ひつ)” の例文
艫に大きな飯たきがまをすえ、たきたての飯をひつにつめているのもある。その飯の色のまっ白なのが妙に目についてしようがなかった。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
古いひつの上に枝付燭台が一つ載っているのを見ると、すぐにマッチを摺って蝋燭に火をつけてから、改めて室内の様子を見廻わした。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
別にただの御飯へ塩味あじを付けて炊いて火を引く時今の紫蘇の手でんだものを早くかまの中へ入れておひつへ移す時杓子しゃくしでよく混ぜます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それから第二のオービユルンが来て、又掘りに掘つた。とう/\ひつを見つけたので、蓋を擡げて中の黄金きんが光つてゐるのまで見た。
お母さんは、ものの二つのひつと、達二たつじの小さな弁当べんとうとを紙にくるんで、それをみんな一緒いっしょに大きなぬの風呂敷ふろしきつつみました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ようよう、向うの人々の食った残りの飯が、ひつの底にちょっぴりまわって来た。一段下の別扱いをされたような腹立たしさがした。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
タカが、マドロス君がえに迫って、おひつをかっぱらったとか、鶏を盗んだとかいう程度が、村民の蒙っていたすべての被害ではないか。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
血は血桶ちおけへとり、臓腑はぬきだして鷹にあたえ、塩を腹につめて手早くそのあとを縫いあげ白木のひつにおさめて封印をほどこす。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ひつ。英国。雑木、鉄金具。恐らく十三世紀末。長さ四尺六寸、丈二尺二寸七分。Victoria Albert Museum 蔵。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「この節は何でも母さんの真似まねばかりしてるんですよ。母さんが寝れば寝る真似をするし、おひつを出せば御飯をつける真似をするし——」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして二人は、その両脇りやうわきに坐りました。蓉子ようこさんは、いつものお母様の場所に、ごはんのおひつを置いて坐り、その側へ耕一君が並びました。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
忘れてゐて、あわてて持つて行くと、もうひつには米は一粒も残つてゐない。あの和尚をしやうめ、一日二日米を食はずにゐたと見える。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
またロ氏自身の馬が御者就寝ののち妙に巧く絆を脱しひつの栓を抜いて燕麦を落し尽した、これ無論馬自身が考え出したでなく
八五郎と彌三郎と二人の力を併せて、ほんの少しばかりひつの蓋を動かしたところを、八五郎は足を働かせて器用にその品物を蹴飛ばしました。
だれのわんだれのはしという差別もない。大きい子は小さい子の世話をする。なべに近いひつに近い者が、汁を盛り飯を盛る。自然で自由だともいえる。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
土蔵をあけてはいると、なにが入っているのか長持ながもちひつや箱がぎっしり並んでいた。和助はおけいを用箪笥の前へ呼んで
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
黒くなりたるひつの上に、美しき手毬てまりのありしを、女の児に与うれば、気味悪そうに手に取りて、「こりゃ何。」と怪訝顔けげんがお
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『君、蓋の方は今夜たべて、おひつの方は明朝たべることにしよう。今夜、全部平らげてしまうと、あすという日が思いやられる。諸君よろしいか』
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
といって、ふときりして、の中につっんできました。このいたきりを木のひつの上からさしみますと、中で山姥やまうばぼけたこえ
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
一叢ひとむらの森がある。頂法寺ちょうほうじの境内だった。そこの六角堂へ来ると、範宴は、堂の一隅に置いたひつの中から、肌着と法衣ころもを出して、弟に着かえさせた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえば大きなひつ長持ながもちるい、なかにはいった物をかたむけたり曲げたりしてはならぬ場合、ことに清浄せいじょうをたもって雑人ぞうにんの身に近づけたくない品物などは
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
吾こそは御嶽冠者なり! 口惜くちおしいかな、宝蔵には、八百万やおよろずの大和の神あって、彼の髑髏盃を守るがため、容易たやすひつに近寄り難く、かく一旦は立ち帰れども
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして私たちは、御飯がたべたければ小さな土鍋どなべで米をかしぎ、別におひつへ移すまでもなくテーブルの上へ持って来て、罐詰か何かを突ッつきながら食事をします。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おけを作ったり、おひつをこしらえたり、時には近くの村の醤油屋へ臨時の手伝いにやとわれていったりした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
身のまはりのすべては、自分自身も竈の炎も二疋の犬も猫も、眼を上げるとおひつ手桶てをけもランプも流しもとも悉くが、今、ふいと掻き消えはしないかと危ぶまれる。
それで、盗品のひつのなるべく軽いものを一つ背負って、強盗について行った。すると、朱雀門すざくもんそばまで行くと、そこで盗品をわけ合って、この男にも麻袋あさぶくろ一枚れた。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
古いおひつには、古い足袋たびがギッシリつまり、古いだるの横に、古い張り板が立てかけてある始末。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
御飯の水とは、御飯をお釜から移す時におひつの裏底に茶碗を受けて置いて、後でお櫃を取つて見ると、綺麗な透明な水滴が茶碗の中に四五滴たまつて居るそれである。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
飯は寝てる飯より、立ってる飯、つやのある飯、穴ぼこのある飯はきらい。子供の寝姿のように、ふっくり盛りあがって焚けてる飯を、ひつによそう時は、何とも云えない。
朝御飯 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
家の中ががらんとほこらのやうに、しーんとして真暗だ。をかしいなと思ひ、おひつの蓋を取つて見ると、中は空つぽだつた。鍋の中をのぞくと、水ばかりじやぶじやぶしてゐる。
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
配縄はいなわを投げ終わると、身ぶるいしながら五人の男は、舵座かじざにおこされた焜炉こんろの火のまわりに慕い寄って、大きなおひつから握り飯をわしづかみにつかみ出して食いむさぼる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
羽子板店に紙鳶たこ店はもちろん、神棚の祭具を売る店、餅網、藁のお飯ひつ容れを売る店、屠蘇とその銚子や箸袋を売る店、こういう正月向きの売店が賑々にぎにぎしく普通の売店に混り
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それから、母は、釜や、ひつの洗った残りの飯粒を、ざるへ入れて、天日に干しておいてくれて、これも、私の間食になった。後になると、私自身が、それを造って食べていた。
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
おせきが産後の摂養期にあるときなど、浩平とお常は自然同じ仕事に携わらなければならず、笠をならべて田植もすれば、畑の作入れもし、野良で、同じおひつの弁当も食べた。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
以前ここに立っていた大きな置戸棚と、彫り物のあるひつとは、しかしもう見当らなかった。
すると綺麗きれいに中身がなくなって、空のおひつとお膳とが、ちゃんと元の場所に出してあるのよ
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
柱あるところには硝子の箱を据え付け、そのうち骨董こっとうを陳列す。壁にそいて右のかたにゴチック式の暗色のひつあり。この櫃には木彫もくちょうの装飾をなしあり。櫃の上に古風なる楽器数個あり。
しまひに御飯をおひつに取つて額際に汗を見たおくみは、仕度した皿のものをお盆に載せて、そろ/\座敷のテイブルに運んで、袂の先をくはへて、すべてのものを恰好よく並べた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
さびしいその柳原堤に沿って下ると、和泉橋いずみばしです。ひつをかかえた影を先に、二、三尺離れて女中の影がこれを守りながら、ふたりの女は、その和泉橋からくるりと左へ折れました。
女達がてんでに、おひつを抱えて運ぶ。焼かれた秋刀魚さんまが、お皿の上でり返っている。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
木乃伊ミイラによって人類の統治せらるるを夢想すること、退廃したる信条を復興すること、遺物ひつに再び金箔きんぱくをきせること、修道院を再び塗り立てること、遺骨ばこを再び祝福すること
かくて後には、典獄の許可を得て、ゴルクムなる友人たちに依頼して、一週に一度ずつ書籍をひつに入れて交換出納し、また衣類などを洗濯のために送り出すことも許されるようになった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
「気がつまるといけないから、お源さん、おひつは姉さんにたのみましょうよ」
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と云ううちにお神さんが万公の前へ剥げチョロケたお膳とおひつを押し遣った。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
斯かる話は斯かる峽間の山村に生れたわが少年の水々しい心を、いやに深く刺戟しげきしたものであつた。自分の家は村内一二の舊家を以て自任し、太刀もあり槍もあり、ひつの中にはおどしの腐れた鎧もある。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
唐の寧王ねいおうちょ県のさかいかりに出て、林のなかで獲物えものをさがしていると、草の奥に一つのひつを発見した。ふたの錠が厳重におろしてあるのを、家来に命じてこじ明けさせると、櫃の内から一人の少女が出た。
飼料を入れるまぐさひつには松やにがこびりついて瑪瑙色めのういろに光っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
思えば、おそい志願であった。私は下宿の、何一つ道具らしい物の無い四畳半の部屋で、懸命に書いた。下宿の夕飯がおひつに残れば、それでこっそり握りめしを作って置いて深夜の仕事の空腹に備えた。
そしてこれに飯を盛るに、をして盛らしむるときは、過不及かふきゅうを免れぬといって、飯を小さいひつに取り分けさせ、櫃から椀に盛ることを、五百の役目にしていた。朝の未醤汁みそしるも必ず二椀に限っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ひつをおへる従者ずさ 気違ひには手がつけられませぬ。
往生絵巻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)