這入はい)” の例文
ところが私と一緒に働いているここの職人の軽部は私がこの家の仕事の秘密を盗みに這入はいって来たどこかの間者だと思い込んだのだ。
機械 (新字新仮名) / 横光利一(著)
大学を辞して朝日新聞に這入はいったらう人が皆驚いた顔をして居る。中には何故なぜだと聞くものがある。大決断だとめるものがある。
入社の辞 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが学校の門を這入はいる頃から、足が土地へつかぬようになって、自分の室に帰って来た時は最早酔がまわって苦しくてたまらぬ。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
其所そこは栃木県下の発光路ほっこうじという処です。鹿沼かぬまから三、四里奥へ這入はいり込んだ処で、段々と爪先つまさき上がりになった一つの山村であります。
可笑おかしかったのは、花時はなどき向島むこうじま高櫓たかやぐらを組んで、墨田の花を一目に見せようという計画でしたが、これは余り人が這入はいりませんでした。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
祖母は戸外から這入はいってきて、あまりにも口やかましい祖父に、不機嫌な視線を投げかけた。併し、祖父はそれどころではなかった。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
見ている自分が「その絵の中に這入はいって行ける」ような絵はあるまいか。こう思った時に私は「上井草かみいぐさ附近」という絵を想い出した。
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
不図ふとそんなことを考えて硝子屋の前に立ったが、どの正札も高い。やけくそで、ぴょんぴょんと片脚で溝を飛んで煙草屋へ這入はいると
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
遙か下の方からは、うざうざするほど繁り合った濶葉樹林かつようじゅりんに風の這入はいる音のほかに、シリベシ河のかすかな水の音だけが聞こえていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
先ず彎曲わんきょくした屋根を戴き、装飾の多い扉の左右に威嚇的いかくてきの偶像を安置した門を這入はいると真直な敷石道が第二の門の階段に達している。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
八畳の間で、庭の新緑に眼をりながら四人が一と息入れているところへ、未亡人が挨拶旁〻あいさつかたがた嫁や孫たちを引き合せに這入はいって来た。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……しばらくしてから「次郎! 次郎!」と呼びながら、一人の、ずっと大きな、見知らない男の子が庭へ這入はいって来るのを私は見た。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
お勢は近属ちかごろ早朝より駿河台辺するがだいへんへ英語の稽古けいこに参るようになッたことゆえ、さては今日ももう出かけたのかと恐々おそるおそる座舗ざしき這入はいッて来る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
政宗謀叛むほんとは初めより覚悟してこそ若松を出たれ、と云った主人が、政宗に招かれてにじり上りから其茶室へ這入はいろうというのである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、私はよく勝手を知っていたので、庭の目隠しの下から手を差し込んで木戸きどかぎを外し、便所の手洗鉢てあらいばちわきから家の中に這入はいった。
やがて往来に添って建ち並んで居るかやの家の土蔵の尽きた処から曲って這入はいる横道へ、威勢よく人力車に隠れて仕舞うのである。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私達はなか這入はいりました。小屋の中には上品なとし寄りの土人が居りましたが、私達を見ると立ち上り、機嫌よく迎えてくれました。
金子かねを沢山懐中ふところに入れて芝居を観ようと思って行っても、爪も立たないほどの大入おおいりで、這入はいどころがなければ観る事は出来ませぬ。
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
小学校を卒業すれば引続いて中学校へ這入はいるのだから、むしろ十銭どころではない、なお学費を要する。マイナスくらいなものである。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あの少し前、彼女は土蔵へ行って荷物を整理しようかと思っていたのだが、もし土蔵に這入はいっていたら、恐らく助からなかっただろう。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
これから本論に這入はいって向象賢や蔡温や宜湾朝保がこの間に処していかに考えまたはたらいたかということをお話いたそうと存じます。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
人工蜃気楼の障壁を這入はいると、其処に、忽然と繰展くりひろげられたのは、言葉通り百花繚乱と咲き乱れた花園のような『日章島』だった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「お父さんな、まだ帰らんのか。」と浅七は外から這入はいって来た。家の中は暗かった。囲炉裏いろりの中には蚊遣かやりの青葉松がいぶって居た。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
きっとなりてばたばたと内に這入はいり、金包みを官左衛門に打ち附けんとして心附き、坐り直して叮寧ていねいに返す処いづれももっともの仕打なり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
町はずれの町長のうちでは、まだ門火かどびを燃していませんでした。その水松樹いちいかきかこまれた、くらにわさきにみんな這入はいって行きました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
戸を叩くと、直ぐに中から開いて、黄色い光が雪の上に流れた。みんながはいったので、私も低い入口から背をこごめて這入はいった。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
併しやっぱりボヤッとした無表情な顔で、クルリとうしろ向きになると、そのまま大急ぎで向うの路地へ這入はいって行ってしまいました。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
誰の部屋へでも這入はいり込んで行く。この部屋まで這入って来る。何か食べる物でも置いてやらないと、そこいら中あの犬が狩りからかす
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御用部屋へ這入はいって、内匠頭は、すぐ式服を着替えた。もし、大紋の用意をして来なかったら——と思うと、冷たい汗がにじみ出る。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぞ、なかなか面白いが、今朝けさも何か、そんなニュースが這入はいったらしい。吾輩は頭のフケを狂人きちがいのように掻きまわしながら起上った。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
遅い朝を、もう余程、今日の為事しごと這入はいったらしい木の道の者たちが、骨組みばかりの家の中で、立ちはたらいて居るのが見える。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
どんなに深く這入はいつたものでも固いものでも生命がなくなれば駄目ですし、相当の労力と時間を費せば掘り出すことも出来ます。
青山菊栄様へ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
かう思つて、わたしはすぐそばにある小さい珈琲店カフェー硝子戸がらすどをあけて這入はいつた。場合が場合であるから、どんなうちでもかまはない。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
こんどは格子戸に隠れるようにしている妹の人にも、「お這入はいりなすって——。」と、初めて会った妻は、くれぐれも乳のことを頼んだ。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
隊長、小頭の四人と配下の十六人とは、まだ夜の明けるに間があるから、一寐入ひとねいりして起きようと云うので、快よく別れて寝床に這入はいった。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その花の一つの中にぶんぶんうなりながら這入はいって行った、その時、その椿の赤い花は、ぼたりと地上に落ちたというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
程なく彼誰時かわたれときの薄明りが、忍びやかに部屋の窓から這入はいって来た。このあかつきの近づいて来るかすかなしるしが、女のためにはひどくうれしかった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
『それぢや、はなしにならないわ』とあいちやんは自棄やけになつて、『なんて、愚物ばかなんだらう!』とひながら、けたなか這入はいりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
最初に兄が一家を構えたのは根岸最寄もよりで上野御隠殿下ごいんでんしたの線路のすぐそばの新築の家でした。上野の坂下の方から曲り曲って這入はいるのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
例えば江戸市中の何処どこの所に掘割ほりわりをして通船かよいせん運上うんじょうを取るがよろしいと云う者もあり、又あるい新川しんかわ這入はいる酒に税を課したらかろうとか
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
農村の青年たちは、鍬や鎌を捨て、窮乏と過労の底にある家に、老人と、幼い弟や妹を残して、兵営の中へ這入はいって行かなければならない。
「しかし、たとえば、留置場か、棺桶のふたのような気がする。いや、待てよ。留置場や棺桶は、自分で這入はいるものではないが」
記憶 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その時、はげしく扉が明け放たれた。そして濃い空色のショウルを自暴やけに手首に巻きつけたモデルのとみ子がつと這入はいつて来た。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
あの村のマルタの妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たして在る石膏せっこうの壺をかかえて饗宴の室にこっそり這入はいって来て、だしぬけに
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
素通すどほりもなるまいとてずつと這入はいるに、たちま廊下らうかにばた/\といふあしおと、ねへさんお銚子てうしこゑをかければ、おさかななにをとこたふ。
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
女の人は三郎次を連れて半町ばかりも歩いたかと思うと、立派な家の中に這入はいりました。三郎次もあとから続いて這入りました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
薪が売れてしまえばそれで居酒屋へ這入はいってコップをぐっと引っかけておさまり込んでしまう、一日それ以上の仕事も以下の仕事もしない
しかもこの八尺の怪物が入口から這入はいってきたのでないとすると、まるで煙のようにこの部屋に忍びこんだということになる。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ハバトフはそのあいだ何故なにゆえもくしたまま、さッさと六号室ごうしつ這入はいってったが、ニキタはれいとお雑具がらくたつかうえから起上おきあがって、彼等かれられいをする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ところがこの法林道場の中へ這入はいるとそれが一人一人みながやるんです。そうして上級下級に論なく老僧が小僧と問答するという有様です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)