眼前めさき)” の例文
それは先年せんねん西海せいかいはて崩御ほうぎょあらせられた貴人きじん御霊みたまであったが、それを拝すると共に眼前めさきくらんで馬から落ちたのだと云う噂であった。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
悵然ちょうぜんとして戸にりてはるか此方こなたを見送りたまいし。あわれのおもかげ眼前めさきを去らず、八年やとせ永き月日の間、がこのおもいはさせたるぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「源さん、わたしゃ、お嫁入りのときの姿が、まだ眼前めさきに散らついている。裾模様すそもよう振袖ふりそでに、高島田たかしまだで、馬に乗って……」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たちまち人の跫音に心附こころづいたと見えて、灰色のおどろ髪を振乱ふりみだしつつ此方こなたきっみかえった。市郎はつかつかと眼前めさきに現れた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
我今まで恋とう事たるおぼえなし。勢州せいしゅう四日市にて見たる美人三日眼前めさきにちらつきたるがそれは額に黒痣ほくろありてその位置ところ白毫びゃくごうつけなばと考えしなり。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『ソラここを読んで見ろ』と僕の眼前めさきに突き出したのが例の君、臣をること犬馬けんばのごとくんばすなわち臣の君を見ること国人こくじんのごとし云々うんぬんの句である。
初恋 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
黄色の蝶二つ浪子の袖をかすめてひらひらと飛び行きしあとより、さわさわと草踏む音して、帽子かぶりし影法師だしぬけに夫婦の眼前めさきに落ち来たりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
今に起きて来るか、と思えば、肉癢こそばゆい。髪の寐乱れた、顔のあおざめた、腫瞼はれまぶちの美人が始終眼前めさきにちらつく。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
この頃おれは肉眼が見えない代りに、心眼で物を見るようになった。おれたちが住まっていたあの家が見える。昔の平和な日が、お前の笑顔が、眼前めさきにちらつく。
暗中の接吻 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
子供の病気を気にして、我から良人が折れて出るのを待つように、眼前めさきを往ったり来たりしている妻の姿や声が、痛い毛根にさわられるほど、笹村の神経に触れた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ことごとく眼前めさきに浮んで、それが我膳の前へ坐った始めから、三丁来た角で車が別れた終りまで、何遍となく何十遍となく何百遍となく、繰返し繰返し肚裡はらのうち歴環へめぐって居る
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
彼は、何だか、眼前めさきが急に明るくなったように感じられた。腹心の、子飼こがいの弟子ともいうべき子分達に、一人残らず背かれたことは、彼にとって此上このうえないさびしいことであった。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
と一人の田舎者がくみして居ります、仙太郎は覗いて見ると長いのを政七の眼前めさきへ突き附けて居る奴は余程度胸のさそうな奴で、あとさがって居る二人の奴は提灯持と見えまして
若し死ぬにしたら人の眼前めさき死屍しがいをつきつけてからでなくては死なぬ、どうしても逃げ出したに相違ない、逃げたとすれば某港の方向だ、女の足ではまだ遠くは行かぬ、それ誰々に追懸けて貰へ
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ハッと思って振り返った眼前めさきへ、ツト現われた老武士があった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
主翁はじぶんをこんな処へれて来てどうするつもりだろうと思って、そっと書生の顔を見た。主翁は怖れて眼前めさきくらむように思った。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
𤢖め、近寄って来たなと、市郎はただちに用意の燐寸まっちった。はたして一人いちにんの敵は刃物を振翳ふりかざして我が眼前めさきに立っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
じゃか、何ともいわれない可恐こわいものが、私の眼にも見えるように、眼前めさきかけまわっているもんだから、自分ながら恐しくッて、観音様を念じているの。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝な夕な波は哀音を送って、蕭瑟しょうしつたる秋光の浜に立てば影なき人の姿がつい眼前めさきに現われる。かあいそうは過ぎて苦痛になった。どうにかしなければならなくなった。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
続いて眼前めさきに七八人の学生が現われて来たと視れば、皆同学の生徒等で、或は鉛筆を耳にはさんでいる者も有れば、或は書物を抱えている者も有り又は開いて視ている者も有る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
随分憎らしいと思うが、憎らしいと思いながらもやッぱりれ込んでいるらしい。不都合な事だ。今でも、あの色の白い顔が眼前めさきにちらちらする。しからない顔だ。艶子さんは起きてる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自然と焔硝えんしょうの煙になれては白粉おしろいかおり思いいださず喇叭らっぱの響に夢を破れば吾妹子わぎもこが寝くたれ髪の婀娜あだめくも眼前めさきにちらつくいとまなく、恋も命も共に忘れて敗軍の無念にははげみ、凱歌かちどきの鋭気には乗じ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
得ずと思い出したる俊雄は早や友仙ゆうぜんそでたもと眼前めさき隠顕ちらつき賛否いずれとも決しかねたる真向まっこうからまんざら小春が憎いでもあるまいと遠慮なく発議者ほつぎしゃり込まれそれ知られては行くもし行かぬも憂しとはらのうちは一上一下虚々実々
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
おかしいぞと思って、内をかすと、男の隻頬かたほおが見えた、それは父親の顔であった、奴さんの眼前めさきはまた暗んだのさ
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
けれども、敵はまだ二人ににんあましている。加之しか一人いちにんの味方をきずつけられた彼等は、いかってたけってお葉に突進して来た。洋刃ないふ小刀こがたな彼女かれ眼前めさきに閃いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
母はつと立ち上がって、仏壇より一つの位牌いはいを取りおろし、座に帰って、武男の眼前めさきに押しすえつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そがなすままにまかしおけば、奇異なる幻影眼前めさきにちらつき、𤏋ぱっと火花の散るごとく、良人のはだを犯すごとに、太く絶え、細く続き、長くかすけき呻吟声うめきごえの、お貞の耳を貫くにぞ
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
早くもお勢を救い得たのちの楽しい光景ありさま眼前めさき隠現ちらつき、払っても去らん事が度々有る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼等が胆に針を与へて秘密の痛みに堪ざらしめよ、彼等が眼前めさきに彼等が生したる多数おほくの奢侈の子孫を殺して、玩物の念を嗟歎の灰の河に埋めよ、彼等は蚕児かひこの家を奪ひぬ汝等彼等の家を奪へや
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
主婦はそう云いながら寝台のへりへまた腰をかけた。讓の眼前めさきは暗くなってなにも見ることができなかった。讓は仰向あおむけに寝かされていたのであった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
先刻さっき僕が取出しました。とかの写真を病人の眼前めさきかざせば、つくづくと打視うちなが
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きょうは例の赤とんぼう日和びよりであるが、ほとんど一疋も見えない。わたしは昔の元園町がありありと眼前めさきうかんで、年ごとに栄えてゆくこの町がだんだんに詰らなくなって行くようにも感じた。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼らがのんどに氷を与えて苦寒に怖れわななかしめよ、彼らが胆に針を与えて秘密の痛みに堪えざらしめよ、彼らが眼前めさきに彼らがしたる多数おおく奢侈しゃしの子孫を殺して、玩物がんぶつの念を嗟歎さたんの灰の河に埋めよ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大病と云うので、何人だれも家のなかで大きな声をする者がなく、親類の者同志で顔を見あわすと、何か黒い重い物が眼前めさきに浮んでいるような顔をしました。
薬指の曲り (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
東より西の此方こなたに、二ならび両側の家軒暗く、小さき月に霜てて、冷たきしろがね敷き詰めたらむ、踏心地堅く、細く長きこの小路の中を横截よこぎりて、ひさしより軒にわたりたる、わが青楓あおかえで眼前めさきにあり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新吉の眼前めさきをいろいろの女がかすめて往った。彼はその中からおずおずした物おびえのある顔を見逃すまいとした。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おれもたってお藤を呉れとは言わぬ。そんでえに貸した金千円、元利揃えてたった今貰おうかい。と証文眼前めさきに附着くれば、強情我慢の得三も何と返さん言葉も無くこうじ果ててぞいたりける。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はこの瞬間、八つになる女の子と五つになる男の子がじぶんを待って母親と噂をしているさま眼前めさきに浮べた。彼はたまらなく苦しかった。彼は寝てはいられなかった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
第一てまえがもうこういう内にも、(難有ありがたう)といって、人の志を無にせん風で、最中もなかを取って、親か、祖父じいさんの前ででもあるように食べなすった可愛らしさが、今でも眼前めさきにちらついてならんでがすて。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
讓は眼前めさきが暗むような気がして内へ逃げ込んだ。その讓の体はやわらかな手でまた抱き縮められた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は部下がもう帰りそうなものだと思った。白い馬に乗ったむすめの姿がまた眼前めさきに浮んだ。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
可愛いむすめを売る程であるから、彼は他に金をこしらえる手段はなかった。……額の抜けあがった顔がふと眼前めさきに浮んで来た。それは年貢の催促に来る名主の顔であった。それは
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
孔生は眼前めさきがくらみ耳がつぶれるように思ったが、屹然きつぜんと立ってすこしも動かなかった。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
喬生が人間の骸骨がいこつと抱き合ってねだいに腰をかけていたが、そのとき嬉しそうな声で何か云った。老人は怖れて眼前めさきが暗むような気がした。彼は壁を離れるなり寝床の中へもぐりこんだ。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
六郎はその声を聞くとともに、眼前めさきがくらむようになって立ちすくんだ。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二人は彼の跫音あしおとを聞きつけて云いあわせたように顔を向けたが、その令嬢の顔は芳郎の眼前めさきに残っている顔にそっくりであった。彼は驚いてその顔を見返したが、束髪そくはつには赤い花は見えなかった。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
赤い花をさした女の姿は、芳郎の眼前めさきをはなれなかった。翌日、彼はまたその女にえはしないかと思って、家の傍の坂をあがったりおりたりして、その辺をさまよい歩いたが女には逢わなかった。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その一方で用人は、村役人のしかめ面を眼前めさきに浮べていた。
貧乏神物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
新吉はおそれて眼前めさきが暗んでしまった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
神中は眼前めさきが暗くなった。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)