草叢くさむら)” の例文
と、ふとしたおりに、彼はその大きな柳の樹の根元の草叢くさむらの中に雲雀ひばりの巣を見つけ出したのであった。彼は躍り上るようにして喜んだ。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
それでも、このところ、この道は決して気味のよいものではありませんでした——草叢くさむらでガサと音がする、木の間でバサと音がする。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
日頃の本望も遂げむことは難く、我がやりも太刀も草叢くさむらに埋もるるばかり、それが無念さの不覚そぞろの涙じゃ、今日より後は奥羽の押え
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丘は起伏して、ずっと彼方あちらの山にまで連なっていた。丘には処々草叢くさむらがあり、灌木の群があり、小石を一箇所へ寄せ集めたうずたかがあった。
雪のシベリア (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
半町ばかり先に、ほたるほどの赤い火が見えだした。七は、煙草をすいながら戸狩の若者七人ばかりと一緒に、草叢くさむらに腰をすえこんでいた。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『鷺太郎君。ここでまっていてくれたまえ、私と春生君とが、ゆうべの二人のように草叢くさむらの中にはいって、私が消えてしまうから——』
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
草叢くさむらにいる蛍の灯はまるで真木島まきしま炬火かがりびではないかと思われるばかりに沢山谷間に輝いていて私の淋しい心を慰めてくれるし
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
その辺はりゅうひげなぞの深い草叢くさむらをなして、青い中に点々とした濃い緑が一層あたりを憂鬱ゆううつなくらいに見せているところである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
八五郎の話を空耳そらみゝに聽いて、平次は塀外の松の木を中心に、その邊りの藪と草叢くさむらと、下水の中心を熱心に搜してゐるのです。
宇治をとらえる感じは別のものであった。その感じを胸に探りながら、彼は一歩一歩靴先を草叢くさむらに入れた。蔓草つるくさが足にからんで歩き難かった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
僕は耳飾から落ちた石が、もしや吸血鬼の潜んでいた草叢くさむらに落ちていないかと思って探したんだけれど、見付からなかった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、答えた時、月丸が、草叢くさむらの中へ、坐った。そして、刀を持ったまま、じっと、眼を閉じていた。涙が、頬へ流れていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
主従しゅじゅう何事なにごとがはじまったのかとおもっておもわずちかけますと、そのときすぐまえ草叢くさむらの中で、「こんこん。」とかなしそうにこえこえました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
水際には名も知れぬ雑草がはびこっていました。私達の靴音に驚いて、五六寸位の小蛇が草叢くさむらから逃げ出して、スルスルと堀割の中に飛び込みます。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
それが漸次ぜんじに地にひれ伏すうめきのように陰にこもり、太い遠吠とおぼえの底おもくうねる波となり、草叢くさむらを震わせる絶え絶えな哀音に変ったかと思うと
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
『酉陽雑俎』十六に、〈蛇に水草木土四種あり〉、水や草叢くさむらに棲む蛇は本邦にもあり。支那の両頭蛇(蜥蜴とかげの堕落したもの)などは土中に住む。
七面鳥の群れは、ゴロゴロきながら、彼のほうに首を伸ばしていた。そして、翼を抜かれた七面鳥は、草叢くさむらの中で息を引き取ろうとしていた。
りゅうひげのなかのいちはつの花の紫が、夕風に揺れ、二人のいる近くに一本立っている太い棕梠しゅろの木の影が、草叢くさむらの上にだんだん斜にかかって来た。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
時々草叢くさむらから兎が飛び出したり、山猫が唸り声をあげながら、一行の行く手を横切って、ノッソリと林へ入ったりした。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こしもあらはのとねりこよ、草叢くさむらからへた汚れた夢のやうだ。いのちの無い影のなかに咲きたいといふ狂氣きちがひ百合ゆりのやうでもある。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
また低い木立や草叢くさむらがある。暫く行くと道標のくいが立って居て、その側に居酒屋がある。その前に百姓が大勢居る。
お山の草叢くさむらから、黄腹、赤背の山鱗やまうろこどもを、綯交なえまぜに、三筋の処を走らせ、あの踊りの足許へ、茄子畑から、にょっにょっと、蹴出す白脛しらはぎからましょう。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
するとそれから、をつないであるアカシヤのしたまで来ると、とたんに、そばの草叢くさむらがガサガサっと動いた。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その草叢くさむらの中には、ところどころに小さい池や溝川どぶがわのようなものもあって、釣りなどをしている人も見えた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そうしてようやく「巨人の椅子」のふもとの方から近づいてくる人の足音が聞えたとき、彼は何を思ったのか自分でも分らずに、小径のそばの草叢くさむらの中に身をかくした。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
時には草一本ないところに出るかと思えば、時には深い草叢くさむらのところに出くわした。そんなところからは雉子きじが驚いては飛び立ったり、うさぎが跳び出したりした。
可愛い昔話の小鳥は、多くは伝説の森、草叢くさむらの中で巣立ちますが、同時に香りの高いいろいろの伝説の種子や花粉を、遠くまで運んでいるのもかれ等であります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
エキスパンダアをどけてやはり鑵の背後にないのをみると、否々いやいや、ひょッとしたら、あの道端みちばた草叢くさむらのかげかもしれないぞと、また周章あわてて、駆けおりてゆくのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
一度は東京の目白めじろのある田舎道で夜の八時過ぎだった、急にフラフラとやって来て暗い草叢くさむらの中へ倒れた、その時は或る気前のいい車屋さんに助けられたものだった
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
い茂ったやわらか草叢くさむらが、かすかな音をたてて足の下にしなっていった。はんのきの立木が半ば水に浸って、河の上に枝を垂れていた。はえが雲のように群れて飛び回っていた。
おりからはげしい疾風はやてさえつのって、みことのくぐりられた草叢くさむらほうへと、ぶがごとくにせてきます。その背後はいごは一たいふか沼沢さわで、何所どこへも退路にげみちはありませぬ。
審判席の草叢くさむらの中から、コスモスの花の中へジリジリと後退あとしざりをし初めたが、その肩に手をかけて、又野と同じ方向を見ていた三好も、すこし慌て気味で中腰になった。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
塔の九輪くりん頂上にそそり立つ水煙すいえんが、澄みわたった秋空にくっきり浮び上っている。蜻蛉とんぼのとびかう草叢くさむらみちをとおって、荒廃した北大門をくぐり、直ちに金堂へまいる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
磧の草叢くさむらは高く茂り上って、橋の腹にまでとどいて、水は涸れ込んでいた。鉄橋の方は殆んど岸もわからないほどの一面の草原になって、涼みかたわら歩く人も多かった。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ただ暖かい野の朝、雲雀ひばりが飛び立って鳴くように、冷たい草叢くさむらゆうべこおろぎが忍びやかに鳴く様に、ここへ来てハルロオと呼ぶのである。しかし木精の答えてくれるのがうれしい。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかしこういう場合に不愉快を感ずるというのは自分の忍辱心にんにくしんが乏しいからで、実に自分はまだ修行が届かぬと不愉快の念をいましめながらジーッと草叢くさむらの上へ座り込みました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その目的で、蟻共は、草の根の上の方がむき出しになる位に、草叢くさむらの下の土を移しはじめる。そのむき出しになつたところが、自然の骨組となつて、其の上へ建物を造るのだ。
草叢くさむらの中から声だけしきや聞えないの。あら、どつかでまた、酒巻さんの声がしてるわ。
桔梗の別れ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
草叢くさむらには虫の声がする。故郷の野で聞く虫の声とは似もつかぬ。この似つかぬことと広い野原とがなんとなくその胸を痛めた。一時とだえた追懐の情が流るるようにみなぎってきた。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
芳太郎は時々気狂きちがいの発作のように、お庄の手を引っ張って、明りの差さない草ッ原に連れ出した。足場の悪い草叢くさむらにはところどころに水溜りが、ちらちらと空明りに黒く光った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
犬狗いぬえのこのように草叢くさむら打棄うちすててありましたのを、ようやく御生前に懇意になされた禅僧のゆくりなくも通りすがった者がありまして、泣く泣くおん亡骸なきがらを取収め、陣屋の傍につくえを立て
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
ひっそりとして、あたりには草叢くさむらにすだく虫の声だけ、ただきこえるばかりです。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この子供が、そこの草叢くさむらの中にいたんです。家へ届けてやってほしいんですが?
夏の夜の冒険 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
暑中休暇の後であつたといふのは庭に射干ひあふぎ草叢くさむらがあつたので記憶して居る。
開業医 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
青いまろい体に銀光の斑点の付いている裸虫の止っているのも啼く虫と見えて、ぎょっとしたこと、其の時の小さな心臓の鼓動、かゝる空溝からどぶに生えている草叢くさむらにすら特有の臭い、其等は、今
感覚の回生 (新字新仮名) / 小川未明(著)
時ならぬ人の気配に驚いてか、山鳥が近くの草叢くさむらから飛出す。ハタハタと彼方に音するのは、鳩であろう。山毛欅ぶなの大木にから藤蔓ふじづる、それをあなたこなたと跳び走っているのは栗鼠りすである。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
此処は十勝で、つい川向うが釧路、創業当時の草舎も其の川向かわむかいにあって、今四男又一君が住んで居る。駅逓の前は直ぐ北見街道、其向うは草叢くさむらひらいて牛馬舎一棟、人の住むひく草舎くさやが一棟。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「クラテエグス」、野薔薇などの枝生ひ茂りて、重圈をなせる榻列たふれつの石級を覆へり。山のところどころには深き洞穴あり、石の穹窿あり。皆草叢くさむらおほはれて、迫り視るにあらでは知れ難かるべし。
草叢くさむらの緑とまぎれやすいその青は不思議な惑わしを持っている。
筧の話 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
私は露西亜領の虎杖の草叢くさむらにもはいって見た。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)