天地あめつち)” の例文
「枝と枝、幹と幹、根と根、二つの物でありながら、一つの樹のように仲よく立って、天地あめつちの中に、春や秋を楽しんでいる樹のこと」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天地あめつちひらけしよりこのかた今の時ほど太平なる事はあらじ、西は鬼界屋玖の嶋より東は奥州の外ヶ浜まで号令の行届かざるもなし。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
大いなる天地あめつちの神々、大慈大悲のみ仏から見られたならば、蟻のあるきゆく姿よりも哀れちいさなものなのに違いありません。
無題抄 (新字新仮名) / 上村松園(著)
くれない弥生やよいに包む昼たけなわなるに、春をぬきんずるむらさきの濃き一点を、天地あめつちの眠れるなかに、あざやかにしたたらしたるがごとき女である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは「天地あめつちことば」であります。これが「いろは」が出来る前に「いろは」のような役をしておったものと考えられます。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
しずくばかりの音もせず——獅子はひとえに嬰児みどりごになった、白光びゃくこうかしらで、緑波りょくはは胸をいだいた。何らの寵児ちょうじぞ、天地あめつちの大きなたらい産湯うぶゆを浴びるよ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こゝにこそ、天地あめつちの間の路を開きてそのかみ人のいと久しく願ひし事をかなへたるその知慧と力とあるなれ。 三七—三九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
秀吉ひでよしこころざしおほいなるも、一四七はじめより天地あめつちに満つるにもあらず。一四八柴田と丹羽にはが富貴をうらやみて、羽柴と云ふうぢを設けしにてしるべし。
さらに同書によれば命は『天地あめつちの初りの後、あめ御領田みしらたおさ供奉つかえたてまつりき』とあるので、農耕に親しまれた事も判然する。
過るころ天地あめつちも砕けぬばかりのおどろ/\しき音して地ふるふに、枕上まくらがみ燈火ともしび倒れやせむと心許なく、臥したるままにやをら手を伸べつつ押さへぬ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
元よりかような霊験れいげんは不思議もない。そもそも天上皇帝とは、この天地あめつちを造らせ給うた、唯一不二ゆいいつふじ大御神おおみかみじゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
淡い夜霧が田畑の上に動くともなく流れて、月光つきかげが柔かに湿うるほうてゐる。夏もまだ深からぬ夜の甘さが、草木の魂をとろかして、天地あめつちは限りなき静寂しづけさの夢をめた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
萬葉集に、『いざ子ども狂業たはわざなせそ天地あめつちのかためし國ぞ大和島根は』があつて、狂業たはわざの語が入つて居る。
愛国歌小観 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ああ天地あめつちのもと、われら敬愛の心もて、御身の御座所みくらの前にかく平れ伏し、讃美の誠を捧げまつる。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼等は天地あめつちの間に存する在りとあらゆる物として、嘗て生れ、やがてまた生るゝものと信仰した。
天狗洞食客記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
風に乱れて渦巻き立ち、崩るゝ雲と相応じて、忽ち大地に白布を引きはへたる如く立籠むれば、呼吸するさへに心ぐるしく、四方あたりを視るに霧の隔てゝ天地あめつちはたゞ白きのみ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
天地あめつちの分れし時ゆ、神さびて高く貴き駿河なる富士の高嶺たかねを、天の原振りさけ見れば渡る日の、影もかくろひ、照る月の、光も見えず、白雲もい行憚ゆきはゞかり時じくぞ雪は降りける
富嶽の詩神を思ふ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
森林も、一面に大瀛たいえいの如く、茫焉ばうえんとして始処を知らず、終所を弁ぜず、長流ながる言はずや、不二の根に登りてみれば天地あめつちは、だいくほども別れざりけりと、まことや今日本八十州
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
天地あめつち初發はじめの時、高天たかまはらに成りませる神のみなは、あめ御中主みなかぬしの神。次に高御産巣日たかみむすびの神。次に神産巣日かむむすびの神。この三柱みはしらの神は、みな獨神ひとりがみに成りまして、みみを隱したまひき
天地あめつちひらけしはじめ、成り成れる不尽ふじ高嶺たかねは、白妙のくすしき高嶺、駿河甲斐二国ふたくにかけて、八面やおもてに裾張りひろげ、裾広に根ざし固めて、常久に雪かつぐ峰、かくそそり聳やきぬれば
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
が、そこで、せめてその上の我儘な願と云うのはたとえ仮初であるにせよ、幸子さんが自分の天地あめつちをかけての恋人であると信じながらあの世へ行けたなら、どんなにか幸せであろうかと思うのだ。
勝敗 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
やまと歌のやうに天地あめつちを動かし鬼神おにがみを泣かすと云ふやうなはたらきはないが川柳せんりゆうのやうに寸鐵骨をさすやうな妙は、たしかにある、古い詩ではあるが人情には變異はない、其の機微を穿つたもので
婚姻の媒酌 (旧字旧仮名) / 榊亮三郎(著)
『音もなく香もなく常に天地あめつちは、書かざる経をくりかへしつつ』とあるのがそのたいでございまして、『天地の恵みつみ置く無尽蔵、鍬で掘り取れ鎌で刈り取れ』と申すのがそのようなんでございます。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
天地あめつちのいみじきながめに逢ふ時しわが持ついのちかなしかりけり
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
それこそ天地あめつちのなりいでし日と同じ気まぐれを保っています。
われといふ小さきものを天地あめつちの中に生みける不可思議おもふ
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
うしかひの子らにくはせと天地あめつちの神の盛りおける麦飯むぎいいの山
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
天地あめつちを鳴らせど風のおほいなる空洞うつろなる声淋しからずや
かろきねたみ (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
天地あめつちのいみじき大事一人いちにんの私事とかけて思はず
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
天地あめつちにこよなきまことみわたるいちの信義は
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
天地あめつちに春新しく来たりけり光源氏の
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
天地あめつちは一つ吐息といきのかげに滿ち
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
天地あめつちの 分れし時ゆ かんさびて
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
天地あめつちの間にほろと時雨かな
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
朝露あさつゆのおくままに、天地あめつち
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
天地あめつちひくゝれあひて
騎士と姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
あゝうらさびし天地あめつち
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
嗚呼うるはしき天地あめつち
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
天地あめつちに雲はなけれど
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
思ひ出れば天地あめつち
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
彼は造られていまだ程なきたゞひとりの女なるに、天地あめつち神にしたがへるころ、被物おほひの下に、しのびてとゞまることをせざりき
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
豊雄すこし三四七心を収めて、かくげんなる法師だも祈り得ず、しふねく我をまとふものから、三四八天地あめつちのあひだにあらんかぎりは三四九探し得られなん。
昔はあめが下の人間も皆しんから水底みなそこには竜が住むと思うて居った。さすれば竜もおのずから天地あめつちあいだ飛行ひぎょうして、神のごとく折々は不思議な姿を現した筈じゃ。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今の時間でいうと、午前十一時頃の、春は爛漫らんまん天地あめつちに誇っていて、微風そよかぜの生暖かく吹いている日であった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
屋根板やねいたにほひぷんとする、いぢかりまたの、腕脛うですねふしくれつた木像女もくざうをんななにる! ……わるこぶしさいたせて、不可思議ふかしぎめいた、神通じんつうめいた、なにとなく天地あめつち
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
天地あめつちに少し至らぬ丈夫ますらをと思ひし吾や雄心をごころもなき」(巻十二・二八七五)、「大地おほつちらば尽きめど世の中に尽きせぬものは恋にしありけり」(巻十一・二四四二)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
すなわち「いろは」ならば四十七の区別でありますが、ア行の「え」と、ヤ行の「え」は区別があるのでありますから「天地あめつちことば」の四十八音ならばよいのであります。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
天地あめつち一つにくらくなりて、ただ狂わしき雷、荒ぶる雨、怒れる風の声々の乱れては合い、合いてはまた乱れて、いずれがいずれともなく、ごうごうとして人の耳を驚かし魂をおびやかすが中に
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あなあはれ、雀子よとて雀子を撫でさすり、掻い撫でさすり、偽りなせそ、むさぼりそよ、おのづからなれ、正しく、なほ常童とこわらべにて、天地あめつちの神ごころにも通へとぞ、悲しかれよとりましき。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
天地あめつちのわかれし時ゆ、神さびて」と歌った山辺赤人やまべのあかひとは旅人であった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)