ひでり)” の例文
田や畑の物は、だまって、ひでりの猛威の下に枯れているが、これが人間だったら、どうだろう。そんな世もやがて来ないとは限らない。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてひでりの多かった夏にも雨が一度来、二度来、それがあがるたびごとにやや秋めいたものが肌に触れるように気候もなって来た。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
しばらくすると、このひでりに水はれたが、碧緑へきりょくの葉の深く繁れる中なる、緋葉もみじの滝と云うのに対して、紫玉は蓮池はすいけみぎわ歩行あるいていた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此頃のひでり亀甲形きつかふがた亀裂ひヾつた焼土やけつちを踏んで、空池からいけの、日がつぶす計りに反射はんしやする、白い大きな白河石しらかはいしの橋の上に腰をおろした。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
連日のひでりに弱り切った草木がものうねむりから醒めて、来る凋落ちょうらくの悲しみの先駆であるこの風の前に、快げにそよいで居るのが見える。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
天平感宝元年うるう五月六日以来、ひでりとなって百姓が困っていたのが、六月一日にはじめて雨雲の気を見たので、家持は雨乞あまごいの歌を作った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それから、その末に見える空も、一面に、熱くるしく、炎靄をたゞよはせて、雲の峰さへもこのひでりに、肩息をついてゐるのかと、疑はれる。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その時大師、もしこの竜王他界に移らば、池浅く水減じてつねひでりし常に疫せんといった由(『大師御行状集記』六九—七一)。
「もう、三十にちあめらない。まだこのうえ、ひでりがつづいたら、や、はたけ乾割ひわれてしまうだろう。」といって、一人ひとりは、歎息たんそくをしますと
娘と大きな鐘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「おあらため以来というもの一列一体のひでりだ、恥かしいが女房を裸にしてやっとかゆすすってる有様よ、——急ぐんだろうなあ」
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ひでりにめげぬかたばみの黄色い花のほとりに、ほそぼそと蟻の道が続いている。花も小さければ、それに配した蟻も小さい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
田面には地図の様な線条が縦横に走って、ひでりの空は雨乞の松火たいまつに却って灼かれたかの様に、あくまでも輝やき渡った。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
また、ある書に、「灯心に丁字頭ちょうじがしら立てばひでりなり」「鍋墨なべずみに火点ずれば雨晴るる」という。ある人の天気を詠ずる歌に
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
土地ところの人これを重忠しげただの鬢水と名づけて、ひでりつづきたる時こをせば必ず雨ふるよしにいい伝う。また二つ岩とて大なる岩の川中に横たわれるあり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ながらくひでりつゞいたので、ぬまみづれさうになつてきました。雜魚ざこどもは心配しんぱいしてやま神樣かみさまに、あめのふるまでの斷食だんじきをちかつて、熱心ねつしんいのりました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
農民一「いいえ、おりゃのあそごぁひでえ谷地やじで、なんぼひでりでも土ぽさぽさづぐなるづごとのなぃどごだます。」
植物医師:郷土喜劇 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
女のひでりはせぬといったような顔して、疎遠になるとなく疎遠になって居たのだが、今考えりゃおれが悪かった。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
ひでりが続いた。朝晩、丹念に水をやつた。萎れかけてゐた葉が、茎が、活き/\と伸び上つた。立派についた。
言葉言葉言葉 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
池の中の七箇所から清水が湧いてひでりの時もれることがないので、『七井池なないのいけ』といいます(江戸名所図絵)。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
徐は天候をうらない、出水やひでりのことを予言すると、みな適中した。かつて大将軍孫綝そんりんの門前を通ると、彼は着物のすそをかかげて、左右につばしながら走りぬけた。
さなきだに時として烈しい雪や雨やまたはひでりなどが続いて、災害をこうむることが度々であります。こういう事情は東北人を貧乏にさせ、その働きをにぶらせました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
○そも/\我郷わがさと雪中の洪水こうずゐ、大かたは初冬と仲春とにあり。このせきといふしゆくは左右人家じんかまへ一道ひとすぢづゝのながれあり、すゑ魚野川うをのかはへ落る、三伏さんふくひでりにもかわく事なき清流水せいりうすゐ也。
そしてひでりが續けば水を戀うて啼く、その聲がおのづからあの哀しい音いろとなつたのだと云ふ。
鳳来寺紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「長ながひでりつづきのところへ、なだからついた新酒というんじゃ、聞いただけでも待ちきれねえ」
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
上州曽木そき高垣明神たかがきみょうじんでは、社の左手に清い泉がありました。ひでりにもれず、霖雨ながあめにも濁らず、一町ばかり流れて大川に落ちますが、その間に住むうなぎだけは皆片目であった。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
外界の事情をよく知らない青年時代には、いかなることがあっても一と花咲かしてみせるという元気もあるが、年る間には風も吹けばしもも降り、雨もあたればひでりもある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ひでりつづきの時は、水がれて、洲があらわれるし、冬になれば、半分ほども水が落ちるというのに、今までの雨つづきで、水は、かさにかかって、蜥蜴とかげ色に光りながら、はやり切って流れている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
土地清灑田野開闢溝渠相達して今年のひでりに逢ふといへども田水乏きことなし。嶺を下て二里尾道駅なり。此駅海に浜して商賈富有諸州の船舸来て輻湊する地。人物家俗浪華の小なるもの也。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
連発したひでりや大暴風雨や洪水、数万の人民はそれがために死にえ苦しみ流離したが、そういう場合に施米をしたり、人心を鼓舞したり富豪を説いたりして、特別の救助をさせた者があったが
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雨が降り過ぎたり、ひでりが続き過ぎたりして、犬の鼻が利かなくなり、わたしの銃先が狂うようになり、鷓鴣がそばへも寄りつけなくなると、わたしは、正当防御の権利を与えられたように思う。
「五七の雨に四つひでり、というから、まだ雨が続くかも知れませんね。」
変な男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
急がず休まず一鍬一鍬土を耕し、あわてずいからず一日一日其苗の長ずるを待つ。仮令思いがけない風、ひでり、水、ひょう、霜の天災を時に受くることがあっても、「エホバ与え、エホバ取り玉う」のである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ひでり子を思ふ母の戸に立つと寄り寄りにゐて泣きもあへなくに
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大海のうしほはあれどひでりかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ひでりとなればみつなりもなし
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
百合 真夏土用の百日ひでりに、たとい雪が降ろうとも、……(と立ちながら、納戸の方をじって、学円に瞳を返す。)御機嫌よう。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
曹丞相は、けんを愛し、人材を求むること、ひでり雲霓うんげいを望むごとしと、世評には聞いていたが……。いやはや……これでは覚束おぼつかない。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平生へいぜいは、だれも、このおてらへはまいりませんが、なつになって、ひでりがつづきますと、村人むらびとあつまって相談そうだんをするのでした。
娘と大きな鐘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ずいぶん云うわね」おみやは冷淡に云った、「ひでりのお百姓は、砂が飛んでも雨だと思うっていうけれど、そんな邪推はあんたらしくないことよ」
また、天気を予知する法に、へいの日大風あれば必ず火災あり、ていの日大風あればその年ひでりすということあるも、火に属す日なるより連想したるものならん。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
風や雨や雪や霜やひでりや地震や洪水や噴火や雷霆や、種々樣々のものの支配を受けて居るのが吾人の實際である。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しかもそう暢気に構えてばかりもいられない時が来た。八月になるとひでりつづきで、さなきだに水に乏しいここら一帯の居住者は、水を憂いずにはいられなくなった。
ただしこういうのは多くは灌漑かんがいの設備がなく、したがってひでりの年にはかえってまず苦しまなければならぬので、むしろ低湿な沼地を選び、よそでは旱魃かんばつで困るような年を
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私共の世界がひでりの時、せてしまった夜鷹よだかやほととぎすなどが、それをだまって見上げて、残念そうに咽喉のどをくびくびさせているのを時々見ることがあるではありませんか。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ひでりのためうんかがたくさん田に湧いたのを除虫燈で殺している。それがもうあと二三日だからというので、それを見にあがったのだった。平野は見渡す限り除虫燈の海だった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
連日のひでりに道芝の露さえおかず、山奥の草木もしおれがちであった程好晴が続いていたので、小河内道を取って大井川の左岸を上ることにした。此道の方が朝は日蔭が多いからである。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
此ほとり用水にとぼしき所にては、ひでりのをりは山について井をよこほりて水をる㕝あり、ある時井を掘て横にいたりし時あなくらきをてらすためにたいまつを用ひけるに、陽火やうくわ陰火いんくわたちまもえあがり
ひでりすれば土民雨をこの鐘に祈るに必ず験あり、文明六年九月濃州の石丸丹波守、この鐘を奪いに来たがにわかに雷電して取り得ず、鐘を釣った目釘を抜きけれど人知れず、二年余釣ってあったとあるは
青光るめくわじやの貝に眼は大き鴉降りゐてまたひでりなり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ひでり
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)