容赦ようしゃ)” の例文
機会をうかがっているうちに、容赦ようしゃなく日がたってしまう。五月なかばになった。イギリスの春は遅いがこのころは一番いい時候である。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それだけにしばしの不埓ふらち容赦ようしゃされたいというのが、せめてもの彼の願いであった。そして、ひまさえあれば、足は柳島の方へ向った。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
しかもまったく容赦ようしゃしない。役所に勤めだすとすぐから、どんな些細ささいな誤りをもみのがさず、子供でも叱るようにびしびし小言を云う。
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いかなる階級の人も、かみはお公卿くげさまから、しもはいやしい民にいたるまで、天然痘の病原体は、なんの容赦ようしゃもなくおそいかかりました。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
茫然ぼんやりしてると、木精こだまさらうぜ、昼間だって容赦ようしゃはねえよ。)とあざけるがごとく言いてたが、やがて岩のかげに入って高い処の草にかくれた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それがし事は西国の武士、築土つくど新吾と申すもの、突然参上無礼の段は、特にご容赦ようしゃにあずかると致し、早速ながら申し入れます。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ほのおは坂の真上から容赦ようしゃなく舞い上る。この人のうずかれて、坂の上まで押し上げられたら、くびすめぐらすうちにげてしまいそうである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
清盛は、その場を去る事もならず、目のやり場に困って、隅にかしこまっている妓王に、なさけ容赦ようしゃのない言葉を浴びせかけた。
「お聞きの通り、その娘は拙者が親元になって、近々嫁入りさすはずになっている。無法なことを召さると容赦ようしゃはいたさんぞ」
「さあ! こうなりゃあどいつこいつの容赦ようしゃはねえ。そばへ寄りゃあ、かたっぱしからぶった斬るぞッ! どいたどいたッ!」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そうしていて、なん容赦ようしゃもなく、このあわれな少女むすめを、砂漠さばく真中まんなかれてって、かなしみとなげきのそこしずめてしまいました。
ともども出世して友情に変りはないが、同時に正義のためには友情とても容赦ようしゃはしないというのが利家で、彼は正義派だ。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
容赦ようしゃなくその出来心のいっさいを満足さすというがごときは、これとまったく反対の効果を生ずるのは言うまでもない。
奴隷根性論 (新字新仮名) / 大杉栄(著)
「しかし森川さんはそんな容赦ようしゃをしない。この間島津君は叱られたぜ。それも頭ごなしだからね、きのどくだったよ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もちろん、対岸からは、容赦ようしゃなく、三だん交代の銃手が、たまごめせわしく、撃ちつづけていたし——その一、二弾は秀吉のそばをかすめた程だった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
粕理窟かすりくつを言う場合でないぞ、二言にごんと盗賊呼ばわりをなさば、それこそ容赦ようしゃはない。そのほかに聞きたいとは何だ」
硝子天井は、容赦ようしゃなく僕の頭をおさえつける。僕はさっきから無理な姿勢をとりくびを横にまげて泳いでいるので、くびすじがひきつって痛くてたまらない。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まったく一行いちぎょうの詩も書けなくなり、反駁はんばくしたいにも、どうにも、その罵言ばげんは何の手加減も容赦ようしゃも無く、私が小学校を卒業したばかりで何の学識も無いこと
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今にも窒息ちっそくせんず思いなるを、警官は容赦ようしゃなく窃盗せっとう同様に待遇あしらいつつ、この内に這入はいれとばかり妾を真暗闇まっくらやみの室内に突き入れて、またかんぬきし固めたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そして、無情の時は、容赦ようしゃもなくたって行った。一時間、二時間、だが、まだやっと日がくれた時分だ。石炭が焚かれるのは、夜更けてからというではないか。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたしはひじょうに高慢こうまんな先生であった。だから生徒せいとの質問に答えることができないのがなさけなかった。しかもかれはけっしてわたしを容赦ようしゃしはしなかった。
時計は容赦ようしゃなく三分、五分と進んで、もう十一時を過ぎてしまった。お祖母さんはやはり動かない。次郎は何かをその頭になげつけてやりたいような衝動しょうどうを感じた。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
今度は容赦ようしゃなくぴたりと閉じられ、まるでそんなことはもう全然聞きたくはないというようであった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
だが夢の如き今の存在が、いつまで続くかを保証する者はない。現実は容赦ようしゃなく夢を破るであろう。だが現実に悩む者は終りなく夢の国をしたうであろう。歴史は変る。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼の振り廻す幅広の剣は、一太刀毎ひとたちごとにこの若者を容赦ようしゃなく死地へ追いこんで行った。いや、彼は数合の内に、ほとんど一気に相手の頭を斬り割る所まで肉薄していた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
長三郎、決して容赦ようしゃするなよ。おまえは年の割合には剣術も上達している。万一、幸之助が邪魔をして、刀でも抜いておどかすようなことがあったらば、お前も抜いて斬ってしまえ
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さりとて決して容赦ようしゃはせず、時々、一種特別な、さも小気味よげな満足の面持おももちで、彼だってやはり自分の手中にあるのだということを、彼に感づかせるように仕向けるのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
文字の精は彼の眼を容赦ようしゃなく喰いあらし、彼は、ひどい近眼である。余り眼を近づけて書物ばかり読んでいるので、彼の鷲形の鼻の先は、粘土板とれ合って固い胼胝たこが出来ている。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
とにかくに人の幻覚は日にあわく、一方彼らの挙動には、色々の思い出を語るものがあった故に、愛は屋上のからすに及ぶということわざもあるように、次第に加わってくる彼らの悪戯いたずら容赦ようしゃして
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうして裳裾もすそはともかくとして、裳裾の吹きおこす、ちょっと形容しがたい風、これはたしかに私の頬を容赦ようしゃなく撫でて行ったのだが、私はふと、——酒のことを気ちがい水というけど
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
紋「いや容赦ようしゃは出来ん、棄置かれん、今日こんにち挙動ふるまいは容易ならんことじゃ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しり端折ぱしょりの尾骶骨かめのおのあたりまで、高々たかだか汚泥はねげた市松いちまつの、猫背ねこぜ背中せなかへ、あめ容赦ようしゃなくりかかって、いつのにかひとだかりのしたあたり有様ありさまに、徳太郎とくたろうおもわずかめのようにくびをすくめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
祖母は私のきまりの悪い気持には容赦ようしゃなく、「意気地なしだね。それっぽっちの怪我で、御輿みこしが担げないようでどうするんだ。」と云った。母は父の名のしるしの入っている絆纏を徳さんにお礼にあげた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
これからは怠り勝になって、少々は糞尿の堆積たいせきする箇所が出来るかも知れないけれども、容赦ようしゃしていただくつもりである。以上の実情を調査下され、善処ありたい。——という意味の歎願書であった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
容赦ようしゃをしねえで、こやつをくくしあげろ!」
祖父は容赦ようしゃなく続けた。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
苦しそうだけれども、やむをえないから、気がつくと表へ追い出す。でなければたたみの上でも、布団ふとんの上でも容赦ようしゃなく汚す。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
若くて張りきっていて、お茂与憎さで一パイになっているから情けも容赦ようしゃもない。お茂与は見事に自分の掘った穴に落ち込んで死んでしまったのさ
今しがた見えずなりたる、美人の小腕こがいな邪慳じゃけんつかみて、身をのがれんともだえあせるを容赦ようしゃなく引出ひきいだしぬ。美人は両手に顔を押えて身をすくましておののきいたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あくまで明しを立てぬとなら、殿の寵妾おもいものとて容赦ようしゃはせぬ! 殿に願って御身を捕らえ充分糾明きゅうめい致すまでじゃ!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いや、その呂布にも、文句がある。下手な真似をすると、呂布だろうが、誰だろうが、容赦ようしゃはしていねえぞ」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夢中で烏鷺うろを戦わしている両人には容赦ようしゃなく、伝二郎が気がついたころには、それこそ稀有けうの大雨となって
「これ、このになって、お前がいくら、なんといっても、わしはもう容赦ようしゃしない。さあ、覚悟をせい!」
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ところが舶来はくらいの芝居は情け容赦ようしゃがないもので、日本の勧善懲悪かんぜんちょうあくみたいにピエロも末はめでたしなどということは間違っても有り得ず、ヤッツケ放題にヤッツケられ
土の中からの話 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「こら、クーパー。見ちゃならぬという約束をなぜやぶった。メリー号の浮揚作業を中止してもいいのかね。もう一度それをやってみろ。そのときは容赦ようしゃはしないぞ」
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「女ひとりのために身をほろぼしたあげく、こんな遠い田舎の城下町まで追って来て、うろうろ付きまとうようなだらしのない男を、情け容赦ようしゃもなく斬っちまったんですか」
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「やい、おのれは昼盗人ひるぬすびとか。盗人とあれば容赦ようしゃはせぬ。一足でも門内にはいったが最期さいご、平太夫が太刀たちにかけて、まっ二つに斬って捨てるぞ。」と、噛みつくようにわめきました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もう一人の小使いはヨボヨボのじいさんだけれど、関さんは兵隊あがりで腕っぷしが強い。大の力じまんだ。時に軍隊精神を説いて生徒に意見をする。四年生でも五年生でも容赦ようしゃない。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
時間は容赦ようしゃなく進んで行く、十一時半、十一時四十分と、正午に近づくにしたがって、ムズムズと不安な気持が湧上って来る。それに、その頃になって、私を一層不安にした事柄が起った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
父親は容赦ようしゃなく追い立て、野蛮人のようにしっしっというのだった。ところで、グレゴールはまだあとしざりの練習は全然していなかったし、また実際、ひどくのろのろとしか進めなかった。
変身 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)