ねむ)” の例文
脚を重ねて椅子いすに座す。ポケットより新聞と老眼鏡とを取り出し殊更ことさらに顔をしかめつつこれを読む。しきりにゲップす。やがてねむる。
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一方警察医の意見によると、院長の死は午前四時頃と推定され、その時刻には家人はまだねむっていて、物音なぞは聞かなかったこと。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「——、おい誠子まさこ、さっきの茶に混ぜといた薬がやっと効いて来たようだぜ、二人ともぐっすりといい気持にねむってる、ふっふふふ」
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
田舎者はあすの仕事があるから、夜になると我慢が出来ず皆ねむりに行った。ちらばら立っているのはこの村と隣の村の閑人であった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
金本というのは李聖学の日本名であった。朝鮮人は内地に来ると皆日本の名前をつけるのだ。はあい、と中からねむそうな声が聞えた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
寝台の上の詩子ふみこは、物音に目を覚す様子もなく、神々しいほど美しい片面を見せて、向うを向いたまま、スヤスヤとねむって居ります。
身代りの花嫁 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
何故と云うと、この紳士は大森を出てから、つがいの蝙蝠が鎌倉で、赤い翼をして下りた時まで、眠り続けてねむっていました。……
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
順一が事務室に現れたのは、朝のも大分高くなっていた頃であったが、ここにも茫とした顔つきのねむそうな人々ばかりと出逢であった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「さあ、………あんまり遅い汽車やったら悦ちゃんがねむがるやろうし、………明後日の朝早うに立っても間に合わんことないねんで」
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼がいかる時はわにのごとく、った時は河童かっぱのごとく、しかしてねむった時は仏顔ほとけがおであったかも知れぬ。また半耳君はんじくんにしても然りである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
もとより真の已達いたつ境界きょうがいには死生のかんにすら関所がなくなっている、まして覚めているということもねむっているということもない
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、その夜床にはいつて、ねむりにつくまでの静かな一ときを、今日一日のことを始めから思ひかへして、たのしかつたのであつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ねむい眼をこすりながら叔母について行くと、思いがけなくも母が来ていた。帯をといたまま台所続きの茶の間で御飯を食べていた。
ねむっている時も手から離しません。朝目が覚めて、「どこかへ行った」といいます。顔を洗いに立つと、蒲団ふとんの上に転がっていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
蓮切鼻の人は死ぬまで蓮切鼻でいる。希臘ギリシャ型のを授かった人はねむっている間も希臘型というのが原則として認められております。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
寝付が悪いというお久が今夜はよくねむって、寝坊だと笑われている自分が今夜はうして睡られそうもないので、お菊は幾たびか輾転ねがえりした。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何度も寝返りを打ち、何度も深い溜息ためいきをつき、からだをちぢめ、また伸ばそうとこころみたが、ねむりはもう穏やかにはやって来なかった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
目がさめたとき、まくらもとの時計は十一時をまわっていた。——腹のあたりが空虚すぎて、もう、どうにもねむることができない。
待っている女 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
返事へんじいから二けましたがそれでも返事へんじいからじゆくではどうなつたことかと非常ひじやう心配しんぱいして責任せきにんつたものは一ねむらなかつたくらゐ
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
無邪気に娘はよくねむっていたが、源氏がこの室へ寄って来て、衣服の持つ薫物たきものの香が流れてきた時に気づいて女は顔を上げた。
源氏物語:03 空蝉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「伊東さんの便所から帰ったのは知っています。然しその間の時間は三分のものやら三十分のものやら、一ねむりしたらしいので判りません」
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
何しろ二晩悪友のお附合をさせられた挙句で、僕はひどくねむかつたものでね。やがてはいつて来たのが今いつた女だつたのだ。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「ああよくねむった。伯父さん、大丈夫ですよ心配しなくても。明日、明日僕が取返してきてあげますよ、本当だ……ああ睡い」
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は今朝ねむいところを、午前六時のラジオ体操に起され、それからこっちずうっとラジオのドラ声に悩まされているのですよ。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、朝でかける時は、いつもまだ布団のなかでねむっている。そして、豆腐の粕を届けにきたお浜がついてゆくこともある。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
その家の下女げじょ行逢ゆきあいて近状を聞き、(万感万嘆この夜ねむることかたし)と書いたのは、彼女の青春二十一歳のことであった。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「どうしてここにいるのか、僕にもよくわからないのです。なんだか永いあいだねむっていたような気がしますが、きょうは何日いつかなんですか」
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ウーイ、余り御酒を過したので御前をもはゞからず、とろ/\とねむって大きに失礼いたした、おや、お燈火あかりが消えましたな、御近習お燈火を」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私学校の変に次いで、西郷つとの報が東京に達すると、政府皆色を失った。大久保利通は、悒鬱ゆううつの余り、終夜ねむる事が出来なかったと云う。
田原坂合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今日も会社へ行くのかと思うとねむくなり、うとうとすると警戒警報がなりひびき、起き上りゲートルをまき煙草を一本ぬきだして火をつける。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
日本のを見ぬが熱地の諸猴を親しく見しに、猴ほど夜眼の弱いものはなく、日が暮れれば膝を立てて坐し、頭を膝に押し付け手で抱えてねむる。
妻室はその友人も女も知らないので、なんの興味もないと云うような生返事をしていたが、何時いつの間にかねむってしまった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
天満天神に朝まいりした五花街の女たちが、ふたたびねむるころ、北浜界隈かいわいは車だまりから人力車が一掃されて、取引市場をとりまいた各商店では
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
庸三はいつごろまで仰向きになった目の上に「痴人の告白」を持ちこたえていたろうか、するうちに目蓋まぶたが重くなって電燈を薄闇うすぐらくしてねむった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「さうか知ら。ぢや、基督はちやんと潜航艇の事まで御存じなんだな。」とウヰルソン氏はねむさうな眼で牧師の顔を見ながらじつと考へてゐたが
名人の内に宿る射道の神が主人公のねむっている間に体内をけ出し、妖魔ようまはらうべく徹宵てっしょう守護しゅごに当っているのだという。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
人心地ひとごこち失いまして、よい智慧も浮びませぬゆえ、まことに我まま申上げてはばかり多いことで厶りまするが、ひと刻程ねむりをらせて頂きましてから
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
「こいつあよっぽど参っているのだな。昼寝られなくて、夜眠られなくて、それじゃあいつねむるのだ。おめえは、ねむるのが恐ろしいのだろう?」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
またはねむたげな魔界のような雰囲気の中に惹込むのは、ただこの景物ばかりがさせる技ではなかった、なぜならば、スコットランドの貴族の家柄に
赤々と禿げた、ふとったおやじが丸い鉄火鉢てつひばち膝子ひざっこのように抱いて、ねむたそうに店番をしていた唐物屋からものやは、長崎屋と言った。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ひとの庭内に忍び入りたるものがかくまで平気にねむられるものかと、吾輩はひそかにその大胆なる度胸に驚かざるを得なかった。彼は純粋の黒猫である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
渡し船の来るあいだ、思い思いの恰好かっこうで自分の仕事のあとを見入る。彼らはねむい思いもぎ取られた。すがすがしい空気を胸一っぱいに吸いこんだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
陣帳風暗く、夜はけかけていた。兵はみなねむりに落ち、時おり、馴れぬうまやにつながれた赤兎馬が、静寂しじまを破って、ひづめの音をさせているだけだった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爾うすると賊軍方の者が夜は其処そこいったたかって、昼はねむいからといって塾に来て寝て居た者があったが、ねっから構わない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
だんだんいろいろな話をして「その後は実に我が国もねむりを覚まされた。外人に対する注意力を非常に喚び起された」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
我が良人をつと今宵こよひも帰りのおそくおはしますよ。我が子は早くねむりしに、帰らせ給はゞきようなくやおぼさん。大路おほぢの霜に月こほりて、踏む足いかに冷たからん。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「それなればなほの事、私はちつともねむくはないから。お父さん気を揉まないでおくれ。それよりはおッ母さんの帰るまで、背など摩擦さすつて上げやう」
小むすめ (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
彼女の深いねむりを見つめていると、その睡りが心をとろかすように、彼女からコスモに移って来るように思われた。
が海は相かわらず潮騒しおさいの音を立てて、岸辺に打ち寄せていた。艀舟はしけ一艘いっそう、波間に揺れていて、その上でさもねむたそうに小さな灯が一つ明滅していた。
怜悧れいり快活くわいくわつな、おほきいつてゐたうつくしい彼女かのぢよいま一人ひとりをんなとして力限ちからかぎたゝかつた。そしてつひやすらかにねむつた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)