鳶色とびいろ)” の例文
そしてその椰子に覆われた鳶色とびいろの岩から、一条の水が銀の糸のようにしたたって、それが椰子の根元で、小さい泉になっているのを見た。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
アイヌは白皙はくせき人種であろうか。だが、かの人種の皮膚は銅色がちの鳶色とびいろだとジョン・バチェラー氏はいった。私はそれを信じよう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
印度人には違いないのだが、非常に薄く鳶色とびいろいて、その上へほの白くあおみを掛けたとでも形容したら言い表わせるのだろうか。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しばらくフヰンランドへ行っていられて、馴鹿トナカイそりの話などして呉れました。長身で整った身体に鳶色とびいろのジャンパーを着ていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
毎年十月が来て、また去って行くように、金色の十月の日が過ぎて、鳶色とびいろの十一月も同じく過ぎ、寒い十二月もまた大方終りに近づいた。
余は医師に全体その鳶色とびいろの液は何だと聞いた。森成もりなりさんはブンベルンとかブンメルンとか答えて、遠慮なく余の腕を痛がらせた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
庸三はやつれたその顔を見た瞬間、一切の光景が目に彷彿ほうふつして来た。葉子のいつも黒いひとみは光沢を失って鳶色とびいろに乾き、くちびるにも生彩がなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
粟野さんはかすかに笑い声をらした。やや鳶色とびいろ口髭くちひげのかげにやっと犬歯けんしの見えるくらい、遠慮深そうに笑ったのである。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
骨となってまでも宙宇にさまよった大杉は永久に浮ぶ瀬はあるまいが、鼠色でも鳶色とびいろでも歴史上の大立物おおだてものとなったのはめてもの満足であろう。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
蛮娘ばんじょうの皮膚、みな鳶色とびいろして黒檀こくたんのように光っている。髪をさばき、花を挿し、腰には鳥の羽根や動物のきばを飾っていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
スコットランドへ旅行して鳶色とびいろをした泥炭地の河水の泡に興味を感じて色々実験をしたのもこの時代のことであった。
レーリー卿(Lord Rayleigh) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
色は濃い鳶色とびいろがかった灰色で、のどには白い斑点があり、脚も白く、狐のように大きなふさふさした尾をもっていた。
彼の眼は大きく碧くて、鳶色とびいろ睫毛まつげに被はれ、象牙にもまが白皙はくせきの高い額には、心なしの金髮の捲毛がこぼれてゐる。
それもスコッチの毛のれてなくなった鳶色とびいろの古背広、上にはおったインバネスも羊羹色ようかんいろに黄ばんで、右の手には犬の頭のすぐ取れる安ステッキをつき
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
頭巾ずきんの下からは、鳶色とびいろちぢれ毛がもじゃもじゃとはみ出している。パンツの下からはみ出ているすねの細いことといったら、今にもぽきんと折れそうだった。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼はかなり背が高くて、生き生きとした顔に、顴骨ほおぼねが広く、聡明らしい注意深い眼は細くて鳶色とびいろをしている。
みのを着て通りかかる人が笑って云いました。その杉には鳶色とびいろの実がなり立派な緑の枝さきからはすきとおったつめたい雨のしずくがポタリポタリと垂れました。
虔十公園林 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
九郎右衛門は花色木綿の単物ひとえものに茶小倉の帯を締め、紺麻絣こんあさがすりの野羽織を着て、両刀を手挟たばさんだ。持物は鳶色とびいろごろふくの懐中物、鼠木綿ねずみもめんの鼻紙袋、十手早縄はやなわである。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
知的であると同時に田舎いなか青年の素朴さがあったと言い、クープリンは彼の眼について、青い眼をしていたという定説はまちがいで、実は鳶色とびいろに近かったと述べる。
彼は簾の隙間すきまを通して二度も将軍の御台所みだいどころを見ることができた。彼女は美しい黒い目をもち、顔の色が鳶色とびいろに見える美人で、その髪の形はひどく大きかったという。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
碁盤目とクローバーは銀色、ハートは赤、スペードは黒、レターペーパーは濃い鳶色とびいろの無地で、その右下のすみの所から斜めに白絵の具のペン字で文句が書いてある。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
切れこんだ細いまぶたのうえに、鳶色とびいろの瞳をすえていた。相手の胸にぶっつけた自分の言葉がどれだけ効果をあげたか——それを見究めようとする眼差まなざしになっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼は、焦茶色の外套の襟であごを隠して、鳶色とびいろのソフトを眼深まぶかに引き下げていた。そして、室の中を一渡り見渡してから、彼は隅のテーブルへ行って身体からだを投げ出した。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
やや鳶色とびいろがかった、全然南国的に輪廓の鋭い顔から、黒い、柔らかく陰で囲まれた、そしてまぶたの重すぎる眼が、夢みるように、またいくらかおびえたように覗いている。
と答えざれども無頓着むとんじゃく鳶色とびいろの毛糸にて見事に編成あみなしたる襯衣を手に取り、閉糸とじいとをぷつりと切りぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これはすこぶ美貌びぼうの、った身なりをした栗色くりいろかみの男で、表情に富んだ鳶色とびいろの目と、細い小ぢんまりした白い鼻をもち、っぽけな口の上に、ちょびひげやしている。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
霜日和しもびよりの晴れ渡ったその日は、午後から鳶色とびいろもやうすくこめて、風のいだ静かな天気であった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
例令たとえ遠山とおやまは雪であろうとも、武蔵野の霜や氷は厚かろうとも、落葉木らくようぼくは皆はだかで松のみどりは黄ばみ杉の緑は鳶色とびいろげて居ようとも、秩父ちちぶおろしは寒かろうとも、雲雀が鳴いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
軒並のハイカラな飾窓の硝子ガラスに、日やけして鳶色とびいろに光っている顔をうつしてみました。
兵士と女優 (新字新仮名) / 渡辺温オン・ワタナベ(著)
その子は鳶色とびいろで、二軒の家のあいだに立っている古いカシワの木をじっと見つめていました。この木はれた高い幹を持っているのですが、その上の方はのこぎりでひき切られていました。
○球葱スープは球葱の大なるもの六個をこまかに刻みたらば深き鍋にバターを大匙三杯位溶かし葱の鳶色とびいろになるほど炒りつけ、水に漬けたるパンの割りたるものと塩と胡椒を加え水を沢山
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
自からはその女を見なかったが人々の噂によれば、眼が黒く大きくて、頭髪が鳶色とびいろに縮れていて頬が紅かったという。けれどこの村の人でその巫女を見た者は真にわずかばかりに過ぎなかった。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ぼくをみると、鳶色とびいろひとみかがやかせ、「どうしたのホスマラア」と可愛かわいい声でさけびます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
家系に黒人の血でも混入しているのか、浅黒い琥珀色こはくいろの皮膚をしていて、それがまた、魅惑を助けて相手の好奇心をそそる。けだるい光りを放つ、鳶色とびいろの大きな眼。強い口唇に漂っている曖昧あいまいな微笑。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そうして髪毛かみのけや、眼色めいろや、顔色が赤や、白や、鳶色とびいろや、黒等とそれぞれに違った人々が、各自てんでに好きな仕立ての着物を着て、華やかに飾り立てた店の間を、押し合いへしあいして行き違う有様は
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
背丈のたかい、鳶色とびいろ頭髪かみのけをした好男子で、いかにも実直そうな顔をしており、その顔立ちにはどことなく凛としたところがあって、何かこう思い切ったことをやりそうな眼つきをした男である。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
後に残った怪紳士は臆するような様子も無く椅子にドカリと腰を下し葉巻を悠々とかし出した。真黒な瞳、真黒な髪、鳶色とびいろの皮膚、やや低い身長たけ、彼の様子は一見して亜細亜の人間に近かかった。
闘牛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白茶しらちゃ御納戸茶おなんどちゃ黄柄茶きがらちゃ燻茶ふすべちゃ焦茶こげちゃ媚茶こびちゃ千歳茶ちとせちゃなどがあり、色をもつ対象のがわから名附けたものには、鶯茶うぐいすちゃ鶸茶ひわちゃ鳶色とびいろ煤竹色すすだけいろ、銀煤色、栗色、栗梅、栗皮茶、丁子茶ちょうじちゃ素海松茶すみるちゃあい海松茶
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
嗚呼、ものりし鳶色とびいろの「」の微笑ほゝゑみおほきやかに
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
鳶色とびいろ眼玉はおばァけ。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
鳶色とびいろの土かをるれば
ことに小さい耳が、日の光をとおしているかの如くデリケートに見えた。皮膚とは反対に、令嬢は黒い鳶色とびいろの大きな眼を有していた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鳶色とびいろの髪をフランス刈りにしたマネージャーが、人を突きのけるようにして、かの女等親子を導いて、いま食卓の卓布の上からギャルソンが
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
窓をあけると、鳶色とびいろに曇った空の果に、山々の峰続きが仄白ほのじろく見られて、その奥の方にあると聞いている、鉱山やまの人達の生活が物悲しげに思遣おもいやられた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女の美しい鳶色とびいろの巻毛も同じような色になりました。彼女のやわらかい小さなからだは、父の腕に抱かれたまま、固く、しゃちこばってしまいました。
人生?——自然でも勿論差支へない。ワイルドは印象派の生まれぬ前にはロンドンの市街に立ちめる、美しい鳶色とびいろの霧などは存在しなかつたと云つてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
顔をあげてみると、それは十円紙幣をくれた鳶色とびいろのちぢれ毛の外国婦人だった。やっぱり大きい黒眼鏡をかけて、白っぽいコートをひきずるようにきていた。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「途中、お迎えの者どもでござる」「お送りに加わり申す!」などと口々に列の横から割り込んで来た鳶色とびいろの騎馬隊があり、それらの者が立ちふさがって
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
安楽椅子、肱掛ひじかけ椅子などにも、わざとならぬ時代が付いて、部屋の中に落着いた空気が漂っている。窓ごとに、房のついた鳶色とびいろ緞子どんすの窓掛が重々しく垂れている。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
モグラはわたしの地下室に巣をつくり、ジャガイモを三つに一つの割でかじり、壁塗りの際にのこった毛と鳶色とびいろの紙とでそこに寝ごこちのよさそうな寝床をつくりさえした。