雪駄せった)” の例文
「勘兵衛の足袋たびの底はどうなんです。わざわざ自分の赤い扱帯しごきで殺して、死骸の雪駄せったを片っ方だけ自分の家へ持って来たんですかい」
藍微塵あいみじんあわせに、一本独鈷どっこの帯、素足に雪駄せったを突っかけている。まげの形がきゃんであって、職人とも見えない。真面目に睨んだら鋭かろう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紺羅紗こんラシャの筒ッポーに黒い鳥打帽、黒い前垂れに雪駄せったという扮装だから、どこかの店員が註文品でも届けに行く恰好にしか見えない。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
やおら、雪のような白足袋しろたびで、脱ぎ棄てた雪駄せった引寄ひきよせた時、友染ゆうぜんは一層はらはらと、模様の花がおもかげに立って、ぱッと留南奇とめきかおりがする。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
羽折もなしの素袷すあわせ、素足に雪駄せったばきで、ふところ手をしてこっちを見ていた。けて来たなと思いながら、安宅は黙ってあるきだした。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その中にて小波先生は双子縞ふたこじま単衣ひとえに怪し気なる夏羽織なつばおり白足袋しろたび雪駄せったにて黒眼鏡をかけしてい、貸座敷の書記さんに見まがひたる。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ひとりごとのようにうめきつつ、静かに雪駄せったをぬいで、足袋跣足たびはだしになった大之進は、トントンと二、三度足踏みをして、歩固めをしながら
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おいら同じ雪駄せったをはくにしても、ただはくんじゃねえやい。へえ、おはきもの! おぞうり、雪駄、お次は駕籠かごとござい……
侍は年のころ四十前後で、生平きびら帷子かたびらに、同じ麻を鼠に染めたっ裂き羽織をきて、夏袴をつけて雪駄せったをはいている。その人品も卑しくない。
半七捕物帳:41 一つ目小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「芝になりたや箱根の芝に、諸国諸大名の敷き芝に、ノンノコセイセイ」「コチャエ、コチャエは今はやる、わかしゅが、提灯ちょうちん雪駄せったでうとてゆく」
私の母 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
と丁寧にお武家が家内にも挨拶をして落着き払って、チャラリ/\雪駄せったを穿いて後影うしろかげを木戸の処を曲るまで見送って
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その時は和尚さんもうかれ心になって雪駄せったを買って、チャラチャラ音をさせて、明るいにぎやかな春の町を歩いたという。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
雪駄せったも広く用いられた。上物は表二枚乃至ないし三枚重ね、安物は一枚表、日が当るとそっくり返って焼きざましのするめみたい。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
平馬の雪駄せったの響きが耳にはいったらしく、がたりと、立てつけの悪い、開けたての音がして、ぬっと顔を出した親爺——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
籠の中に数多あまた雪駄せったを入れたところ、言葉つきの卑下しているところや、態度のオドオドしているところなどを見れば、一見してこれは雪駄直しか
男の後姿が夜の街に見えなくなり、雪駄せったの足音が消えてから、われに返った。思わず、一つ、巨大なためいきが出た。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
頬冠ほおかむりに唐桟とうざん半纏はんてんを引っ掛け、綺麗きれいみがいた素足へ爪紅つまべにをさして雪駄せった穿くこともあった。金縁の色眼鏡に二重廻にじゅうまわしのえりを立てて出ることもあった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
公役見送りの帰りとあって、妻籠と馬籠の宿役人はいずれもはかま雪駄せったばきの軽い姿になった。半蔵の脱いだ肩衣かたぎぬ風呂敷包ふろしきづつみにして佐吉の背中にあった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
穢多に革細工これたとえば革細工かわざいくだから穢多えたにさせるとうと同じ事で、マア御同前ごどうぜん雪駄せった直しを見たような者だ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
雪駄せったの鉄を人通り繁き所の石垣のすき間へ、人の見しらぬようにかたく狭みおけば、必ずその験ありという。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
蟋蟀きりぎりすのように、カサリと、草の中にかがみ込んで見ていると、静かに、雪駄せったる足音が近づいて来る。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丸万はヨオラン(洋服)のズボンの下に、ヨオゲソ(靴)でなく、「煎餅せんべい」(雪駄せった)をつっかけていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
土間で雪駄せったをぬぐと、畳ざわりも荒々しく上って来て、焼腹やけばらに羽織の裾をまくって、炉端へ坐りこむ。
顎十郎捕物帳:05 ねずみ (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
うちへ帰ってみると、うす暗い玄関の沓脱くつぬぎの上に、見慣れたばら緒の雪駄せったが一足のっている。馬琴はそれを見ると、すぐにその客ののっぺりした顔が、眼に浮んだ。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
びんのほつれ毛青褪あおざめた頬を撫で、梨花一枝りかいっし雨を帯びたる風情ふぜいにて、汽車をでて、婿君に手を引かれて歩く足さえはかどらず、雪駄せったばかりはチャラチャラと勇ましけれど
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それにちげえねえやな。でえいち、ほかにあんなにおいをさせる家業かぎょうが、あるはずはなかろうじゃねえか。雪駄せったかわを、なべるんだ。やわらかにして、はりとおりがよくなるようによ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「お庄ちゃんも、行ったり来たりするんだから、私の雪駄せったでも出してはいたらどうだね。」病人はくっつけたようにお愛想を言った。「私は癒ればまた買いますわね。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
痩せ形の背の高い男で、いつもよく雪駄せったをはいていた。眉が濃く短く、光りの鈍い円みを帯びた眼には何処か低能らしい趣きがあったが、高い鼻と小さな口とは上品だった。
微笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
仙台平せんだいひらをずるずる地びたへ引きずって白足袋しろたび鼠緒ねずお雪駄せったをかすかに出した三十恰好がっこうの男だ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
虎松は雪駄せったを帯の間に挿むと、足袋跣足たびはだしのまま、下町の方へドンドン駈け下りていった。
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
若殿は羽織を着て、大小を差し直し、雪駄せった穿いて、扇子で日をけながら茶店を出た。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
門を出ると、一人の風呂敷包みを持った五十くらいの女が、雪駄せったの歯につまった雪を、門柱の土台石にぶつけて、はずしていた。木之助を見ると女の人は、おや、となつかしそうにいった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
下駄げた雪駄せったに替えた。それに下足げそく預り所の設備があった。雨の降る日は下駄を上草履に替えた。少しも不便を感じなかった。しかし和服のものは極めて少なかった。現に極めて少ない。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「人間の心が蒸発してかすみになりそうな日だね」と言ったら、一けんばかりあとを雪駄せったを引きずりながら、大儀そうについて来た妻は、エヽと気のない返事をして無理に笑顔えがおをこしらえる。
どんぐり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
きれいな鼻緒の下駄や雪駄せった、それからそうしたところに必ずある大きな姿見に、これまたきまったように帯を結んだり化粧をしたりする派手な女を、一軒ごとに見過すのがつねであった。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
女煙術師の行ったほうとは、全く反対の方角へ、若い武士はゆるゆると方向を変えたが、雪駄せったの音を響かせて二足三足歩き出した。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長い橋の上には、雪駄せったの音もしないほどに夜露がしっとりと冷たく降りていた。林之助はそのしめった夜露を踏んで急ぎ足に橋を渡って行った。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たとえ中途で取殺されるまでも、おまいりをせずにくものかと、切歯はがみをして、下じめをしっかりとしめ直し、雪駄せったを脱いですたすたと登り掛けた。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
入口に真新しい雪駄せったがあったが、裏金を剥がして、表には泥足の跡が付いていた。足袋跣足たびはだしになって履いた証拠だ、女や中気病みの仕業じゃねえ。
すっぽり雪ずきん——、雪駄せったの音が江戸一のいきな音をたてながら、いよいよ二十一番てがらの道中にかかりました。
溝の傍に雪駄せったの切端しを見つけた時のように、手にした竹箸で女の身体を突ついてみた後、彼は籠を下ろして犬のようにしばらくそこら中を嗅ぎ廻った。
十円の雪駄せったを素足で踏み、帷子かたびらに背当て尻当てをするのを恥辱とした、彼等の気前はどこにあるであろう。
半年あまりったる夜、岸がんはじかに「松の家」へあらわれた。あのガスをひるすてきな音も聞えなかったし、着物姿で、素足に古びた雪駄せったをはいていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
短い羽織にはかまをつけ、それに白足袋しろたび雪駄せったばきで、懐中にはいっぱいに書物をねじ込みながら橋を渡って行く人は、一日の勤めを終わった役所帰りの半蔵である。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
蠣殻町かきがらちょうの浅野の屋敷のまえを通り、川っぷちをつたいながら弥太堀の近くまで行くと、蔵屋敷くらやしきのならびの大黒堂の横手に、五十ばかりの汚い布子を着た雪駄せった直しが
千種ちぐさ股引ももひきすきのない商人風で固めた上に、羽織とも、合羽かっぱともつかないあつしのつつっぽを着込んで雪駄せったばき——やがて風呂敷をかかえ込んで、お絹に案内され
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
冗談じょうだんじゃない。そんななまやさしいもんじゃありゃァしない。おなべ火鉢ひばちへかけて、雪駄せったかわてるんだよ。いまもうちで、絵師えしなんてみは、大嘘おおうそだってはなしを。……
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
目元きりゝっとして少し癇癪持かんしゃくもちと見え、びんの毛をぐうっと吊り上げて結わせ、立派なお羽織に結構なおはかまを着け、雪駄せった穿いて前に立ち、背後うしろ浅葱あさぎ法被はっぴ梵天帯ぼんてんおびを締め
「眼にはさやかに見えねどもと古歌にも申す通り、風の音にぞ驚かれぬるで御座います。」といいながら種員は懐中ふところ手拭てぬぐいを出して雪駄せったばきのすそを払い濡縁の上に腰をおろしたが
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
荒いしまの着物をぞろりと着流して、博多はかたの帯をわざと下の方へめたその色男は、素足に雪駄せった穿いているので、歩くたびにちゃらちゃらいう不愉快な音を岡本の耳に響かせた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)