唯一ゆいいつ)” の例文
言葉ことばやさしく愛兒あいじ房々ふさ/″\せる頭髮かみのけたまのやうなるほゝをすりせて、餘念よねんもなく物語ものがたる、これが夫人ふじんめには、唯一ゆいいつなぐさみであらう。
叔母の一人は、自分の奇談が台なしになったのと、自分が見た唯一ゆいいつの幽霊がにせものであるとわかったことを、ことさらくやしがった。
利害の打算から云えば、林右衛門のとった策は、唯一ゆいいつの、そうしてまた、最も賢明なものに相違ない。自分も、それは認めている。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これらの事情の湊合そうごうのために、源三は自分の唯一ゆいいつの良案と信じている「甲府へ出て奉公住みする」という事をあえてしにくいので
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
真紅しんくや、白や、琥珀こはくのような黄や、いろ/\変った色の、少女おとめのような優しい花の姿が、荒れた庭園の夏をいろど唯一ゆいいつの色彩だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
当時とうじわたくしりましては、んだ良人おっとうのがこのける、ほとんど唯一ゆいいつ慰安いあんほとんど唯一ゆいいつ希望きぼうだったのでございます。
美と云うものを唯一ゆいいつの生命にしてかいたものは、短詩のほかにはないだろうと思います。小説には無論ありますまい。脚本はもとよりです。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今では全く水の手が切れてしまった、去年勘当された時に母屋おもやの旦那(長兄のこと)からわずかな涙金を貰ったのが唯一ゆいいつの財源で
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
時間は個性の唯一ゆいいつ性の外面的な徴表に過ぎないのであって、本質的には個性は個性自身の働きそのものにおいて区別されるのでなければならぬ。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
私のいささか子供らしい試みの——沼のなかをのぞきこんだことの——唯一ゆいいつの効果がただ最初の奇怪な印象を深めただけであったことはすでに述べた。
そういう時には、金色の燭台しょくだいの一点が燈明に鋭く輝いて、その光点から金色のが八方にさしているのを、唯一ゆいいつのすがりどころとじっとみつめていた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
右手は、あしの上に漁家の見える台地で、湖の他方の岐入と、湖水の唯一ゆいいつの吐け口のS川の根元とを分っている。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「恐ろしいことです。いや、寧ろ滑稽こっけいなことです。併し、同時に算術の問題の様に、簡単明瞭な事実です。唯一ゆいいつにして避くべからざる論理的帰結です」
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一代の柔い胸の円みにれたり、子供のように吸ったりすることが唯一ゆいいつのたのしみで、律義な小心者もふと破れかぶれの情痴じょうちめいた日々を送っていたが
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
半七ははらのうちで舌打ちしたが、武家屋敷の仕事は大抵こんなものだと覚悟しているので、小梅の長五郎から聞き出した一種の秘密を唯一ゆいいつの材料にして
私は、この部屋に於ける唯一ゆいいつの目ざわりな新時代の道具として、さっきから卓子テーブルの上の蓄音機に目をつけていた。そこで私は、わきへよって、蓋をあけた。
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すくなくともその妻に抱擁ほうようされた家庭だけは、彼の最後に祝福された、唯一ゆいいつの楽しい安住の故郷であった。
そうして、最後に、むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが、唯一ゆいいつの救いなのであります。
文学のふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ませた事を言った。でも、結婚は、人生の大事件だ。殊に婦人にとって、唯一ゆいいつの大事件と言っていいかも知れないのだ。てれずに、まじめに考えてみましょう。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それがわれわれの逃がれ出ることの出来る唯一ゆいいつの道であるが、それさえ日毎ひごとに結氷しつつあるのである。
その唯一ゆいいつの望みを禁じられたのである、志保はその後しばらくは、気ぬけのしたような気持で日を過したことを覚えている。だが父の本当の心は間もなくわかった。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
弱い人間にとっては、やはりそれが必要なこともあるだろう。時には、それが弱い人間を救う唯一ゆいいつの方法である場合さえあるのだ。それは私にもよくわかっている。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
熱情ねつじょうも時には素晴すばらしい仕事をさせる武器ぶきですが、冷静れいせいは常に物の道理を考えさせる唯一ゆいいつの力です。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
昌さんは何かといえば、たとえば牛の綱を持たせられたりすると、よほど牛が恐いとみえてこの声をたてる。彼の唯一ゆいいつの抗議のしかただし、また防禦でもあるらしい。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
余はいたずらに唯多くの疑問を有するのみ。ピアノは果して日本的固有の感情を奏するに適すべきや。油画と大理石とは果して日本特有なる造形美を紹介すべき唯一ゆいいつの道たりや。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
されば走者がこの危険の中に身を投じて唯一ゆいいつ塁壁るいへきたのむべきは第一第二第三のベースなり。
ベースボール (新字新仮名) / 正岡子規(著)
周知のごとく、東大寺を襲った幾たびかの災禍を免れて、いまになお天平てんぴょうの姿をとどめる唯一ゆいいつの御堂である。天平五年聖武しょうむ天皇が良弁ろうべん僧正に勅して建立こんりゅうせしめ給うところと伝えらるる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
日影ひかげよは初冬はつふゆにはまれなるあたゝかさにそろまゝ寒斉かんさいと申すにさへもおはづかしき椽端えんばたでゝ今日こんにちは背をさらそろ所謂いはゆる日向ひなたぼつこにそろ日向ひなたぼつこは今の小生せうせい唯一ゆいいつの楽しみにそろ人知ひとしらぬ楽しみにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
このひとこそ自分の一生をけた唯一ゆいいつ無二の女性だと云う確信がついたら、早速さっそく、自分の心情を率直そっちょくに打明けなけりゃ問題にならないよ。遠慮なんかしてたらいつまでったってらちがあかない。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
これにって人智じんちは、人間にんげん唯一ゆいいつ快楽かいらくいずみとなつている。しかるに我々われわれ自分じぶん周囲まわりに、いささか知識ちしきず、かずで、我々われわれはまるで快楽かいらくうばわれているようなものです。勿論もちろん我々われわれには書物しょもつがある。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それが唯一ゆいいつの私の楽しみのようでもあった。
彼の唯一ゆいいつの念願は、どうしたらヴァン・タッセルのたぐいない娘の愛情をかちえることができるかということになってしまった。
唯一ゆいいつの望みは、尼ヶ崎から逃げて帰って来たように、阪急の六甲にある品子の家から逃げて来はせぬかと云うことであった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
げんとして存在しているから、この点において争うべからざる真であります。しかしながらこれが唯一ゆいいつの真であるかと云うのが問題なのであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが、彼女の愛を得る唯一ゆいいつの方法だと勝平は心の中で思っていた。それだのに、彼女に一旦いったん与えた約束を、取り消す。男らしくもなく破約する。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その猫と前に殺した猫との唯一ゆいいつの眼に見える違いといえば、さっき話したあの白い毛の斑点なのだが、妻はその斑点のことで何度か私に注意していた。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
船長リンドボーン大佐以下四十五名の乗組員は、敵国の首都を、完膚かんぷなきまでに爆撃した彼等の武勲を、唯一ゆいいつなぐさめとしてアクロン号と運命を共にした。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
保吉は絶体絶命ぜったいぜつめいになった。この場合唯一ゆいいつ血路けつろになるものは生徒の質問に応ずることだった。それでもまだ時間が余れば、早じまいをせんしてしまうことだった。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
祭が娯楽の唯一ゆいいつの形式であった時代に比較して考えると、大衆が、もしくは純粋な娯楽そのものが、もしくは享楽が、神の地位を占めるようになったのである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
これが捨てられ、忘れかけられた女の唯一ゆいいつかすかないやがらせと思召おぼしめし、ぜひお聞きいれのほど願います。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ねがわくば、われわれが唯一ゆいいつの安全航路であるところの、あの狭い通路が遮断されないように——。
余はいたずらただ多くの疑問を有するのみ。ピアノは果して日本的固有の感情を奏するに適すべきや。油画と大理石とは果して日本特有なる造形美を紹介すべき唯一ゆいいつの道たりや。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ここらの山川には山女という魚が棲んでいて、それが山住居の人には唯一ゆいいつの旨いお魚でした。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一時間番組のテレビなどが、ほとんど唯一ゆいいつといっていいほど、この目的にかなうものである。教育テレビなどという最良の舞台があるのに、それを使わないのは、いかにも惜しい。
テレビの科学番組 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
もとより紛議ふんぎ葛藤かつとうおそるゝところでない、正理せいりわれにあるのだが、しか※里ばんり波濤はたうへだてたる絶島ぜつとうおいて、すで唯一ゆいいつ確證くわくしようたる日章旗につしようき徹去てつきよされたるのちは、われに十二ぶん道理どうりがあつても
これが唯一ゆいいつの、娘も共に零落れいらくさせた父のびの表明でもあり、心やりの言葉でもあった。小初は父の気持ちを察しないではないが、「何ぼ何でもあんまり負けしみ過ぎる」と悲しくうとまれた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は昂奮こうふんをしずめるために、声にだして呟いた、「苦しみつつはたらけ」それはそのころ私の絶望や失意を救ってくれた唯一ゆいいつの本、ストリンドベリイの「青巻」に書かれている章句の一であった
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
日本は今や君国のために水火をも辞さない勇猛果敢ゆうもうかかんな青年を求めているのだ。この要求にこたえうるような精神を養うことこそ、諸君がこの塾堂に教えをうけに来た唯一ゆいいつの目的でなければならない。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
金堂は奈良時代の大寺の金堂の形式を伝える唯一ゆいいつの遺構といわれる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
二人は悔みを述べるためにくなった師匠の家を訪れる機会を持ったのであるが、これが大阪で由緒正しい山村流の伝統を伝えていた唯一ゆいいつの人
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)