“くるわ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
廓65.1%
曲輪20.9%
遊廓6.0%
郭2.8%
廊0.9%
花街0.5%
新地0.5%
亡八0.5%
内廓0.5%
北廓0.5%
廓中0.5%
廓内0.5%
狂0.5%
色廓0.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
そこには、まず、入ってすぐの、萩、尾花、葛、女郎花(おみなえし)、藤袴……そうした立札だけの荒れた土の中にむなしく残った一ト廓(くるわ)の境界(けいかい)。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
ただし姫路の町は敵の放火をうけておるが、姫山の曲輪(くるわ)は、小なりといえびくともせぬ、必ず案じるなかれと、書面での父のことば。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「可厭(いや)に大袈裟(おほげさ)に顯(あら)はしたぢやねえか==陰陽界(いんやうかい)==なんのつて。これぢや遊廓(くるわ)の大門(おほもん)に==色慾界(しきよくかい)==とかゝざあなるめえ。」
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
(五) 諸国周遊の途中、孔子は鄭(てい)で弟子にはぐれ、独り郭(くるわ)の東門に立っていた。鄭人が子貢(しこう)に告げて言った。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
もとは父親の生きている時分から上京(かみぎょう)の方に住んでいたが、廊(くるわ)に奉公するようになって母親も一緒に近いところに越してきて、祇園町の片ほとりの路次裏に侘(わび)しい住いをしていた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
茲(こゝ)に江戸(えど)新吉原町(しんよしはらまち)松葉屋半左衞門(まつばやはんざゑもん)抱(かゝへ)の遊女(いうぢよ)瀬川(せがは)夫(をつと)の敵(かたき)を討(うち)しより大岡殿の裁許(さいきよ)となり父の讐迄(あだまで)討(うち)孝貞(かうてい)の名を顯(あらは)す而已(のみ)か遊女(いうぢよ)の鑑(かゞみ)と稱(たゝへ)られ夫(それ)が爲(ため)花街(くるわ)も繁昌(はんじやう)せし由來を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
商ふ物賣(ものうり)の聲も花街(くるわ)の夜(よ)商人(あきんど)丁稚(でつち)の寢言(ねごと)も禿(かふろ)と聞え犬の遠吼(とほぼえ)按摩針(あんまはり)の聲迄も都(すべ)て廓中(くるわ)の事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
霜枯時の事ながら、月は格子にあるものを、桑名の妓(こ)達は宵寝と見える、寂しい新地(くるわ)へ差掛(さしかか)った。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうだ、成程新地(くるわ)だった。」となぜか一人で納得して、気の抜けたような片手を支(つ)く。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
心中のなきがらは赤裸にして手足を縛って、荒菰(あらごも)に巻いて浄閑寺(じょうかんじ)へ投げ込むという犬猫以上の怖ろしい仕置きを加えても、それはいわゆる「亡八(くるわ)の者」の残酷を証明するに過ぎなかった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山下門から日比谷の壕端(ほりばた)に沿い、桜田門の前から右へ永田町の梨(なし)の木坂(きざか)をくだり、半蔵門から内廓(くるわ)へはいって将軍家の上覧を経、竹橋門(たけばしもん)を出て大手前(おおてまえ)へ。
『北廓(くるわ)の近くへ行けば』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
商ふ物賣(ものうり)の聲も花街(くるわ)の夜(よ)商人(あきんど)丁稚(でつち)の寢言(ねごと)も禿(かふろ)と聞え犬の遠吼(とほぼえ)按摩針(あんまはり)の聲迄も都(すべ)て廓中(くるわ)の事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
別世界は別世界相応の話柄(はなし)の種も尽きぬものか、朋輩(ほうばい)の悪評(わるくち)が手始めで、内所の後評(かげぐち)、廓内(くるわ)の評判、検査場で見た他楼(よそ)の花魁の美醜(よしあし)、検査医の男振りまで評し尽して、後連(あとれん)とさし代われば
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
読者の、もの狂(くるわ)しく運八翁が、物見から、弓矢で、あるいは銃で、射留めた、と想像さるるのを妨げない。弾丸(たま)のとどかない距離をまだ註してはいなかったから。
色廓(くるわ)はつい程近く絃歌は夜々に浮き立ちて其処此処(そこここ)の茶屋小屋よりお春招べとの客も降るほどなれど、芸道専一と身を占めて、ついぞ浮名(うきな)も流さぬ彼女も、ふと呉羽之介を見初(みそ)めてより
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)