手巾はんけち)” の例文
滝田くんはじめてぼくの家へ来たのはぼくの大学を出た年のあき、——ぼくはじめて「中央公論ちゅうおうこうろん」へ「手巾はんけち」という小説しょうせつを書いた時である。
滝田哲太郎君 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「藤井は疑の外に居るよ、連弾し乍ら相手を撃つのは六づかしいし、それに、手袋や手巾はんけちなどを用意し乍ら、ピアノは弾けない」
音波の殺人 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
モウ五六間も門口の瓦斯燈がすとうから離れて居るので、よくは見えなかつたが、それは何か美しい模様のある淡紅色ときいろ手巾はんけちであつた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
けれど秀子は手巾はんけちで巧みに左の手先を隠していて分らぬ、此の様な隙でも斯う用心する程ゆえ、お浦に見られて必死に成ったのも無理はない
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
とりんでってしまうと、杜松ねずまたもととおりになりましたが、手巾はんけちほねと一しょに何処どこへかえてしまいました。
下着はつむぎかと思われる鼠縞、羽織は黒の奉書にお里の知れた酸漿かたばみ三所紋みところもん、どういうはずか白足袋に穿はきかえ、机の上へ出しそろえて置いた財嚢かみいれ手巾はんけち巻烟草入まきたばこいれ
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
と言ひ訳して、ぱたぱたと袖口より風を入れ、厭味たつぷりの絹手巾はんけちにて滑らかなる額を押拭ふは、いづれどこやらの後家様で喰ふ、雑業も入込みし男と見へたり。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
御自分ごじぶんはかくしたまへども、他所行着よそゆきぎのおたもよりぬひとりべりの手巾はんけちつけしたるときくさ、散々さん/″\といぢめていぢめて、いぢいて、れからはけつしてかぬ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
見るとパイプをしまって、しまのある絹ハンケチで顔をふきながら、何か云っている。あの手巾はんけちはきっとマドンナから巻き上げたに相違そういない。男は白いあさを使うもんだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宣揚は手巾はんけち襟元えりもとににじみ出た汗をぬぐいながら、今日帰って往くじぶんを夫人がどんな顔をして迎えるだろうと思ってその喜んだ顔を想像していた。黒い瞳とあかい唇が眼の前にあった。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
先刻さつきから汚れた手巾はんけちで汗ばんだ額を拭き/\、苦りきつてゐた『肉弾』の著者は、もう溜らなくなつたと見えて、つと妓達のゐる二階の方を振り向きざま、いぬのやうに吠えついた。
さて、そこに十分間の休憇があつた——その間、この時にはもうすつかり氣を落ちつけてゐた私は、ブロクルハースト氏の婦人たちが各自ふところ手巾はんけちをとり出して、それを眼に當てるのを見た。
衣紋えもんつくろはかましわを伸ばし手巾はんけち
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
欄干をこわして、綾糸の帽子と白い手巾はんけちを、展望台の下の岩鼻にほうり出すことも、ささやかな準備の一つでした。
雨滴あまだれの様に幾点か落ちて居る血を手巾はんけちで拭っては見たが、真逆に其の寝床へ再び寝るほどの勇気は出ぬ、斯うも臆病とは余り情けないと自分の身を叱って見たけれど
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
やにを拭いた紙を寝覚の端へまるめ込んで、手を手巾はんけちでもんで居るその手巾は、過日このあいだの白茶地ではないが、貞之進はそれに妙なことが思い出されて、じっと小歌の顔を看上みあげると
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
いひさしておりきあふいづなみだがたければくれなひの手巾はんけちかほに押當おしあて其端そのはしひしめつゝものいはぬこと小半時こはんときにはものおともなくさけしたひてりくるのうなりごゑのみたかきこえぬ。
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あの手巾はんけちは屹度マドンナから巻き上げたに相違ない。男は白い麻を使ふもんだ。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
声のぬしは妹である。旧式の束髪そくはつ俯向うつむけたかげに絹の手巾はんけちを顔に当てた器量好きりょうよしの娘さんである。そればかりではない、弟も——武骨ぶこつそうに見えた大学生もやはり涙をすすり上げている。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
戯談じようだんば止しなされ。これ、そんだら何ですか。』と手を延べて、机の上から何か取る様子。それは昨晩ゆうべ淡紅色ときいろ手巾はんけちであつた。市子が種蒔を踊つた時の腰付が、チラリと私の心に浮ぶ。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
するとマリちゃんは、自分じぶん箪笥たんすって、一ばんした抽斗ひきだしから、一ばん上等じょうとうきぬ手巾はんけちしてて、食卓テーブルしたほねを、一つのこらずひろげて、手巾はんけちつつみ、きながら、戸外おもてってきました。
二人の手は、何時いつの間にやらテーブルの上で、手巾はんけちの下でまさぐり合って居ました。そして、その年の夏にはもう、二人は最後の一線の寸前まで辿り着いて居たのです。
お浦を殺すとまでおびやかした事は余が確かに聞いた所だ、其の時秀子は余の許へ来てさえも手巾はんけちを以て巧みに左の手を隠して居た、左の手に恐ろしい証拠の傷が有るにあらずば
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
通懸りの薄色縮緬ちりめんがハイといで呉れるを、貞之進はしきりに顫えてそのまゝ猪口ちょくを膳の端に置き、手巾はんけちで手を拭いてながめて居たが、それで腹の中はすでに酔ったような心持だ。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
いひさしてお力はあふいづる涙の止め難ければくれなひの手巾はんけちかほに押当てその端を喰ひしめつつ物いはぬ事小半時こはんとき、坐には物の音もなく酒の香したひて寄りくる蚊のうなり声のみ高く聞えぬ。
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこで継母ままははは、自分じぶん居室いまにある箪笥たんすのところにって、手近てぢか抽斗ひきだしから、しろ手巾はんけちしてて、あたまくび密着くっつけたうえを、ぐるぐるといて、きずわからないようにし、そして林檎りんごたせて
千束守の手巾はんけちらしいものが、静かな海風に吹かれて息づくようにヒラヒラと動いていたということです。
あやしさよとばかさとし燈下とうかうでみしが、ひろひきしは白絹しろぎぬ手巾はんけちにて、西行さいぎやう富士ふじけむりのうたつくろはねどもふでのあとごとにきたり、いよいよさとりめかしきをんな不思議ふしぎおもへば不思議ふしぎかぎりなく
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
小柴書記の顔の上へ麻酔薬クロロホルムを浸した手巾はんけちをのせて、麻酔させ、此会議室に入って、悠々と機密書類を取り出し、入った道を逆に取って、落付き払って出て行ったものらしい——
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
縁の太いロイド眼鏡めがねの光って居る具合、手巾はんけちの下から、ほんの少しばかりですが、山羊やぎ髭の覗いて居る工合、どう見てもそれは、東京新報の記者、高城鉄也の肖像でなければなりません。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
写真は台紙にも何んにも貼らず、大急ぎで焼き付けたばかりと見えて、まだ生々しく濡れて居りますが、中折帽なかおれぼうを目深に、手巾はんけちで下半分を隠した曲者の顔が、非常に明瞭に映って居ります。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)