さざなみ)” の例文
女教師鴎外、芸妓紅葉、女生徒さざなみ、女壮士正太夫しょうだゆう権妻ごんさい美妙、女役者水蔭すいいん比丘尼びくに露伴、後室こうしつ逍遥、踊の師匠眉山、町家の女房柳浪。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
といいきらないうちに奥さんは口許に袖口を持っていってさざなみのように笑った……眼許にはすぎるほどの好意らしいものを見せながら。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
握った丸太はいつも上段で、じっと敵を睥睨へいげいした。静かなること水の如く、動かざること山の如しといおうか、さざなみほどの微動もない。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ここで若い靴磨きが変な街路詩人の詩を口ずさみ三等席の頭上あたりの宵の明星を指さして夕刊娘の淡い恋心にささやかなさざなみを立てる。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その間をば一同を載せた舟が小舷こべりさざなみを立てつつ通抜とおりぬけて行く時、中にはあわてふためいて障子の隙間すきまをば閉切しめきるものさえあった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今拵えた花綵を池の水際みぎわに浸していましたが、それが水の中から咲き出たようにさざなみに揺られて、二つにも三つにも屈折して見えました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
丁度同時に硯友社けんゆうしゃの『我楽多文庫がらくたぶんこ』が創刊された。紅葉こうようさざなみ思案しあんけんを競う中にも美妙の「情詩人」が一頭いっとうぬきんでて評判となった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
川の上手から静謐な、光り輝くさざなみの上を影絵のように急速力で漕いで来る丸木舟まるきぶねも見えた。一人、二人、三人、四人、五人、あ、六、七人。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
さざなみさえ打たない静かな晩だから、河縁かわべりとも池のはたとも片のつかないなぎさ景色けしきなんですが、そこへ涼み船が一そう流れて来ました。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
高い、高い、眞黒な檣の眞上に、金色の太陽が照つてゐて、海——蒼い、蒼い海は、見ゆる限りさざなみ一つ起たず、油を流した樣に靜かであつた。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
後を絶間なく喋ったり歌ったりして人が通るが、気がしずまって来ると河のさざなみがコンクリートにあたる静かな音もきこえる。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ほりは深く、幅も広い。本能寺のそれとはちがって満々と水をたたえている。どこかに自然と湧水ゆうすいがあるとみえて、蒼々あおあおさざなみたてて澄んでいた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空はまだ暮れきってはいず、昼の色を拭いのこした静かな夕空は、目にみえぬ無数のさざなみの動くひろい川面のように見えた。
昼の花火 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
月は明らかに其田池を照して、溺れた人の髪の散乱せるあたりには、微かなさざなみが、きら/\と美しく其光にきらめいて居る。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
したたるばかりの森影に、この妖姫ようきの住める美しの池はさざなみを立てて、じゃくとして声なき自然の万象をこの鏡中きょうちゅうに映じている。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
一処ひとところ、大池があって、朱塗の船の、さざなみに、浮いたみぎわに、盛装した妙齢としごろの派手な女が、つがい鴛鴦おしどりの宿るように目に留った。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『向うの村に住む人間たちが、彼等の天性の愛となさけとを忘れてしまった上は、湖が再び彼等のすまいの上に、さざなみをたてた方がいいかも知れない!』
島を囲む黒いさざなみがぴたぴたとそのいしずえを洗うごとくに、夜よりも暗い無数の房々ふさぶさがその明るい大広間を取り巻いている。
ちょっとした人の足音にさえいくつもの波紋が起こり、風が吹いて来るとさざなみをたてる。色は海の青色で——御覧そのなかをいくつも魚が泳いでいる。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
じっとりした、ひどく冷い霧、それが、荒れた海の波のように、目に見えて一つ一つと続いて拡がっているさざなみをなして、空中をのろのろと進んで来る。
沖はよくぎてさざなみしわもなく島山の黒き影に囲まれてそのしずかなるは深山みやまの湖水かとも思わるるばかり、足もとまで月影澄み遠浅とおあさの砂白く水底みなそこに光れり。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
長い長い雪渓は終った、湖面を亘るさざなみのような雪田を蹈んで二十間も行くと三窓の若々しい草の緑が私達を迎えた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
雄はその平べったいくちばしで雌のくびを軽くみながら締めつける。いっとき彼はしきりにからだを動かすが、水は重くよどんでいて、ほとんどさざなみも立たないくらいだ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
前はうねから畝へ花毛氈はなもうせんを敷いた紫雲英の上に、春もやゝ暮近くれちかい五月の午後の日がゆたかににおうて居る。ソヨ/\と西から風が来る。見るかぎり桃色ももいろさざなみが立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
季節は春、時は夕、丘は青草の香高く、坐するほとりにすみれ蒲公英たんぽぽも咲いていたであろう。脚下には夕暮れのガリラヤ湖が、さざなみも立てずして鏡よりも静かである。
ダニューブ河のさざなみは、あれはハンガリアをとったウインの喜びだ。しかし、ここの漣は、圧制のもとに唸り、遠吠え、あきらめ、沈み、悵怏として悲しむ漣である。
欧洲紀行 (新字新仮名) / 横光利一(著)
この古い琴の音色ねいろには幾度いくたびか人の胸にひそやかなさざなみが起った事であろう。この道具のどれかが己をそういう目にわせてくれたなら、どんなにか有難く思ったろうに。
流れの美しさは、樹間をれる光によって異常な色調を帯び、不思議な美しさを呈している。その輝く水面の上を、カヌーの一櫂ひとかいごとに、数千のさざなみが伝わってゆく。
第二に、潮がその時は退いていて、——さざなみの立っている強い潮流が内湾を西の方へ流れ、それから吾々がその朝入って来た海峡を南の方へ外海の方へと流れていた。
この山の端と、金色の三尊の後に当る空と、さざなみとを想像せしめる背景は、実はそうではなかった。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
かすかなさざなみを立てている濠、はねる鯉、柳の並木、空からさすやわらかな月光——そういうものが、すこしずつ、警察署でのささくれだった金五郎の気持をほぐして行く。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
鏡面にさざなみがたったかと思うと、大統領ミルキの髭の中にうずもれた顔が浮きあがった。
十八時の音楽浴 (新字新仮名) / 海野十三(著)
四、五日吹き続いた風の名残りが、まだ折々水沫みなわを飛ばす波がしらに現れているものの、空はいっぱいに晴れ渡って、さざなみのような白雲が太陽をかすめてたなびいているだけだった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けれども猿沢の池は前の通り、さざなみも立てずに春の日ざしを照り返して居るばかりでございます。空もやはりほがらかに晴れ渡って、こぶしほどの雲の影さえ漂って居る容子ようすはございません。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
明るい月が地平を離れ、河のさざなみを銀に彩っている。一同は口々に、「月だ、月だ、月が出た。」「さあ、出陣だ! 進軍だ!」と勢い込んでざわざわと起ち上り、月に向って立ち並ぶ。
チロチロとさざなみの刻むような光りがする、岩石の間に、先刻捨てた尻拭き紙までが、真赤にメラメラと燃えている、この窪地一帯に散乱する岩石の切れ屑は、柔らかく圭角けいかくを円められて
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
しかも、シュンシュンとその水は、自分の身体中で冷たくさざなみ立ててうずくのだ。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
一とき聞くに堪えないような失望の呻き声が聞える。だが河神は肘の雫を啜っていう「私はこの女神のために諦めということを取失わされてしまった。消ゆるかに見えて、また立つさざなみ……」
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
名にし負える荻はところく繁り合いて、上葉うわばの風は静かに打ち寄するさざなみを砕きぬ。ここは湖水のみぎわなり。争い立てる峰々は残りなく影をひたして、ぎ行く舟は遠くその上を押し分けて行く。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
狭い澄んだ額のまわりにさざなみのように揺らいでる細やかな髪の毛、やや重たげな眼瞼まぶたの上のすっきりしたまゆ雁来紅がんらいこうの青みをもった眼、小鼻のぴくぴくしてる繊細な鼻、軽くへこみを帯びた顳顬こめかみ
ボオトの場景が最後ラストかざり、ていれば、撮影さつえいされた覚えもある荒川あらかわ放水路、あししげみも、川面かわもさざなみも、すべて強烈きょうれつ斜陽しゃようの逆光線に、かがやいているなかを、エイト・オアス・シェルの影画シルエット
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
大袈裟なところでは眉が逆立ちをしたり、眼が宙釣りになったり、口がりくり返ったりします。デリケートなところでは唇がふるえたり、眼尻にさざなみが流れたり、眉がそっと近寄ったりします。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
茶と菓子とを運んだおんな昼食おひるのあと片付けを云いつけて、彼女はまた漠然たる思いの影を追った。遠くより来る哀悠が湖水の面にひたひたとさざなみを立てている。で側の小さい聖書をとり上げてみた。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
空はやっぱり一面の黒雲に覆われ、風はなし、目路めじの限りの花の山は、銀鼠色ぎんねずみいろに眠って、湯の池にさざなみも立たず、そこにゆあみする数十人の裸女の群さえ、まるで死んだ様におし黙っているのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
のばよこたへ、膝節ひざぶしも、足も、つきいでて、さざなみ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
翌日よくじつ文鳥がまた鳴かなくなった。留り木を下りて籠の底へ腹をしつけていた。胸の所が少しふくらんで、小さい毛がさざなみのように乱れて見えた。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山のような五百重いおえの大波はたちまちおい退けられてさざなみ一つ立たない。どっとそこを目がけて狂風が四方から吹き起こる‥‥その物すさまじさ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
波のように背中をうねらせて追い、蜈蚣の大群は壁から下りて、床の上をさながらさざなみのように、騒ぎ立てながら追いかけた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一処ひとところ大池おおいけがあつて、朱塗しゅぬりの船の、さざなみに、浮いたみぎわに、盛装した妙齢としごろ派手はでな女が、つがい鴛鴦おしどりの宿るやうに目にとまつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ややべにと金とを交えた牛酪バタいろの一面のはるばるしいさざなみであった。いよいよ夕凪だなと、私は私の船室ケビンの方へ、穏かに、また安らかに歩みを返した。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)