つたな)” の例文
さうしてその淡緑色の小さい毛虫のやうにしみじみとその私の気分にまみれて、つたないながら真に感じた自分の歌を作つてゆく…………
桐の花とカステラ (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
これは明治代の写真を見ればわかる事で、それには写真技術のつたなさという事もあろうけれど、一体に素顔のよくない女形が多かった。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
且つ此歌の姿、見ゆる限りは櫻なりけりなどいへるも極めてつたなく野卑なり、前の千里の歌は理窟こそ惡けれ姿は遙に立ちまさり居候。
歌よみに与ふる書 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
もろいと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つをけて他に求むべき道はござらねど権力腕力はつたない極度
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
表紙の撫子なでしこに取添えたる清書きよがき草紙、まだ手習児てならいこの作なりとてつたなきをすてたまわずこのぬしとある処に、御名おんなを記させたまえとこそ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのために氏の信仰の深い観音へ礼参りさえもされた。二十八年の昔につたないものを書いて渡した私の成長を疑わなかったのである。
経書けいしょ・史類の奥義には達したれども商売の法を心得て正しく取引きをなすことあたわざる者は、これを帳合いの学問につたなき人と言うべし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その日、小諸町から善光寺街道へ路をとって、途中でみつけた蚕糸組合や郵便局へまで、つたない俳句の恥をさらしながら上田町を過ぎた。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
なぜなら、知の働きも無想の前には幼穉ようちさを示したに過ぎないからです。またはあらゆる作為の腐心をしてつたなからしめる自然さの力を。
民芸とは何か (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
僕の訳文はつたないのに違ひない。けれどもむかし Guys のゑがいた、優しい売笑婦の面影おもかげはありありと原文に見えるやうである。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
とは言うものの、それも文章がつたなく、くどくどしくて、全篇をよむには面倒であろうから、ここに「見果てぬ夢」の一節を抜摘しよう。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
吹く人のわざつたなからぬことも、吹かれている尺八そのものの稀れなる名器であるらしいことも、竜之助は聞いて取ることができました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
不幸にして新来の彫刻家は、気宇きうの大なるわりに技巧がつたなかった。大自在王といい釈迦といい、豊かではあっても力が足りない。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
節づけつたなけれど、人々の真面目に聴きいる様は、世の大方の人が、信ぜぬながらもおの厄運やくうんにかゝはるうらなひをばいと心こめてきくにも似たり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
気はあせっても技量うでの相違、意気は余っても剣技わざつたなさ! 次第次第に後退がる織江、縁まで出たが足踏み辷らせ、ドッと庭へ顛落てんらくした。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けだし音律のつたなき、いまだ我邦より、はなはだしきはあらず。古代、唐楽を伝うといえども、わずかにその譜にとどまり、その楽章を伝えず。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
孫行者そんぎょうじゃの負ける心配がないからというのではなく、一ぷくの完全な名画の上にさらにつたない筆を加えるのをじる気持からである。
どうせ仏果につたなく生れついた身の上、石になりと青銅になりとなり、この身、この因果を思い捨てます。あなたはあくまで生き延びなさい。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
代筆とみえ、文辞もつたなく、ただこんなふうに気負った言葉が書きつらねてある。武蔵は手紙を裂くと、それをにかざして焼いてしまった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尾瀬沼より沼山峠下まで延長拾五丁、甘草の花と化し、その内セキショウ、アヤメの満開は、山人の如きつたなき筆にては書き尽すことはならぬ。
尾瀬沼の四季 (新字新仮名) / 平野長蔵(著)
物心のつく頃から彼女のおもかげを追っていた。しかし彼は自分の家柄の低いことを恥じ、自分の才分のつたないのを恥じ、容貌の醜いのを恥じていた。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
筆蹟は園子よりつたなく、落ち着きのない走り書きのように見えるが、この方が字体が大きく、イヤ味がなくて生き生きとした奔放な感を与える。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この和讃を読んでいると、人世を渡るにつたない人の深い苦悩が浮び上ってくるようである。僕は現代人を対蹠たいしょ的に考えてみた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
つたなかりし生涯をかえりみれば、有終の美をとどめたものと云うべきであろう。余は余の墓碑銘を次の如くに記しておいた。
中庸 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
我が小さくつたない毛の指環よ。ひろい世の中へ出て行って、どこかで、どのようにか、彼女の生活を送っているだろうお千代ちゃんにめぐり遇え。
毛の指環 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
男百日たず、九十九日めに開き見るに、紫雲立ち上って雲中より鐘が現われたとあるは、どうも浦島と深草少将を取りぜたようなつたない作だ。
別封お送り致しましたのは、私のつたない創作でございます。御一覧の上、御批評が頂けますれば、此上のさいわいはございません。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雷の音が次第に急になって最後にドシーンと落雷したときに運つたなくその廻送中の品を手に持っていた人が「罰」を受けて何かさせられるのである。
追憶の冬夜 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
つたなき心には何ともわきまへがたく候、この文差上げ候ふ私の心お前様にく分り候はんや覚束おぼつかなく候へども、先ほど申し候ふとおりそれはどうでもよろしく
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かつら 鎌倉山に時めいておわしなば、日本一の将軍家、山家そだちのわれわれは下司げすにもお使いなされまいに、御果報つたないがわたくしの果報よ。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「まことに申訳ありませぬ。あんなつたない芸とは気が付きませずわざわざ見に来ていただいて何とお詑してよろしいやら」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
大抵もとの語は、わづかにその半を存するのみなり。さて詩のつたなさは、すこしも始に殊ならず。その始に殊なるは、唯だその癖、その手段のみなるべし。
もっとも春亭、画図つたなくして余が心にかなわざるところは板下をも直して、ことごとく模写を添削てんさくしたる故大当りとなりぬ。」
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お辰かと珠運もだきしめてひたいに唇。彫像が動いたのやら、女が来たのやら、とわつたなく語らば遅し。げんまたげん摩訶不思議まかふしぎ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
北條某ほうじょうなにがしとやらもう老獪ずる成上なりあがものから戦闘たたかいいどまれ、幾度いくたびかのはげしい合戦かっせん挙句あげくはてが、あの三ねんしのなが籠城ろうじょう、とうとう武運ぶうんつたな三浦みうらの一ぞく
もとよりつたなかった。が、自分の心持、下足番の爺に対するあの同情的な心持だけは、出ているように思っていた。
出世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
などと尚侍は言って、自分の息子たちの字のつたなさをたしなめたりした。藤侍従の返事は実際幼稚な字で書かれた。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
武運つたなくして谷中瑞麟寺の藪蔭で何者とも知れず殺害せつがいされ、不束ふつゝかの至りによってながのおいとまを仰付けられ、討ったるかたきが知れんというが、さぞ残念であろう
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
万彦は某夜あるよ尊に伴れられて平生いつものように熊山へ往って音楽を聞いた。ところで、その晩の音楽の中に一つつたない音楽があった。万彦は不審に思うて尊にいた。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ゆえに芸術ようやくつたなくなりて堪能なるもの出で来たることまれなり。また事によってその業も賤しくなり、士人はあえて学ばぬもあり。これ専門の失なり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
わたしは先ほど皆様にお目見得致しまして、つたない技を御覧に入れました露西亜ロシア少女カルロ・ナインでございます。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あのつたないところが作者のよいところだね。こう一口にかじりついたなしのような味が、半蔵さんのものだわい。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
で、そのまま黙って倉地のまねをするようだが、平気を装いつつ煙管きせるを取り上げた。その場の仕打ちとしてはつたないやりかたであるのを歯がゆくは思いながら。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それから僕は、このつたな懺悔録ざんげろくを書きつづりはじめたのだったが、不思議なことに、どうやらやっと書き終えた今夜は、僕が味わうことの出来る最後の夜らしい。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かく言ひてひとしく笑へり。静緒は客遇きやくあしらひに慣れたれば、可羞はづかしげに見えながらも話を求むるにはつたなからざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何となれば、私のつたない文章は、巨匠のそれに比して、あまりにも見すぼらしいものであるからである。
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
彼は自分より長い生命があるに違いないと感じた孫の作品中に、自分のつたな一節ひとふしを插入するという、きわめて罪ない楽しみを、制することができなかったのである。
妾にも一場いちじょうの演説をとの勧めいなみがたく、ともかくもしてめをふさぎ、更に婦人の設立にかかる婦人矯風会きょうふうかいに臨みて再びつたなき談話を試み、一同と共に撮影しおわりて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
昨日は久々につたないながら句が浮んだので、今日、めずらしく晴れた小春日和こはるびよりの縁に出て、短冊にその句を認めてから、わしは庭下駄をはき、杖をとって庭園に出てみた。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
けて来たのさ。萩野がつかまったと知って、自分が辻斬になり済まし、萩野と兄の左母次郎を助けようとしたんだろう。それにしちゃつたないが心意気だけは買ってやろうよ
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)