くるわ)” の例文
どうも吉原のくるわは昔から火に祟られるところで、江戸時代にもたびたび火事を出して、廓内全焼という記録がたくさん残っています。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこには、まず、入ってすぐの、萩、尾花、葛、女郎花おみなえし、藤袴……そうした立札だけの荒れた土の中にむなしく残った一くるわ境界けいかい
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
と門附は、背後うしろの壁へ胸を反らして、ちょっと伸上るようにして、戸に立つ男の肩越しに、こうとした月のくるわの、細いとおりを見透かした。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中空ちゅうくうには大なるかさいただきしきいろき月を仰ぎ、低く地平線に接しては煙の如き横雲を漂はしたる田圃たんぼを越え、彼方かなた遥かにくるわの屋根を望む処。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この年から、お家で不義を働くと、女は吉原へやって、期限なし給金なしのくるわ勤めをさせるという御法令おきめになったのだそうですね。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こんどは「そんな端金はしたがねではどないも仕様がない」と乗気にならず、ある日、そのうち五十円の金を飛田のくるわで瞬く間に使ってしまった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
今宵もくるわの小春屋より是非一くさり舞うてよとの使つかいをうけながら、かぶりを振って答えもないので使はむくれて帰ってゆきました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「云うことに嘘はねえが、どうにも毒があっていけねえ。なか(くるわ)へいってまでその伝なんだから、おんなにだって好かれる道理がねえや」
夜の蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
桃水や一休ほどの器量なきものが遊女を済度さいどせんとしてくるわに出入りすることはみずからはからざる僭越せんえつであり、運命を恐れざる無知である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「浄閑寺の投込みは、くるわの女郎衆で、引取ひきとにんのない者だけを埋葬する所。地廻じまわりの無縁仏むえんぼとけまで、ひきうけてくれるでしょうか」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このくるわでままならぬかごの鳥となっておられまするおかわいそうな花魁おいらん衆へ、わずかながらでもおこづかい金をもろうていただいたならば
木立をくぐり建物を巡り、くるわの外へ出ようものと、男女四人はひた走った。するとその時背後うしろから、追い迫って来る数人の足音が聞こえた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くるわの真中に植わった柳に芽が吹き出す雪解けの時分から、くろ板廂いたびさしみぞれなどのびしょびしょ降る十一月のころまでを、お増はその家で過した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「島原のくるわ、今は衰へて、曲輪くるわの土塀など傾き倒れ、揚屋町あげやまちの外は、家もちまたも甚だ汚なし。太夫の顔色、万事祇園に劣れり」
初代が死んだ時に二代目のおさくさんにもくるわの師匠となってくれるように話があったのだそうであるが、故人は真っ平御免だと云って断った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
グウグウ鳴る腹の音を聞くと、私は子供のように悲しくなって来て、遠く明るいくるわの女達がふっとうらやましくなってきた。私はいま飢えているのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しまいには、小塚っ原で流連りゅうれんするようになった。朝、くるわを出て千住の大橋のたもとから、一銭蒸気に乗って吾妻橋へ出るのが、私の慣わしであった。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
我等は共に歩みて新劇場の邊に往き、轉じてまちくるわに入りぬ。ベルナルドオは道すがら語りていふやう。汝は此地を指してアルピイ山の麓といへり。
まれていでくるわの角、向ふより番頭新造ばんとうしんぞのおつまと連れ立ちて話しながら来るを見れば、まがひも無き大黒屋の美登利なれども誠に頓馬の言ひつる如く
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くるわはそのぐるりを大溝おほどぶで囲つてゐました。この溝にハネバシがあつたわけで、ぼくの今日の見聞はa—b—c—dと歩いたのです。dはおとりさまです。
吉原ハネ橋考 (新字旧仮名) / 木村荘八(著)
藁葺わらぶき屋根を越してくるわの一劃の密集した屋根が近々と望まれた。日本建ての屋根瓦のごちゃごちゃした上に西洋風の塔が取って付けたようにき立っていた。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今宵こよひ子刻頃こゝのつどきごろくるわ立退たちのきつも委細ゐさいは大門番重五郎がなさけにてお前樣は柴屋町へ先へ御出なされお待合まちあはせ下さるべし何事も御げんもじの節と申のこし參らせ候かしく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
昔からくるわ度々たび/\つぶれましては又再願さいがんをして又立ったと申しますが、其の頃贅沢な女郎じょうろがございまして、吉原の真似をして惣門内で八文字はちもんじで道中したなどと
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この碑は勿論空襲の際に破壊されたと思う。藤田医院には土地柄くるわたちなども診察を受けにきていた。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
信濃へはよく飛騨女が流れて這入って来た、飛騨女は皆色が白く、顔立ちが調ととのっている。私の郷里に近い町にはくるわがあって、その廓へは飛騨女が多く来ていた。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
大名がくるわ通いに夢中になったように、将軍家光が雑司ヶ谷の鷹狩に夢中になったのも無理のないことです。
この外輪山の西南部に偏して噴出した中央火口丘が即ち妙高山で、外輪山の総称であるくるわ岳に対してしん岳とも呼ばれ、頂上は嶄岩ざんがん突兀とっこつとして頗る奇観を呈している。
明治の文士でくるわ通の片山友彦君、五丁庵通里と称して通人肌の好人物であったが、見かけによらぬ奇行家、かつて東海道の名物の袋や商標を集めて貼込帳を作った。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
求馬はその頃から人知れず、吉原のくるわに通い出した。相方あいかた和泉屋いずみやかえでと云う、所謂いわゆる散茶女郎さんちゃじょろうの一人であった。が、彼女は勤めを離れて、心から求馬のために尽した。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
身嗜みだしなみが奇麗で、喬は女にそう言った。そんなことから、女の口はほぐれて、自分がまだ出て匇々そうそうだのに、先月はお花を何千本売って、このくるわで四番目なのだと言った。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その時大阪中で牛鍋うしなべわせる処はただ二軒ある。一軒は難波橋なにわばし南詰みなみづめ、一軒は新町しんまちくるわそばにあって、最下等の店だから、およそ人間らしい人で出入でいりする者は決してない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
諸芸の取締り兼、酌のとりかたを教える師匠番によばれたのが、吉原よしわらくるわからおよしさん(現今は某氏夫人である)と、品川から常磐津のおしょさんのおやすさんの二人。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
傾城けいせいは金でかふものにあらず、意気地にかゆるものとこころへべし」とはくるわおきてであった。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ある重苦しい雲の垂れこめた日の朝、京城での有名なくるわ、新町裏小路のとある娼家から、みすぼらしい風采の小説家玄竜がごみごみした路地へ、投げ出されるように出て来た。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
舟はあやめ踊を以て聞えて居る潮來のくるわの或る引手茶屋の庭さきの石垣下に止つた。そして船頭の呼ぶ聲につれて茶屋の小女は傘を持つていそ/\舟まで迎ひに來たのであつた。
「だって、うちのお姑さんたら、何かといえば、あたしのことをくるわあがりだからと——」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
空虚な笑声を発し、さあ今晩は飲みおさめと異様にはしゃいで見せたが、くるわの者たちは不人情、しんとなって、そのうちに一人立ち二人立ち、座敷の蝋燭ろうそくを消して行く者もあり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
吉原の情婦おんなにでも逢いに行く嫖客きゃくを乗せて行くものらしい。が、彼はそんなことにも気がつかなかった。にぎやかなくるわを横目に見ながら、そのまま暗い土手の上を歩きつづけた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
くるわの人達を吃驚びつくりさせたり、特殊部落の娘を女中に雇ひ入れたりして、兎角これまでの知事のやらなかつた事をらうとしてゐるが、近頃また自宅の官舎に道場を拵へかゝつてゐる。
長い間自分の望んでいた願いがかなったようなものであるが、女の身体が今におき、やっぱり、借金のためにくるわつながっているのであっては、目前の歓楽はうたかたのごとくはかない。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
すると捕手は直ちに品川へ向って、そこのくるわで捕えた。北から逃げた者は直ちに南に向うという捕手の見込があたったのである。そして暫く屋敷の牢屋へ入れて置いたが、やがて牢中で死んだ。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
さもあらば親方もり手も商い事の方便と合点して、あながちに間夫をせき客の吟味はせまじき事なるに、様々の折檻せっかんを加うるはこれいかに、その上三ヶ津を始め諸国の色里に深間ふかまの男とくるわを去り
こうして夜ごとに客を迎うる不幸福ふしあわせな女に引きくらべて、こうして心のえ、肉のかわきをいやしに来た自分のあさましさを思って肩をそびやかした。くるわの通りをぞろぞろとひやかしの人々が通る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
花魁(明治中世以降濫出の安女郎の意味!)嫌いの私がなぜそのように陶酔してしまったかといえば、今でもそうかもしれないが、当時の島原のくるわは新選組の侍が遊歩していそうな古風な情趣満々で
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
城のくるわに用ひられたる石材はこの島よりりいだしきといふ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
雲雀啼く浦のくるわ田圃たんぼみち行けばさびしもまだ日は暮れず
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
橋場今戸の仮宅から元地へ帰ってまだ間もないくるわの人びとは、去年のおそろしい夢におそわれながらおびえた心持ちで一夜を明かした。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いまくるわで人を三人斬った侍がある、人相風態はこれこれだが見かけなかったか。こう云うのを聞いて、信吉は危なく声が出そうになった。
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二上屋藤三郎ふたかみやとうさぶろうという遊女屋の亭主で、くるわ内の名望家、当時見番の取締とりしまりを勤めているのが、今むこうの路地の奥からぶらぶらと出たのであった。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その正面に当ってあたかも大きな船の浮ぶがように吉原よしわらくるわはいずれも用水桶を載せ頂いた鱗葺こけらぶきの屋根をそびやかしているのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)