苛酷かこく)” の例文
高張提灯の薄暗い灯の下に、五六十人も押し重つた町内の人達も、あまりの苛酷かこく情景シーンに眼を反けて、非難の囁やきを波打たせます。
苛酷かこくな冬が来る、恐しい日は始ったのだ。——彼は身に降りかかるものに対して身構えるように、じっとかたくなな気持で畳の上に蹲っていた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
しかしそう考えてもなんだかキリストは厳酷にすぎる人のように思われた。その宗門はあまりに窮屈な、苛酷かこくなものに思われた。
殊に、他藩に預けになっている若い人々と、子息の主税の身を案じた。どんな苛酷かこくな扱いを受けているかという心配ではない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに師匠とたのむ馬翁というのは、学問はあるに違いないが、ひどく癖のある老僧で、美濃の荒れ馬と綽名あだなされるほど人当りが苛酷かこくだった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おそらくもっと困難な苛酷かこくな条件と彼らは闘ってきたのだ。あのゲルシュニを思え。そうだ、女でさえ単身、やってのけているのではないか。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
ことにフランスの音楽家らは、ドイツの音楽に関するクリストフの苛酷かこくな批判を、自分らになされた敬意ででもあるかのように感謝していた。
とりわけ自己を批判するに極めて苛酷かこくな人の癖として十目の見る処『浮雲』が文章としてもまた当時の諸作に一頭いっとうぬきんずるにもかかわらず
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして、若し運命がその政治家に苛酷かこくでなかったならば、彼は尨然ぼうぜんたる国家的若しくは世界的大事業なるものを完成する。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「つくづく年は取りたくないものだと思います。私はお婆さんに成りましても、苛酷かこくな心だけは持ちたくないと思います」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わたくしちちにはひど仕置しおきをされました。わたくしちち苛酷かこく官員かんいんであったのです。が、貴方あなたのことをもうしてましょうかな。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一個の木偶でくにすぎなかった私は、危険な人物となった。そして苛酷かこくが私を破滅さしたと同じく、その後寛容と親切とは私を救ってくれたのである。
浜役人は白並とは言わない。白浪といっているくらいだが、いくら厳しく取締ってもやめないので、いきおい法令も苛酷かこくにならざるをえなくなった。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私を厭がらせた皮肉も、嘗て私を吃驚びつくりさせた苛酷かこくさも、たゞもう美味な料理についたから藥味やくみのやうなものであつた。
仕事の上にます/\のしかぶさってくる苛酷かこくさというものが、みんな戦争から来ているということは知らなかった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ああはたして仁なりや、しかも一人のかれが残忍苛酷かこくにして、じょすべき老車夫を懲罰し、あわれむべき母と子を厳責したりし尽瘁じんすいを、讃歎さんたんするもの無きはいかん。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分は母の批評が満更まんざら当っていないとも思わなかった。けれども我肉身の子を可愛かわいがり過ぎるせいで、少し彼女の欠点を苛酷かこくに見ていはしまいかと疑った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
更にシェストフはこの「敵意ある屈従」を独鈷とっこにとって、さもチェーホフが唯物論の苛酷かこくな脅迫のうちに新型の「歯痛の快感」を見出していたかの如き印象を
乱を避けて山に入りあるいは地頭の苛酷かこくのがれようとする者の、最も不便とするところはこの点にあった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
自分らの解放せられた喜びを忘れて婦人の解放を押え、あまつさえ昔の五障三従ごしょうさんしょう七去説しちきょせつ縄目なわめよりも更に苛酷かこくな百種のなかれ主義を以て取締ろうというのは笑うべき事である。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
苛酷かこくな現実の前にたたかいの意力をさえ失い、へなへなと崩折れてしまい——自分が今までその上に立っていた知識なり信念なりが、少しも自分の血肉と溶け合っていない
(新字新仮名) / 島木健作(著)
雨が降らうとも、風が吹かうとも、神の意のまゝである。苛酷かこくなこの雨のなかに、この島の人達は素朴に生きて闘つてゐるのだ。雨に敗れては生きてはゐられないのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ばあやだけ残して抱え全部を懇意な待合の一室に外泊させ、お神も寝ずの番で看護を手伝うのだったが、苛酷かこくな一面には、派手で大業おおぎょう見栄みえっぱりもあり、箱丁はこやを八方へ走らせ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
同じような勤王事件に際して、これも将監武元に策して苛酷かこく辛辣しんらつな処置をとらせた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
顔には一種の苦笑にがわらいのような表情が現われている。この男は山椒大夫一家いっけのものの言いつけを、神の託宣を聴くように聴く。そこで随分情けない、苛酷かこくなことをもためらわずにする。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この苛酷かこくなる判決をけるために、げんたくみにしいろくせんとする者も、つとめてあらあらしくするふうがある。心の内と外の風采ふうさいと一致せぬことは、西洋よりも日本において最もはげしい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それが間もなく僕を苛酷かこくに扱い、精神病院に入れたり、揚句あげくの果は、僕を射殺しろとまですすめている。……なんという恐ろしい変り方だ。……僕にはサッパリ理解ができないことだった。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この苛酷かこくきわまる重税の表面を快楽みたいなものでくるんで人間を誘惑する。
最も早熟な一例 (新字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
しも、建築けんちく根本義こんぽんぎ解決かいけつされなければ、眞正しんせい建築けんちく出來できないならば、世間せけんほとんどすべての建築けんちくこと/″\眞正しんせい建築けんちくでないことになるが、實際じつさいおいてはかならずしもしか苛酷かこくなるものではない。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
背倫はいりんの行為とし、唾棄だきすべき事として秋毫しゅうごうゆるすなき従来の道徳を、無理であり、苛酷かこくであり、自然にそむくものと感じ、本来男女の関係は全く自由なものであるという原始的事実に論拠して
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
つつしんで筆鋒ひっぽうかんにして苛酷かこくの文字を用いず、もってその人の名誉を保護するのみか、実際においてもその智謀ちぼう忠勇ちゅうゆう功名こうみょうをばくまでもみとむる者なれども、およそ人生の行路こうろ富貴ふうきを取れば功名を失い
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私は自分の小さい時から失わずにいる甘美な人生へのかぎりない夢を、そういう人のこわがるような苛酷かこくなくらいの自然の中に、それをそっくりそのまま少しもそこなわずに生かして見たかったのだ。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
男をらすことに特別な興味を抱く侍従の君が、再び前と同じような、或は前よりも何層倍か苛酷かこくな試練を平中に課したであろうことを、そして平中が、今度は実に辛抱強く一つ/\の試練に堪えて
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
與吉よきちいつもにない苛酷かこくあつかひにおどろいてまだねむみはつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
哀れた忠義者は、苛酷かこくな運命と強い意志とに引摺ひきずられ乍ら、こんな異常な樂しみに、僅か自分の生活を見出して居たのでせう。
この頃ではこの議を随分ずいぶん自分から提唱ていしょうして、乱れぬ程度でこの女のみにいられた苛酷かこく起居ききょから解放されて居るには居ます。思い出しました。
女性の不平とよろこび (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僕の言うことを馬鹿にするのか。なあに、金持ちに人生がわかってるものか。苛酷かこくな現実に密接な交渉をもってるものか。
その比例でゆけば、堺にいい渡された二万貫は、その富力から見ても、決して苛酷かこくでも、難題でもなかったのである。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼のは——「我の後に來らん者は何人なりとも、己れを否みてその十字架を取り、我につゞけ」と云つた基督キリストの爲めにのみく使徒の苛酷かこくさである。
わたくしちゝにはひど仕置しおきをされました。わたくしちゝ苛酷かこく官員くわんゐんつたのです。が、貴方あなたことまをしてませうかな。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
とくに父からはむしろ苛酷かこくに取扱かわれたという記憶がまだ私の頭に残っている。それだのに浅草から牛込へ移された当時の私は、なぜか非常にうれしかった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
軍隊の後方における略奪者の多寡たかはその司令官の苛酷かこくに反比例することは、人の見たところである。オーシュおよびマルソー両将軍には少しも遅留兵がなかった。
そこへ行けば更にもっと、きびしいむち苛酷かこくな運命が待ち構えているかもしれない。だが、殆ど受刑者のような気持で、これからは生きているばかりなのだろうと思った。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
叔父とか姪とかの普通の人情、普通の道徳の見地から、ややもすれば冷い苛酷かこくな眼を向けようとするものに対して、彼の執ろうとする道は小さな反抗心を捨てるにあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
或会社の技師をしている工学士某氏の妻が自分に対する苛酷かこくを極めた処置に堪えかねて姑を刺したという故殺こさつ未遂犯が近頃公判に附せられたので、その事件の真相が諸新聞に現れた。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
立膝たてひざ煙管きせるくわえながら盛り方が無作法だとか、三杯目にはもういい加減にしておきなさいとか、慳貪けんどんはずかしめるのもいやだったが、病気した時の苛酷かこくな扱い方はことに非人間的であり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あまり職掌を重んじて、苛酷かこくだ、思いりがなさすぎると、評判のわろいのに頓着とんじゃくなく、すべ一本でも見免みのがさない、アノ邪慳じゃけん非道なところが、ばかにおれは気に入ってる。まず八円の価値ねうちはあるな。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苛酷かこくに過ぎるようでございますなあ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まんじりともせずに聴いていてくれたのであるおよそかくのごとき逸話いつわは枚挙にいとまなくあえて浄瑠璃の太夫や人形使いに限ったことではない生田いくた流の琴や三味線の伝授においても同様であったそれにこの方の師匠は大概たいがい盲人の検校であったから不具者の常として片意地な人が多く勢い苛酷かこくに走ったかたむきがないでもあるまい。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、母は傷々いたいたしくながめたが、なまなかかばい立てすると、かえって、筑阿弥の荒い手や言葉が、日吉へ苛酷かこくに当るので、見て見ぬ振りをしているのだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)