仇名あだな)” の例文
その頃、彼は初めて白洲しらすに引きすえられていた盗賊の木鼠長吉きねずみちょうきちを見たのである。彼は、仲間ちゅうげんで木鼠ともむささびとも仇名あだなをとっていた。
奉行と人相学 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あら、いいじゃないの」と女が云った、「さぶちゃんに栄ちゃんね、あたしおかめ——仇名あだなじゃなくって本名なのよ、どうぞよろしく」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
熊谷なんぞに云わせると、まるでみんなが慰み物にしているんで、とても口に出来ないようなヒドイ仇名あだなさえ附いているんです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
最初に彼の目にとまったのは、彼が自分だけで「尨毛むくげの猟犬」と仇名あだなを与えている二面の主任のKさんであった。彼はすぐ腹の中で初めた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
中学の頃はでぶでぶしてビール樽ちふ仇名あだなぢやつたのが、高等学校へ入つてぐんと痩せる、大学でまたぐんと痩せる
現代詩 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
……イリヤ・イリイーチ・テレーギン、一名、ワッフルと申しますのは、このとおりのあばた面だもので、口の悪い人がつけた仇名あだななのでございます。
私はその時、私がどんな階級に属しているか、民平——これは私の仇名あだななんだが——それは失礼じゃないか、などと云うことはすっかり忘れて歩いていた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
五日には、禿安はげやすと云ふ仇名あだなのある老人が社へやつて來て、印刷屋へ渡すだけの金を氷峰に受け取らせた。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
此処ここでは云はないが、それを英国あたりではその形から聯想して「死んだ鼠」と仇名あだなを呼んで居るさうである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あの容色きりょううち仇名あだなにさえなったを、親身を突放したと思えば薄情でございますが、切ない中を当節柄、かえってお堅い潔白なことではございませんかね、旦那様。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その「赤まんま」というなつかしい仇名あだなとともに、あの赤い、粒々とした花とはちょっと云いがたい位、何か本当に食べられそうに見える小さな花の姿を思い浮べると
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
暮方より人に呼ばれける(風呂屋女に仇名あだなを付けて猿というは垢をかくという意となり)とあり。
いそあし沓脱くつぬぎりて格子戸かうしどひし雨戸あまどくれば、おどくさまとひながらずつと這入はいるは一寸法師いつすんぼし仇名あだなのある町内ちやうないあばもの傘屋かさやきちとてあましの小僧こぞうなり
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「チエツ。徳兵衛だなんて本当に困りますよ」まゆを寄せながら、甘えるやうな高い声で云ふのである。「先生がそんな仇名あだなをつけたんで、皆が揶揄からかつて仕様がないんです」
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
杉山先生の親しみ深い人格には仇名あだなを以て呼ぶ程の隙がなかつたからである。然し、私達が先生を仇名で呼ぶのは、必ずしも惡意や皮肉にばかり由來するのではなかつた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
三十前からつなでは行かぬ恐ろしの腕と戻橋もどりばしの狂言以来かげの仇名あだな小百合さゆりと呼ばれあれと言えばうなずかぬ者のない名代なだい色悪いろあく変ると言うは世より心不めでたし不めでたし
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
始終そんな有余るやうな事ばかり言ふのが癖だもんですから、みんなが『御威光』と云ふ仇名あだなを附けて了つて、何処へ行つたつて気障きざがられてゐる事は、そりや太甚ひどいんで御座います
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
余は聖護院しょうごいんの化物屋敷という仇名あだなのある家に下宿していた。その頃は吉田町にさえ下宿らしい下宿は少なかった。まして学校を少し離れた聖護院には下宿らしいものはほとんどなかった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
玉村の——お菓子屋の——お島ちゃんは面長な美女で、好んで黄八丈の着物に黒じゅすと鹿の子の帯をしめ、鹿の子や金紗きんしゃを、結綿ゆいわた島田の上にかけているので、白木屋お駒という仇名あだなだった。
この梅干船(この船はまかないが悪いのでこの仇名あだなを得て居た)
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
松田の顔が仇名あだなのとおり、みるみる赤黒くふくれあがり、両の眼がぎらぎらと光って、いまにもとび出しそうにみえた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どら焼なる物は、銀座の大通りに売って居る屋台の駄菓子だがしの事だが、己のみにく容貌ようぼうのどら焼に似て居ると云うので、お嬢様がお附けになった仇名あだななのである。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
昔、美濃国みののくに、小川のいちに力強き女があった。身体からだも人並はずれて大きく百人力といわれていた。仇名あだな美濃狐みのぎつねといった。四代目の先祖が、狐と結婚したとうことであった。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お気の毒さまと言ひながらずつと這入はいるは一寸法師ぼし仇名あだなのある町内の暴れ者、傘屋の吉とて持て余しの小僧なり、年は十六なれども不図ふと見るところは一か二か、肩幅せばく顔少さく
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それは彼女が初めて島田まげった時のことである。その日彼女が半井氏を訪れたのは、人の口に仇名あだながのぼり、あらぬ名をうたわれるのを憤って、暫時、絶交しようと思っての訪問であった。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
なほかつぬしある身のあやまりて仇名あだなもや立たばなど気遣きづかはるるに就けて、貫一は彼の入来いりくるに会へば、冷き汗の湧出わきいづるとともに、創所きずしよにはかうづき立ちて、唯異ただあやしくもおのれなる者の全くしびらさるるに似たるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「そうか、——」作次は頭を垂れ、垂れた頭を左右に振った、「おさんなら山谷の棗店なつめだなにいるよ、男の名は岩吉、まむしという仇名あだなのある遊び人だ」
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あの汚らわしい淫婦いんぷのナオミ、多くの男にヒドイ仇名あだなを附けられている売春婦にも等しいナオミとは、全く両立し難いところの、そして私のような男はただその前にひざまず
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
浮世うきよよくかねあつめて、十五ねんがほどの足掻あがきかたとては、ひとには赤鬼あかをに仇名あだなおほせられて、五十にらぬ生涯しようがいのほどを死灰しくわいのやうにおはりたる、それが餘波なごり幾万金いくまんきんいま玉村恭助たまむらけうすけぬしは
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ブルさんと仇名あだなされる波木井船長は、東湾汽船の三十六号船の船長だが、停年が過ぎたのに頑として船をおりない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
精励恪勤せいれいかっきん、品行方正で「君子」の仇名あだなを取った私も、ナオミのことですっかり味噌みそを附けてしまって、重役にも同僚にも信用がなく、甚だしきは今度の母の死去に就いても
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とし十六じふろくなれども不圖ふとところいちか、肩幅かたはゞせばくかほちひさく、目鼻めはなだちはきり/\と利口りこうらしけれどいかにもせいひくければひとあざけりて仇名あだなはつけゝる、御免ごめんなさい、と火鉢ひばちそばへづか/\とけば
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ブルさんと仇名あだなされる波木井船長は、東湾汽船の三十六号船の船長だが、停年が過ぎたのにがんとして船をおりない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
内の店員は、己ばかりでなく、こと/″\くお嬢様から仇名あだなを頂戴して居る上に、愚弄ぐろうされたりあざけられたりして居るので、誰も彼も蔭ではあんまりお嬢様をよく云わなかった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
振むけてのおもてを見れば出額でびたい獅子鼻ししばな反歯そつぱの三五郎といふ仇名あだなおもふべし、色は論なく黒きに感心なは目つき何処までもおどけて両のほうくぼの愛敬、目かくしの福笑ひに見るやうなまゆのつき方も
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
だんごという女中が来、おりうが着替えに立っていった。だんごというのは仇名あだなで、本名はわからない。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そないに深い関係やない、あの時ちょっと歩いただけやといい訳しなさったら、「そない弁解せんかて、あの人やったら誰も疑がうはずあれへん、あんたあの人の仇名あだな知ってる?」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ふりむけてのおもてれば出額でびたい獅子鼻しゝばな反齒そつぱの三五らうといふ仇名あだなおもふべし、いろろんなくくろきに感心かんしんなはつき何處どこまでもおどけてれうほうくぼの愛敬あいけうかくしの福笑ふくわらひにるやうなまゆのつきかた
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こういう性分をもっとも単直にあらわして「高安律義之助」という仇名あだなが、彼には付けられていた。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
仇名あだなまで附けられてるいう風に思えしませんのんで、くろとの女別としたら感づいてるもんちょびッとよりないやろ思てますさかい、巧いこと隠し通せる思てるらしいのんですが
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これや生れて初めての、仇名あだなぐさ恋すてふ風説なりけり。
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かんぷりとはその木槌さいづちあたまに付けられた仇名あだなで、つまり「かぶり」というのがなまったのだと思う。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
滅法しゃがれ声だから、話をするのに苦しそうだし、そのためというよりも性分だろうが、話しべたで、めったに人と話したがらなかった。仇名あだなは「もくしょう」という。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
滅法しゃがれ声だから、話をするのに苦しそうだし、そのためというよりも性分だろうが、話しべたで、めったに人と話したがらなかった。仇名あだなは「もくしょう」という。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
顔をしかめ、だめだ、というふうに手を振るので、主馬が慌てて、「ああ、あれは臍曲へそまがりだからね、曲軒という仇名あだながあるくらいで、かれはなんにでも理屈をつける、なってないよ」
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
泊り客を送り出した実永(むろん仇名あだなで****と読むのだが、本名は知らない)
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いかにも赤鬼という仇名あだなにふさわしく、栄二は「こいつは案外お人好しだな」と思いながら、彼の見ている前で仰向けに倒れ、両手を頭のうしろで組んで、あけっぴろげに大欠伸おおあくびをした。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「加川夫人には昔からあざみの花という仇名あだながあったそうです」と岡野は続けた
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)