ただ)” の例文
舞台顔は数回、ただしいつもだいぶ遠方の二等席からではあるが、見たことがあり、演芸の雑誌などでしばしば写真を見たことがある。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
……お前さんに漕げるかい、と覚束おぼつかなさに念を押すと、浅くてさおが届くのだから仔細ない。ただ、一ヶ所そこの知れない深水ふかみずの穴がある。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ただたぬきと赤シャツは例外である。何でこの両人が当然の義務をまぬかれるのかと聞いてみたら、奏任待遇そうにんたいぐうだからと云う。面白くもない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただし、むこうからの打合せの手紙は単に要領だけのことを書いて寄越してかもこちらの許すまでは女名前の匿名で送って欲しいと
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ただし、わたしの休養とは、英国の伝令兵の声や午砲の音によって破られないところの永遠の安息であり、わたしの転地というのは
ただし、その子供はわずかに六カ月ののちに死んだので、おそらく後見人夫婦のために冷遇と虐待を受けたせいであろうと想像された。
ただしこれも人類の文化が進み人類の感情が進んだときどう変るかそれはわかりません。印度の聖者たちはさない水は呑みません。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
お一層この娘を嫌う※ただしこれは普通の勝心しょうしんのさせるわざばかりではなく、この娘のかげで、おりおり高い鼻をこすられる事も有るからで。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ただし、誤解のないように申添えるが、何も斯様かように申したからとて、小生は雪子ちゃんを小生の家から嫁に行かせようと申すのではない。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただし、彼はこんな不可思議な妄想に耽っているかと思えば、また一方にはそれとまったく遠く懸け離れたことをも考えているのであった。
ただし宿屋は今からではむつかしいかもしれないがという。しかしとうとう我慢し切れなくて、思い切ってI駅で下りてしまった。
I駅の一夜 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
初めてぐううしのうて鰥居無聊かんきょむりょうまたでて遊ばず、ただ門につて佇立ちょりつするのみ。十五こう尽きて遊人ゆうじんようやまれなり。丫鬟あかんを見る。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
素晴らしい新聞種を提供しよう、今夜九時頃、日比谷公園新音楽堂裏のベンチを見張って居るがい。ただし姿を見せると鳥が飛ぶぞ。——
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ひとるはかたくしてやすく、みずかるはやすくしてかたし、ただまさにこれを夢寐むびちょうもっみずかるべし、夢寐むびみずかあざむあたわず」と。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ただし市井の新聞記事から、たくみに材料を選び出して、作の基調にするという、そういう際物的やり方には評者は大いに賛成する。
日本探偵小説界寸評 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「今から直ぐ、花田軍医の処に行く。お前も来い」少し間を置いて「部隊長の命令で、花田は銃殺ときまった。ただしこれは、誰にも言うな」
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ただし富岡老人に話されるには余程よほどよき機会おりを見て貰いたい、無暗むやみに急ぐと却て失敗する、この辺は貴所において決して遺漏ぬかりはないと信ずるが
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ただ我が老いたる親ならび菴室あんしつに在り。我を待つこと日を過さば、自ら心をいたむる恨あらむ。我を望みて時にたがはば、必ずめいうしななみだを致さむ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
場所の名は今あらはに云ひにくいが、これはあるカフヱーの主人の話である。ただしその主人とは前からの馴染なじみでも何でもない。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
ただしこれは当時作者が自家の体面ていめんをいたわって、贔屓ひいきにしている富士田千蔵ふじたせんぞうの名で公にしたのだが、今ははばかるには及ぶまい。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
脚本朗読は、一つは何にても可、受験者の好むところの脚本を試験場に持参の上、自由に朗読せられたし。ただし、この朗読時間は、五分以内。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
岩石の上に落ちたので顔や額が滅茶滅茶に裂けた。ついでに女の飛行家は巴里パリイに十人程しか無い。ただし飛行機に同乗して遊ぶ女は無数である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ただし夕食は雑煮なので餅の黴をおとしてからおなじ庖丁で鰹節をかき、茄子の皮をむいて銀杏いちょうにきり、つゆのかげんをして鍋をかけねばならぬ。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
『君は此学校の先生ですか?』と、男は先刻さつき訊いたと同じ事を言つた。ただ、「貴方」と言つたのが、「君」に変つてゐた。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「夏季休暇中の友だちとして、同年輩の少年を求む。ただし喧嘩好きで、そしてあんまり肥っていないこと。当方十一歳——JACKベンスン。」
すなわち「石狩国札幌郡空知郡そらちぐんノ内——ただシ、地所ノ儀ハ石狩府ニテ差図ニ及ブベキコト——右ノ方支配仰セツケラレ候事」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
産土うぶすな神々かみがみもうすにおよばず、八幡様はちまんさまでも、住吉様すみよしさまでも、ただしはまた弁財天様べんざいてんさまのような方々かたがたでも、その御本体ごほんたいことごとくそうでないものはございませぬ。
ただ従来じゅうらいの経験によると四十八時間後には、気球は自然に降下してくるものであること。第三に、覆面探偵を見かけたらすぐ課長に報告すること。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ただし、その三個の人影は、表から露地を通って来たのではなく、地つづきの浄音寺境内から、いけ垣をもぐってそこに現れたものと察しられます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余分な掛け蒲団の上には、近代の大諧謔家が冷蕎麦ひやしそば菓子と比較したがるような毛布が一緒に畳んであった。ただし、手拭掛けがないのには全く閉口した。
あるいは金を貸してもらいたいと云うような意味で言うのか、ただしは洒落しゃれに言うのか、飾りに言うのか、私の眼から見れば何の事だか少しもけが分らない
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
然らばこの景既に夢ならず! 思掛おもひがけずもここに来にける吾身もまた夢ならず! ただ夢に欠く者とては宮一箇ひとりのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ただし、その青春時代にも、温かな人情味などはけっして表わさなかったであろうと思われるような人物であった。
ただし実際は本基ホームベースにて打者ストライカーの打ちたる球の達する処すなわち限界となる。いろはには正方形にして十五間四方なり。
ベースボール (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ただし今もくれるかどうかは知らない。私はこの牛が好きで、時々女中や姉からこれをもらったことを覚えている。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
汝の中都を治めし所の法をもって魯国を治むればすなわちいかん? 孔子が答えて言う。何ぞただ魯国のみならんや。天下を治むるといえども可ならんか。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ただそれは作られたものからというに即するが故に、環境的といわねばならない。その立場からのみ歴史的生命の世界を見ることは、抽象的たるを免れない。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
『抱朴子』に、〈蜥蜴をいいて神竜とすは、ただ神竜をらざるのみならず、また蜥蜴を識らざるなり〉、晋代蜥蜴を神竜とし尊んだ者ありしを知るべし。
ただし、われわれのある者は、死者が癲癇てんかんあるいは痙攣のごとき疾病を有するものと思考し、一同も同感なり。
ただし己を愛するとは何事を示すのであろう。私は己れを愛している。そこにはいささかの虚飾もなく誇張もない。又それを傲慢ごうまんな云い分ともすることは出来ない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ただしみんながみんなじゃあねえぜ、中にゃあ田之助が裸で抱きついたって、石みてえにびくともしねえ女がある、そいつを見分ける眼がねえとしくじるんだ」
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただし三日間。四日目にはうんざりしていた。レエゾン・ド・ビイヴルということを考えるとやりきれない。
流浪の追憶 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
成る可く労力を節約して成るべく多く成功するの工夫をめぐらすべし。さりとて相場師に為れと言ふには非ず。ただし人事なべて多少投機の性質を帯ぶるものとおもふべし。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ただし、当局側とうきょくがわ見解けんかいでは、まだ十ぶんなきめがない。監視かんしつきでひとまず帰宅きたくゆるしたのであつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
歴史学という一の科学の一要素として、過去の事実を可成的なるべく冷静に考証したり、取調べるということも必要であるに相違ないが、ただしそれは歴史の研究の全体ではない。
文明史の教訓 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
それにはただきまで付いていて、宮方へ行き合う節は御供頭おともがしらへそのむねを通じ、公使から相当の礼式があれば御会釈ごえしゃくもあるはずだというようなことまで規定されている。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いわく、丁晋公臨終前半月、すでくらはず、ただ香をいて危坐きざし、黙して仏経をじゆす、沈香の煎湯せんたうを以て時々じゞ少許せうきよあふる、神識乱れず、衣冠を正し、奄然えんぜんとして化し去ると。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ただし倫敦のオートミールはなかなかうまいと思った。熱いうちにバタを溶いて食塩で食べたり、マアマレイドで味つけしたり、砂糖とミルクを混ぜて食べたりしたものだった。
朝御飯 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ただし極めて微弱なり。船長は機嫌を直して、朝食の前に私にむかって昨日の失礼をびた。——しかし彼は今なお少しく放心のていである。その眼にはかの粗暴の色が残っている。
これがある時に、初めて宗教に生命が湧き、これがない時に、宗教商人の跋扈ばっことなる。ただしくれぐれも看過してならぬことは、相手の霊界居住者の正否善悪に対する審判である。