亭主ていしゅ)” の例文
それこそ耳にたこのできるほど聞きれたものだったが、どうもそれが『ご亭主ていしゅはたっしゃでいるよ。相変あいかわらずかせいでいるよ』
耄碌もうろくしたと自分ではいいながら、若い時に亭主ていしゅに死に別れて立派に後家ごけを通して後ろ指一本さされなかった昔気質むかしかたぎのしっかり者だけに
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
朝日屋の夫婦は五日に一度くらいの割合で大喧嘩おおげんかをした。亭主ていしゅの名は勘六、細君はあさ子、どちらもとらだかうまだかの三十二歳であった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其奴そいつを此処へ引摺り出しておくれ、私も独身ひとりみじゃアなし、亭主ていしゅもあるからそんな事をされては亭主に対して済みません、引出しておくれよ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
(すると、やっぱり、あのボジャック氏というのが、アンの亭主ていしゅであったのか。そしてボジャック氏、すなわちフン大尉という筋書か!)
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
矢は妻の睫毛三本を射切ってかなたへ飛び去ったが、射られた本人は一向に気づかず、まばたきもしないで亭主ていしゅののしり続けた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
十一屋の隠居は半蔵のそばに来て、旅籠屋の亭主ていしゅらしいことを言い出す。この隠居は十年近くも前に来て泊まった木曾の客を忘れずにいた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おんな亭主ていしゅも、おじいさんも、叔母おばさんも、それがいいといったので、おんなは、さっそく庖丁ほうちょうってきて、っ二つにすいかをってみました。
初夏の不思議 (新字新仮名) / 小川未明(著)
近ごろの新聞には、亭主ていしゅが豆腐を一人で食ってしまって自分に食わせないという理由で自殺した女房のことが伝えられた。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
欝金うこん風呂敷ふろしきつつんで、ひざうえしっかかかえたのは、亭主ていしゅ松江しょうこう今度こんど森田屋もりたやのおせんの狂言きょうげん上演じょうえんするについて、春信はるのぶいえ日参にっさんしてりて
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ここにせめては其面影おもかげうつつとどめんと思いたち、亀屋の亭主ていしゅに心そえられたるとは知らでみずから善事よきこと考えいだせしように吉兵衛に相談すれば、さて無理ならぬ望み
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
亭主ていしゅは上さんに公然と眼の前で、彼女を情婦にしていた。彼女は肺病だった。死んでしまった。フランソアーズは打擲ちょうちゃくや汚行のなかに育っていった。
生きのこったのはただひとり、亭主ていしゅのむすめだけでした。このむすめは心のすなおな子で、こんなひどいことには、なんのかかりあいもなかったのです。
みんなが感心して眺めているが、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げてうれしがるなら、背虫の色男や、びっこ亭主ていしゅを持って自慢じまんするがよかろう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
亭主ていしゅはうしろをふりむいた。見ると、蛾次郎がじろうは、茶碗ちゃわんとしゃもじを持ったまま、だいの下へもぐりこんで、しきりにへんな目、しきりにかぶりをふっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かえりに区役所前の古道具屋で、青磁せいじ香炉こうろを一つ見つけて、いくらだと云ったら、色眼鏡いろめがねをかけた亭主ていしゅ開闢かいびゃく以来のふくれっつらをして、こちらは十円と云った。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あの時お前は、せん亭主ていしゅは、それは深切であった、深切であったと、よく口癖のようにいっていたから
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
女房で亭主ていしゅに浮気をされることを考えてごらん、株屋のように体がひまで金にもそう困らない割に絶えず頭脳あたまをつかっているものは、どうせ遊ぶに決まっているよ。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なんでもその亭主ていしゅという者は、世の中に対してよほど大きな憤懣ふんまんがあったらしく、再び平地へは下らぬという決心をして、こんな山の中へ入ってきたのだといった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
亭主ていしゅは、君より年下で、二十六だ。年下の亭主って、可愛いものさ。食べてしまいたいだろう。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
黒馬旅館くろうまりょかんでは、亭主ていしゅのホールと雑貨屋ざっかやのハクスターは、とりとめのないばか話をだらだらとつづけていた。そこへ、あらあらしくドアをおして、ひとりの男がはいってきた。
(何さ、行ってみさっしゃいご亭主ていしゅは無事じゃ、いやなかなかわしが手には口説くどき落されなんだ、ははははは。)と意味もないことを大笑おおわらいして、親仁おやじうまやの方へてくてくと行った。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亭主ていしゅは雨がやんでから行きなと言ったが、どこへ行く? 文公は路地口の軒下に身を寄せて往来の上下かみしもを見た。幌人車ほろぐるまが威勢よく駆けている。店々のともし火が道に映っている。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
井筒屋のお貞(その時は、まだお貞の亭主ていしゅが生きていて、それが井筒屋の主人であった)の思いやりで、台どころ道具などを初め、所帯を持つに必要な物はほとんどすべてそろえてもらい
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
そいつの亭主ていしゅというのが大へんなやつでしてね、こっちからわざわざ何か持って行ってやったりしますと、いつも酔払よっぱらっていちゃあ、『くれるというものならもらっといたらいいじゃねえか』
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あれと答えたので散歩がてらに父に連れられて行った時「これは売物ではございません」とむずかしい顔の亭主ていしゅが言ってから亭主を憎いと思うよりも一層姫の美しい姿絵が懐かしくなった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
(うん。あの女の人は孫娘まごむすめらしい。亭主ていしゅはきっと礦山こうざんへでも出ているのだろう。)ひるの青金あおがね黄銅鉱おうどうこう方解石ほうかいせき柘榴石ざくろいしのまじった粗鉱そこうたいを考えながら富沢は云った。女はまた入って来た。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
おきんの亭主ていしゅはかつて北浜きたはまで羽振りが良くおきんを落籍ひかして死んだ女房の後釜にえた途端に没落ぼつらくしたが、おきんは現在のヤトナ周旋屋、亭主ははじをしのんで北浜の取引所へ書記に雇われて
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「君は前の亭主ていしゅにどんな風に叱られていたかね……」
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
覚平かくへいさんだったね」とさしいれ屋の亭主ていしゅがいった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
おっかあはご亭主ていしゅにだきついた。わたしもそのあとから同じことをしようとすると、かれはつえをつき出してわたしを止めた。
ほんとうにこのいえ亭主ていしゅにもこまったものだ。女房にょうぼうがもうじきおさんをするというに、はたらいたかねはみんなさけんでしまう……。なんということだ。
いいおじいさんの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
飲んだくれの亭主ていしゅが夜おそく帰って来て戸をたたくと女房のクサンチペがバルコンからつぼの中の怪しい液体をぶっかけ
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
亭主ていしゅたる名称を継いだものでも、常は綿布、夏は布羽織、特別のおりには糸縞いとじまか上はつむぎまでに定めて置いて、右より上の衣類等は用意に及ばない
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこには「水汲みばか」などと云われる亭主ていしゅを持った、不運な女のかげとか、悲しみを胸に秘めているといったふうなものは微塵みじんも感じられなかった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
亭主ていしゅもつなら理学士、文学士つぶしが利く、女房たば音楽師、画工えかき、産婆三割徳ぞ、ならば美人局つつもたせ、げうち、板の間かせぎ等のわざ出来てしかも英仏の語に長じ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
又「二十二に成って亭主ていしゅを持たずに、此のどうも花なら半開という処その何うも露を含める処を、斯うって置くは実に惜しいものじゃアね、お前さん」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
馬鹿野郎ばかやろうなにをいってやがるんだ。亭主ていしゅのすることに、おんななんぞがくちすこたァねえからだまってんでろ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
宿屋の亭主ていしゅもあの魔女まじょも、そのなかまにくわわりました。そしてみんなで、さっきのカラスのにくをきざみこんでいれてあるスープをひとさらずつのみました。
草履ぞうりをはきちがえて、いや、めでたい、めでたい、とうわごとみたいに言いながらめいめいの家へ帰り、あとには亭主ていしゅひとり、大風の跡の荒野に伏せるおおかみの形で大鼾おおいびきで寝て
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
市子はその時分日蔭者ひかげものの母親がうらやましがったほど幸福ではなく、縁づいた亭主ていしゅに死なれ、しゅうとめとの折合いがわるくて、実家へ帰ったが、実家もすでに兄夫婦親子の世界で居辛いづら
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
亭主ていしゅの方もやって来て、プロシャの乞食こじきめに娘に手を触れさせるものかと言い切った。
それからうちへ帰ってくると、宿の亭主ていしゅがお茶を入れましょうと云ってやって来る。お茶を入れると云うからご馳走ちそうをするのかと思うと、おれの茶を遠慮えんりょなく入れて自分が飲むのだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そう気を落とすものじゃアない、しっかりなさい」と、この店の亭主ていしゅが言った。それぎりでたれもなんとも言わない、心のうちでは「長くあるまい」と言うのに同意をしているのである。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
亭主ていしゅ、うちの小僧こぞうはきておらなかったかい?」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さかんに亭主ていしゅのホールをたたき起こしていた。
わたしは目つきで母さんにすくいをもとめてみた。かの女もご亭主ていしゅに気がつかないようにして、いっしょに行けと目くばせした。わたしはしたがった。
まず二階の雨戸を繰って見ると、別に煙らしいものも目に映らない。そのうちに寝衣ねまきのままで下から梯子段はしごだんをのぼって来たのはその家の亭主ていしゅ多吉だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それにちがいありません。わしがよく亭主ていしゅ心持こころもちをいてみます……。」と、おじいさんはもうしました。
いいおじいさんの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
助なあこは大蝶丸だいちょうまるの水夫であり、お兼は「大蝶」の缶詰かんづめ工場へ貝をきにかよう雇い女で、亭主ていしゅがあった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)