きず)” の例文
吉田は刺客に立ち向つて、肩先を深く切られて、きずのために命をおとしたが、横井は刺客の袖の下をくゞつて、都筑と共に其場を逃げた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
噛まれたきず摺創すりきず血塗ちまみれになりつつ、当途あてどもなく犬鎌を振り廻して騒ぎ立つ有様は、犬よりも人の方が狂い出したようであります。
不思議な事に、黒くなって集った支那人はいずれも口もかずに老人のきずを眺めている。動きもしないから至って静かなものである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ、何か頸へずんと音を立てて、はいったと思う——それと同時に、しがみついたのである。すると馬もきずを受けたのであろう。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どうもあぶないので、おもふやうにうごかせませなんだが、それでもだいぶきずきましたやうで、かゞみませんが、浸染にじんでりますか。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
きずは心臓のいくぶん上方で、おそらく上行大動脈を切断しているものと思われたが、円形の何か金属らしい、径一センチほどの刺傷だった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
人の目にかからぬ木立の間を索めて身に受けたきずを調べ、この寂しい処で、人を怖れる心と、人を憎む心とを養うより外はない。
只今の迫合にきずを蒙りてまた戦うこと成り難し。然る故、貴殿の蒐引かけひきに妨げならんと存じ人衆を脇に引取候。かくして横を討たんずる勢いを
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
以前から善く聴きなれている「業突張ごうつくばり」とか「穀潰ごくつぶし」とかいうようなことばが、彼女のただれた心のきずのうえに、また新しい痛みを与えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
婦人は指先に一寸きずをしてゐたのに過ぎなかつたが、医者が丁寧にしんの臓まで診察しようとしたので大分だいぶん時間が手間どつた。
きずは下腹部に一か所、その他二か所、いずれも椅子山いすざん砲台攻撃の際受け候弾創にて、今朝まで知覚有之これあり候ところ、ついに絶息いたし候由。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
血まぶれになって闘ったといっていい。私も母上もお前たちも幾度弾丸を受け、刀きずを受け、倒れ、起き上り、又倒れたろう。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
先妻はその村正を右手に持って、頸部を横に切ったのですが、きずは脊椎骨に達するくらいで、検屍の人もびっくりしました。
猫と村正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
手代の喜三郎は後袈裟うしろげさに斬られたもので、その外、右脇腹に深々と突ききずがあるところを見ると、後ろと右と兩方から敵を受けたものでせう。
木葉を巻きてそのきずふさぐ、芝嘆じてわれ物の性にたがえり、それまさに死せんとすと、すなわち弩を水中に投じたがやがてにわかに死んだという。
乳母 そのきずましたが、此眼このめましたが……南無なむさんぼう!……ちょうどこの立派りっぱ胸元むなもとに。いた/\しい、無慚むざんな、いた/\しい死顏しにがほ
これを一に腐刑ふけいともいうのは、そのきずが腐臭を放つがゆえだともいい、あるいは、腐木ふぼくの実を生ぜざるがごとき男と成り果てるからだともいう。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
きずつつみ歯をくいしばってたたかうが如き経験は、いまかつて積まざりしなれば、燕王の笑って評せしもの、実にその真を得たりしなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
くちばしおよびのど辺などに爪牙にかけられしきずを受け得て、その景状はすべて夢中にありし事柄とごうも異なることこれなし。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
丁度相手の女学生が、頸のきずから血を出してしなびて死んだように絶食して、次第に体を萎びさせて死んだのである。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夢ではないかとおもったが、夢ではない証拠に、左胸部のきずが、はげしく痛んでいる。咽喉のどが渇いて、相当に高熱だ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
昨夜熊害は仔馬一頭をいためたるのみなり。きず裂創れっそうにして、熊の爪にかけられたるも逃げ出して無事なりと。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
「でも、あの薄刃うすばで斬ったようなきずはどうしたもんでしょう。鷲や鷹ならば、爪でグサリと掴みかかるにちがいないから、一つや二つの爪傷ではすみますまい」
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それから又坂ア下って又登って向山までにゃア向うの奴は逃げて仕舞うからぶたれ損で、此の体にきず出来でかしたら貴方其の創を癒す事は出来ねえだろうが
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だって何程いつかばちのこともあるめえ。と落着く八蔵。得三はこうべを振り、いや、ほかの奴と違う。ありゃお前、倉瀬泰助というて有名な探偵だ。見ろ、あの頬桁ほおげたきずあとを。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
豚のお尻のきずあとは、ちやんと治つてをりました、以前にもまして脂肪あぶらがキラキラと光つてをりました。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
きずは6センチ。盲腸は一部ユ着していて、腰髄麻酔で手術したが、ユ着をはがすとき胆汁を吐きました。
ケートはニュージーランド河畔かはんにしげっているはんのきの葉をつんで、それをついてこう薬をつくり、二人のきずに塗りつけた。これは痛みをとるに特効とっこうがあった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
丁度向うで女学生の頸のきずから血が流れて出るように、胸に満ちていた喜が逃げてしまうのである。
ただ一列の嶄岩ざんがん——或者は縦横に切りさいなまれてきずだらけの胴体が今にも一片一片剥がれ墜ちようとし、或者は堅硬な岩面に加えられた風雨の鑿氷雪のかんなに抉られ削られて
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
明治二十四年五月十一日、滋賀県の巡査津田三蔵なる者が、当時我邦に御来遊中なる露国皇太子殿下(今帝陛下)を大津町において要撃し、その佩剣はいけんをもって頭部にきずを負わせ奉った。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
また私の体はきずをしても滅多にうみを持たず癒るのが頗る早いので、小さい創は何んの手当てもせず何時もそのままほうり放しで置きます。つまり私の体は余り黴菌が繁殖せぬ体質とみえます。
すでにして逐一口を開きしに、幕にて一円知らざるに似たり。っておもえらく、幕にて知らぬ所をいて申立て、多人数に株連蔓延まんえんせば善類をそこなう事少なからず、毛を吹いてきずを求むるにひとしと。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
余は何故に、何者に、斯くは刺されたのであろう、是既に容易ならぬ疑問であるが、是よりも猶怪しいは余がきずの小さい割合に痛みが強く、爾して其の痛みの為に全身がしびれて了った一事である。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
槍刀きずを、体じゅうに十二ヵ所も受けられ、瀕死の容態でございます
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
咽喉のど元へ斬りつけられたと見えて、鋭い刃物のきずが二筋ほどえぐるように引ッ掻かれていた。あたり一面の血の海だ。その血の池の端のほうに、窓に近く血にまみれた日本剃刀が投げ捨てられていた。
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「この脚部のきずはドウ思うね。君が今連れて来た候補生だが……」
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのとき手指にできた小さなきずから死毒が入ったのである。
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きずいたしかなし鋭しまたさびし狂人きちがいの部屋に啼ける鈴虫
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
きずやし、病人を救って遣られる。その心身共に
「これで洗いますと、きずがなおりますよ。」
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
摧折ひしおれたるきずの今にいたむことしきりにして
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
丁度ちょうどあの ZolaゾラLourdesルウルド で、汽車の中に乗り込んでいて、足のきずの直った霊験を話す小娘の話のようなものである。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「僕はなんだか、兜の重量に何か関係があるような気がするんだ。無論、きずと窒息の順序が顛倒してりゃ、問題はないがね……」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
寺沢の陣でも騒動したが、三宅藤右衛門、白柄の薙刀なぎなたを揮って三人を斬り、きずを被るも戦うのを見て諸士亦奪戦して斥けた。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「お蔭できずなほつてからは、人間も一段と悧巧になり、従来これまでのやうに鬱々くさ/\しないで、その日その日をたのしむやうになつた。」
大したきずではないが容体ようだいが思わしくないから、お浜が引続き郁太郎を介抱かいほうしている間に、竜之助は一室に閉籠とじこもったまませき一つしないでいるから
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
欧州で中古盛んに読まれた教訓書『ゲスタ・ロマノルム』一三九譚に、アレキサンダー王大軍を率いある城を囲むに、将士多くきずこうむらずに死す。
両軍相争い、一進一退す、喊声かんせい天に震い 飛矢ひし雨の如し。王の馬、三たびきずこうむり、三たび之をう。王く射る。射るところの、三ふく皆尽く。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
馬は、きずの痛みでうなっている何小二かしょうじを乗せたまま、高粱こうりょう畑の中を無二無三むにむさんに駈けて行った。どこまで駈けても、高粱は尽きる容子ようすもなく茂っている。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)