衣兜かくし)” の例文
「どうも文字もじのようですな。」と、巡査がみかえると、忠一は黙って首肯うなずいたが、やが衣兜かくしから手帳を把出とりだして、一々これを写し始めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
嵩張つた包みが二人の間から取れて、輕い紙幣が女のコートの衣兜かくしに殘つたといふ事が、二人を浮世の人間並みらしい感じに戻らせた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
旅客は洋杖ステッキを持った手を拡げて、案外、とみまもったが、露に濡れたら清めてやろう、と心で支度をするていに、片手を衣兜かくしに、手巾ハンケチを。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
謙作は煙草を飲もうと思って衣兜かくしに手をやった。煙草は無くなって内には敷島しきしまの袋ばかり残っていた。彼はしかたなしにじっとしていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼女は指を開いたまゝでおづ/\それ等を受けたが、それ等を入れるべき衣兜かくしがちやうど搜り當てられないので、またそれを片々の手に持ち更へた。
彼は外套オバコオト衣兜かくしより一袋のボンボンを取出とりいだして火燵こたつの上に置けば、余力はずみに袋の口はゆるみて、紅白の玉は珊々さらさら乱出みだれいでぬ。こは宮の最も好める菓子なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「いずれ小崎さん一人の責任というんでもござんすまい。」爺さんは、小倉の洋服の衣兜かくしからたばこを出して吸いながら、いつまでもそこを動かなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
諸君よ、わが持てる限の物をば、悉く贈るべし、されどおん身等をかしむるに足らざるこそ氣の毒なれと答へて、われは進寄りつゝ、手を我衣兜かくしにさしみたり。
紳士は外套の内衣兜かくしから、ゆっくり名刺入れを取り出した。一揖すると名刺を出した。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
衣物の襞、さては外套の衣兜かくし、至る処手を尽して探した。けれど見つからない。
頸飾り (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
『△△さんの靴は初めて見た、』と暢気な観察をする小僮こどももあった。黒い髯で通る○○は露助然たる駱駝帽を被って薄荷パイプを横啣よこぐわえの外套の衣兜かくしに両手を突込みの不得要領な顔をしていた。
衣兜かくしじゃ駄目だ
横顔 (新字新仮名) / 上田進(著)
と、すぐその障子の影へ入れる、とすぐ靴の紐をかがっていた洋装のが、ガチリと釣銭を衣兜かくし掴込つかみこんで、がっしりした洋傘こうもりいて出て行く。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
市郎は衣兜かくし紙入かみいれから紙幣を探り出して、黙って男の手に渡すと、彼は鳥渡ちょっと頂いてすぐに我が洋袴ずぼん衣兜かくし捻込ねじこんでしまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その男は酒に酔うと浮かれてうたなどうたい出した。そして帰りがけに、衣兜かくしから名刺を取り出して、お庄にくれた。名刺には高等洋服店何某なんのなにがしと記してあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
正義はそのうちに上衣うわぎの内衣兜かくしから蟇口がまぐちを出して、中から紙幣を出して六枚数えて卓の上に置いた。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
耳にしながら看護員は、事もなげに手に取りて、海野がことばの途切れざるに、敵より得たる感謝状は早くも衣兜かくしに納まりぬ。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丸山は衣兜かくしからピストルを取出して表へ駈け出した。高谷君も用意のピストルをとって、つづいて駈け出した。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
謙作はい気もちになって衣兜かくしから敷島しきしまの袋を出し、その中から一本抜いて火をけ、それをゆっくりと吸いながら、やるともなしにぼろぼろの洋服の男に眼をやった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「僕はここの家の人に紹介してもらおう、そしてお庄ちゃんのことも頼んで行きたいと思うが悪いかね。」磯野は衣兜かくしのなかから、帳場へおく祝儀などを取り出して、お庄の前におきながら言った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
耳にしながら看護員は、事もなげに手に取りて、海野がことばの途切れざるに、敵より得たる感謝状は早くも衣兜かくしに納まりぬ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
熱いのと痛いのとで眼がくらんだ重蔵は、衣兜かくしから把出とりだした洋刃ないふを閃かして、矢庭やにわに敵の咽喉のど一抉ひとえぐりにした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、正義は衣兜かくしからろうマッチをだして、火をけるなりその書類のはしに点けた。書類はめらめらと燃えた。正義はその燃えさしを傍の火鉢ひばちの中に入れて夫人の顔を見た。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして——たしかあずかる、決して迂散うさんなものでない——と云つて、ちゃんと、衣兜かくしから名刺を出してくれました。奥様は、面白いね——とおつしやいました。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼はちょと立ち止まってステッキを左脇ひだりわきはさみ、衣兜かくしに入れた煙草の袋から一本抜いて口にくわえ、それからマッチをだして火を点けながら燃えさしのマッチの棒を地べたに捨て
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
衣兜かくしから万年筆を取り出して書きはじめると、あたかもそれを覗き込むように、冷たい霧は黙ってすうと近寄って来て、わたしの足から膝へ、膝から胸へと、だんだんに這い上がって来ます。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
衣兜かくしを探りて、金光燦燗さんらんたる時計を出だし、うやうやしく隻手かたてに捧げてはるかに新開地に向い、いやしあざけるごとき音調にて
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして——たしかに預る、決して迂散うさんなものでない——と云って、ちゃんと、衣兜かくしから名刺を出してくれました。奥様は、面白いね——とおっしゃいました。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なぜというに、咄嗟とっさ拳銃ピストルを引出すのは、最新流行の服の衣兜かくしで、これを扱うものは、世界的の名探偵か、兇賊きょうぞくかでなければならないようだからである。
鮟鱇は腹をぶくぶくさして、肩をゆすったが、衣兜かくしから名刺を出して、ざるのなかへまっすぐにうやうやしく置いて
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鮟鱇あんかうはらをぶく/\さして、かたをゆすつたが、衣兜かくしから名刺めいしして、ざるのなかへまつすぐにうやうやしくいて
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
紳士 かしらを着けろ、かぶれ。俺の前を烏のように躍ってけ、——飛べ。邸を横行する黒いもののかたしかと見覚えておかねばならん。躍れ。衣兜かくしには短銃ピストルがあるぞ。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紳士 かしらを着けろ、かぶれ。俺の前を烏のやうにおどつて行け、——飛べ。やしきを横行する黒いもののかたしかと見覚えて置かねばならん。躍れ。衣兜かくしには短銃ピストルがあるぞ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
で、衣兜かくしから手巾ハンケチを出して、きにかかったが、蝙蝠傘こうもりがさを片手に持っていたから手を空けようとして咽喉のどと肩のあいだへ柄を挟んで、うつむいて、たまぬぐいかけた。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、衣兜かくしから半拭はんかちして、きにかゝつたが、蝙蝠傘かうもりがさ片手かたてつてたからけやうとして咽喉のどかたのあひだへはさんで、うつむいて、たまぬぐひかけた。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
きぬしまも見えて森閑と眠っている姿を覗くがごとくにして、立戻って、再三衣桁にかけた上衣の衣兜かくし
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と脱兎のごとく、かねて計っていたように、この時ひょいと立つと、肩を斜めに、衣兜かくしに片手を突込んだまま、急々つかつかと床の間に立向うて、早や手が掛った、花の矢車。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おそわれたるごとく四辺あたりみまわし、あわただしくの包をひらく、衣兜かくしのマッチを探り、枯草に火を点ず。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
書斎にものあり、衣兜かくしるるを忘れたりとて既に玄関まででたる身の、一人書斎に引返しつ。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おそはれたる如く四辺あたりみまはし、あわただしくつつみをひらく、衣兜かくしのマツチを探り、枯草かれくさに火を点ず。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「それで、」と言懸けて、衣兜かくしうずだかく、挟んでおく、手巾ハンケチの白いので口のあたりをちょいといた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その段は大出来だったが、時に衣兜かくしから燐寸マッチを出して、鼻の先で吸つけて、ふっと煙を吐いたが早いか、矢のごとく飛んで来たボオイは、小火ぼやを見附けたほどの騒ぎ方で
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
剰金つりを出す用意をしているもののよう、規則正しく返したのに、銀一ツ添えて金之助はここに長座を償ったが、断るまでもなく、ボオイはこれを別の衣兜かくしれたのである。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御者は書巻を腹掛けの衣兜かくしに収め、革紐かわひもけたる竹根のむちりて、しずかに手綱をさばきつつ身構うるとき、一りょうの人力車ありて南より来たり、疾風のごとく馬車のかたわらをかすめて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時に出口の板戸を背にして、木像の如く突立ちたるまま両手を衣兜かくしにぬくめつつ、身動きもせで煙草たばこをのみたるの真黒なる人物は、靴音高く歩を転じて、かれらを室外にいだしやりたり。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「それには及ばんですよ、ええ、何の、御新姐ごしんぞ。」と面啖めんくらって我知らず口走って、ニコチンの毒を説く時のような真面目まじめな態度になって、衣兜かくしに手を突込つっこんで、肩をもそもそとゆすって
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といって、無造作にひじを張って、左の胸に高く取った衣兜かくしの中へ手を入れた。——
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうすりゃ、」と杉は勢込み、突然いきなり上着の衣兜かくしの口を、しっかりとつかまえて
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時に出口の板戸を背にして、木像のごとく突立つったちたるまま両手を衣兜かくしにぬくめつつ、身動きもせで煙草をのみたるかの真黒まっくろなる人物は、靴音高く歩を転じて、渠等を室外にいだしやりたり。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
駅員えきゐん一人ひとりは、帽子ばうしとゝもに、くろ頸窪ぼんのくぼばかりだが、むかふにて、此方こつち横顔よこがほせたはうは、衣兜かくし両手りやうてれたなり、ほそめ、くちけた、こゑはしないで、あゝ、わらつてるとおもふのが
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)