり。左りは此石の寸尺にたがはざる石を横につみかさねて数十丈をなす事右に同じ。
〔譯〕博聞強記はくぶんきやうきは、聰明そうめいよこなり。精義せいぎ神に入るは、聰明そうめいたてなり。
あれあわてると身体がたてになるので沈みますので身体が横になると浮上るものです、心のしずかな人は川へ落ちても、あー落ちたなと少しも騒がないで腕を組んで下迄すーっと沈むと又ずっと浮いて来る
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おくみは持つて行く新聞のはしをたてに見ながら一人心にかう思つた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
吾ともなく興の起るのがすでにうれしい、その興をとらえて横にたてくだいて、これを句なり詩なりに仕立上げる順序過程がまた嬉しい。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
洗い清めた白米を或る時間水に浸し、それが柔かくなったのを見測みはからって小さな臼に入れて、手杵てぎねすなわちたての杵でき砕くのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夢の御告げでもないならともかく、娘は、観音様のお思召おぼしめし通りになるのだと思ったものでございますから、とうとうかぶりたてにふりました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
実は今朝托鉢たくはつに出ますと、たて町の小さい古本屋に、大智度論たいちどろんの立派な本が一山積み畳ねてあるのが、目に留まったのですな。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「十七八でせうか、矢絣やがすりたてやの字の帶で、素顏に近い島田髷の、良い娘でした——あ、それから左の頬に可愛らしい愛嬌ぼくろがあつて——」
おつぎは庭葢にはぶたうへむしろいてあたゝかい日光につくわうよくしながら切干きりぼしりはじめた。大根だいこよこいくつかにつて、さらにそれをたてつて短册形たんざくがたきざむ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
箱の中ならばもみの中へ横にめておくのです。第二は決してたてに置いてはいけません、必らず横にしておくのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
横に連なった二つの眼は、人間並みに物をかたよらずに見る眼、別に出来上ったたての眼は何を意味する。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おおかめさんの風貌ふうぼうを、もすこしくわしくいえば、体の大きさと眼との釣合はくじらを思えばよかった。鼻は、眼との均衡がよいほどだが、たてに見えるほどの穴が実に大きい。