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父樣
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とゝさま
吾儕が先立てば誰とて後で
父樣の御介抱をば申し上ん夫を思へば
捨兼る生命を捨ねば惡名を
雪に難き
薄命お目覺されし其後に此
遺書を
父樣にも春彦どのにも褒められようぞ。わたしは
忌ぢや、忌になつた。(投げ出すやうに砧を捨つ)
相かはらず
父樣の
御機嫌、
母の
氣をはかりて、
我身をない
物にして
上杉家の
安隱をはかりぬれど。
言葉では
言ひ
盡されぬ
不幸ぢゃ。……なう、
父樣や
母樣は
何處にぢゃ。
呼寄父樣死なれし以來種々不幸が
打續斯貧窮となりしこと如何にも殘念なれば其方
何卒辛抱して
田畑も元の如くに取
戻し河口九郎右衞門が
名跡を
子之介 けふは月こそ違へ、
父樣の御命日で、今まで奧で御囘向をして來ました。
いつぞは
正氣に
復りて
夢のさめたる
如く、
父樣母樣といふ
折のありもやすると
覺束なくも
一日二日と
待たれぬ、
空蝉はからを
見つゝもなぐさめつ、あはれ
門なる
柳に
秋風のおと
聞こえずもがな。
取換し如何成れば姉妹二人斯る苦界に沈みしぞ
父樣には私の身の
代金の爲に人手に掛り果て給ひ母樣には麹町にお
在るとの事成れどなどか
逢には來給はぬぞ手紙を
苔のしたにて
聞かば
石もゆるぐべし、
井戸がはに
手を
掛て
水をのぞきし
事三四
度に
及びしが、つく/″\
思へば
無情とても
父樣は
眞實のなるに、
我れはかなく
成りて
宜からぬ
名を
人の
耳に
傳へれば
面は唯今獻上いたしまする。なう、
父樣。
申さば
其お
心が
恨みなり
父樣が
惡計それお
責め
遊ばすにお
答への
詞もなけれど
其くやしさも
悲しさもお
前さまに
劣ることかは
人知らぬ
夜の
家具の
襟何故にぬるゝものぞ
涙に
色のもしあらば
此袖ひとつにお
疑ひは
晴れやうもの
一つ
穴の
獸とは
餘りの
仰せつもりても
御覽ぜよ
繋がれねど
身は
そこねもして
愛想づかしの
種にもならば
云はぬに
増る
愁らさぞかし
君さまこそ
無情とも
思ふ
心に二
ツは
無し
不孝か
知らねど
父樣母さま
何と
仰せらるゝとも
他處ほかの
誰れ
良人に
持べき
八重は
一生良人は
持たずと
云ふものから
我が
身とは
自ら
異りて
關係はることなく
心安かるべし
浦山しやと
浦山るゝ
我を
父さま
無二の
御懇意とて
恥かしき
手前に
薄茶一
服參らせ
初しが
中々の
物思ひにて
帛紗さばきの
靜こゝろなく
成りぬるなり
扨もお
姿に
似ぬ
物がたき
御氣象とや
今の
代の
若者に
珍らしとて
父樣のお
褒め
遊ばす
毎に
我ことならねど
面て
赤みて
其坐にも
得堪ねど
慕はしさの
數は
増りぬ
左りながら
和女にすら
云ふは
始めて
云はぬ
心は
淺き
心と
思召すか
假令どのやうな
事あればとて
仇し
人に
何のその
笑顏見せてならうことかは
山ほどの
恨みも
受くる
筋あれば
詮方なし
君樣に
愛想つきての
計略かとはお
詞ながら
餘りなり
親につながるゝ
子罪は
同じと
覺悟ながら
其名ばかりはゆるし
給へよしや
父樣にどのやうなお
憎しみあればとて
渝らぬ
心の
私こそ
君樣の
妻なるものを