はや)” の例文
鯨の屍骸は、狂おしくはやい潮流に乗って、矢のように走り出したのだ。しかも、その方向は、はるか彼方かなたに浮ぶ氷山を目指している。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
智深は洒落しゃれのつもりらしい。だが彼はがっかりした。気がついてみると、あたりのチンピラは、烏の群れよりはやく、逃げ散っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はやきようにても女の足のおくれがちにて、途中は左右の腰縄こしなわに引きられつつ、かろうじて波止場はとばに到り、それより船に移し入れらる。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
下界に風が出ているわけでもないのに、いつ湧いたのか雲が時々月の面を掠め、雲がはやいので月の方が動いて行くように見える。
杉垣 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
横ぎりて六時發横川行の滊車に乘らんと急ぎしに冗口むだぐちといふ魔がさして停車塲ステーシヨンへ着く此時おそく彼時かのときはやく滊笛一聲上野の森にけぶり
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
急激に空気が抜けてゆくはやい通風の中にいては、いまのあなたには荒い風当りになりますと、細かい注意までしてくれていたが
これはいけない。これは最早もはやたすからない。しかし、今日こんにちまでの経過は、こうはやく迫って来べきでないが、何か、どうかしたのではないか。
その男の身体からだはまるで宙にあるので、竜之助はそのはやさにもまた気を抜かれて、追いかけることをも忘れてしまったほどでした。
はやきこと風の如きものの後には動かざること巖の如きものを、靜なること林の如きものの後には波瀾幾千丈といつた風のものを配するとか
若者一人兎となってまず出立し道中諸処に何か落し置くを跡の数人猟犬となってこれを追踪ついそう捕獲するので一同短毛褐ジャージーを着はやく走るに便にす
元はただ単に成長のはやい植物、どこ迄伸びて行くか知れないものの興味が、偶然に空想の上に出現して、後久しく消え残っていたのである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
『あれ、むかうのみねかすめて、しろい、おおきな竜神りゅうじんさんが、にもとまらぬはやさでよこんでかれる……あのすごいろ……。』
っかさんにてこれも敏捷すばやい!……折から、店口の菊花の周囲まわりへ七八人、人立ちのしたのをちらりとすかすとともに、雪代がはやくも見てとった。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、かの橋下の瀬のはやい事が話の起因おこりで、吉野にむかつてしきりに水泳に行く事を慫慂すすめた。昌作の吉野に対する尊敬が此時からまた加つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
◯わが日は駅使はゆまづかい早馬使はやうまづかい、駅丁)よりもはやく、いたずらに過ぎ去りて福祉さいわいを見ず、その走ること葦船あしぶねの如く、物をつかまんとて飛びかけるわしの如し
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
私は一冊の手帳を求め、平生へいせいこれを懐中かいちゅうして居るようにした。そうすると霊気が浸潤しんじゅんして、筆の運びがはやいからである。
汽車がレールの上を非常にはやい速力で走つてゐる時には空気は激しい移動をしてゐる。けれどもそれは止つてゐる時よりは雷に打たれ易いと云ふ事はない。
そして、厳しく自分を叱責しっせきする眼付きで端座し、間髪を入れぬはやさで再び静まりを逆転させた。見ていて梶は、鮮かな高田の手腕に必死の作業があったと思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
成に子供があって九歳になっていた。父親のいないのを見て、そっと盆をのけた。虫はぴょんぴょんと飛びだした。子供は驚いてとらえようとしたがはやくて捉えられない。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
折柄風は追手おってになり波は無し、舟は矢のようにはやく湖の上をすべりましたから、間もなくおかは見えなくなって、正午ひる頃には最早十七八、丁度湖の真中程まで参りました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
そのしもに飛び飛びの岩、岩もまたかすけかりけり。冬はなほ幽けかりけり。あなあはれ、欅の枯木、行き行けば見る眼に聳え、滝落ちてかげりはやし。あなあはれ、山の端薄陽うすび
おしだまつて、ものにんじた時のながれが、目にみえぬはやさで、げてゆくだけである。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
赤い山躑躅やまつつじなどの咲いた、そのがけの下には、はやい水の瀬が、ごろごろ転がっている石や岩に砕けて、水沫しぶきちらしながら流れていた。危い丸木橋が両側の巌鼻いわはな架渡かけわたされてあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黄袗くわうしんは古びてあかく、四合目辺にたなびく一朶いちだの雲は、垂氷たるひの如く倒懸たうけんして満山をやす、別に風よりはやき雲あり、大虚をわたりて、不二より高きこと百尺ばかりなるところより、これかざ
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
初めよりも更にはやい速度でそこを駈け出して、自分の赤ランプでトンネルの入り口の赤い灯のまわりを見まわしたのち、その赤い灯の鉄梯子をつたって、頂上の展望台に登りました。
日頃いだいていた成り上りの支配者に対する冷笑が、見えないほどはやく通りぬけた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
希臘ギリシア商人が自転車で忙がしく商取引所方面に疾走し出すころ、マダム・レムブルグが瀝青れきせいの浮いた黒襦子くろじゅすの着物をつけて朝のミルクのなかで接吻をすると、海峡を船脚はやく航行する汽艇
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
けれどもはやい。ここに消えたかと思ふと、思はぬ軒先のきさきにひらめいてゐる。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
一首の意は、妻の死を悲しんで、わが涙の未だ乾かぬうちに、妻が生前喜んで見た庭前のおうちの花も散ることであろう、というので、く歳月のはやきを歎じ、亡妻をおもう情の切なことをおもうのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
きに急いてくるし、日は恐ろしいほどはやくたっていく。
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
羽禽の中にいとはやき翼をもてる若鷹の
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
「あ、はやい、迅い、星……」
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
と、はやい跫音がみだれた。逃げ廻るひとりの井戸掘り人足を追って、七、八人の大工たちが、喧騒の中を喧騒して突き抜けて行った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実は、脱出ぶりのはやいのを鼻にかけて、ここへ避難して来てはみたものの、何者に追われて来たかと聞かれると手持無沙汰です。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは実にその伝播のはやさといっては恐ろしい位のもの、一種の群衆心理と申すか、世間はこのうわさで持ち切り、人心恟々きょうきょうの体でありました。
一つの姿すがたから姿すがたうつかわることのはやさは、到底とうていつくけの肉体にくたいつつまれた、地上ちじょう人間にんげん想像そうぞうかぎりではございませぬ。
朝野僉載ちょうやせんさい』に、徳州刺史張訥之の馬、色白くてねりぎぬのごとし、年八十に余りて極めて肥健に、脚はやく確かだったとある。
変ることにはやく、形を消すに早い夕雲は間もなく鼠色ねずみいろのひと色にとざされてしまった。だが、まだ筒井は気のせいか庭戸から離れようとしなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
すこし勢がついて足がはやまると崖から屋根屋根をとび越してゆきそうな気がしたときのことを。不思議にこわくて、不思議にうれしかったときのことを。
『何とハア、此処ア瀬がはやえだで、小供等わらしやどにや危ねえもんせえ。去年もハア……』と、暢気に喋り立てる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
降りしきったのが小留おやみをした、春の雪だから、それほどの気色でも、れるとはやい。西空の根津一帯、藍染あいそめ川の上あたり、一筋の藍を引いた。池の水はまだ暗い。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
船が、急湍きゅうたんのような、烈しい潮流に乗って、目まぐるしいはやさで、一方向に急進しはじめたからだ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
揃った肋骨のはやい動きの中から一人を選ぶのは、むずかしかった。ことに日本人の観賞の眼も共に選ばれていることも、この博学なヨハンの太った笑いの底にひそんでいた。 
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
且つ一方にはしおはやい海を渡航して、今も親島の地に毎年の稲作を営み続けているのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
にぎやかなところばかりにいたお銀は、夜その下を通るたびに、歩をはやめる癖があったが、ある日暮れ方に、笹村にい出されるようにして、そこまで来て彷徨ぶらぶらしていたこともあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ひでりつづきの時は、水がれて、洲があらわれるし、冬になれば、半分ほども水が落ちるというのに、今までの雨つづきで、水は、かさにかかって、蜥蜴とかげ色に光りながら、はやり切って流れている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
はずみでがぶりと水に沈み、はやい流れに押された。はるか川下でちらりと頭を見せた。そして、川づら一ぱいの凍氷がばりばりとこわれて行った。雪どけ水は八方からごうごうと流れ込んだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
けれどもはやい。ここに消えたかと思うと、思わぬ軒先きにひらめいている。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうした魂には、汚染の分子が少いから、従って進歩がはやい。
にひばり筑波をくだりあはれあはれケーブルカーの索条はや
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)