うみ)” の例文
だが、その版図の前線一円に渡っては数千万の田虫の列が紫色の塹壕ざんごうを築いていた。塹壕の中にはうみを浮かべた分泌物ぶんぴつぶつたまっていた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
柱に押しつけている一人の女の、両の乳房は左右へはみ出し、つぶれてうみでも出しそうに見えた。そうも熱心にすがっているのであった。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
扉を押すと、不意に、温かい空気にもつれあって、クレゾールや、うみや、便器の臭いが、まだ痛みの去らない鼻に襲いかゝった。
氷河 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
彼はときどき身体中に滲みうごく胆汁たんじゅうのことを思った。彼の想像のなかの胆汁は、うみがある種の軟膏のように、黄色くどろどろしていた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そうしてその左右に十六むさしに似たる形が四個ずつ行儀よく並んでいる。その十六むさしが赤くただれて周囲まわりうみをもっているのもある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「虚無のどす黒いうみ」をもらす傷口が精神に與へられるためには、もう少し退屈な時代が入用だ。退屈がなければ、心の傷痍は存在しない。
耳の際を切ったきずが腐って来てうみが出るので、それにねずみがついて初めは一二匹であったものが、次第に多くなって防ぐことができないので
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「強情だな、あの臭いうみの始末までさせておいて、今になって嘘はひどかろうぜ、おらにあ着物の上からでも見えるくれえだ」
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その方が腫物はれものを切開してうみを出したようで、さっぱりするかも知れないと、そう思わないこともなかったが、それを口へ出すのはつらかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「お父つあん、それ面皰にきび。……」と、自分は父のふくれた口元にポツリと白くうみを持つた、小さな腫物を指さしつゝ言つた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「どうも、そうなりそうだね、鉄拳制裁の好きな連中は、これから、こそこそ勝手な行動に出るよ。ちょうど盲腸からとび出したうみのように。」
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
傷はそれから運悪くうみを持って、五六日直りませんでしたが、毎日繃帯を取り替えてやる度毎たびごとに、彼女はきっと泣かないことはなかったのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ボーイ長のまっ白の繃帯ほうたいは、それでも血がにじんで来た。「うみが出るよりはいいね」と、ボーイ長は笑う元気が出た。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
しかし、着物は剥ぎ取られましても、この心にはまだまだ我慢邪慢のうみのついた衣が幾重いくえにもまといついておりまする。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「驚いて氣をうしなつたらしい。傷は大したことぢやない。ねらひが外れて脇腹をかすられただけのことで、うみさへ持たなきや、二たまわりもすると癒るだらう」
うみがしみ込んで黄色くなった繃帯ほうたいやガーゼが散らばった中で黙々と重病人の世話をしている佐柄木の姿が浮かんで来ると、尾田は首を振って歩き出した。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
戦場で負傷した傷に手当をする余裕がなくて打っちゃらかしておくと化膿かのうしてそれにうじが繁殖する。そのうじがきれいにうみをなめ尽くして傷がえる。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
眼の下へポツリとおかしな腫物できものが出来て、其の腫物が段々腫上はれあがって来ると、紫色に少し赤味がかって、たゞれてうみがジク/″\出ます、眼は一方腫塞はれふさがって
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
うみがつぶれた後の後始末に就いて、我々が多少の援助をなし得る見込が、まだ、ほんの少しはありそうだから。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
枕元に、脱脂綿でこしらえたうみとりの棒が散乱し、元看護卒だった若者が二人、改った顔つきで坐っている。
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
自分の繪などに三文の價値も置かれなくつてもいゝから、業病で鼻が缺けて身體中からうみが出るやうになつても、愛想あいそを盡かさぬほどの親しみを求めてゐた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
ギブスを取換える頃になると、うみの臭気が家中に漂って、やりきれなかったものである。傷口は下腹部から股のあたりで、穴が十一ぐらいあいていたそうだ。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
始終吹き出物でもしそうな、うみっぽい女を葉子は何よりものろわしいものに思っていた。葉子はつやのまめやかな心と言葉に引かされてそこにい残る事にした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかし癩者は、自分の体から流れ出るうみを吸って下さるならば必ず快癒かいゆするにちがいないと申し立てた。いかに深い慈心といえどもこれだけは躊躇ちゅうちょされたであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
きよい人々に近寄って、目に見えない自分のうみをひそかに他人になすること、それは忌むべきことです。
これらが無くては寂しくてたまらぬ。私の頸からは切っても切っても汚い、黄色なうみがどぶどぶ出る。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ハイ、猪の肉は冬の寒い時食べても人の腫物できものきずぐにうみを持つ位で大層刺撃性の強いものです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
医者に見せるのが遅かった上に、湯たんぽで温めたのが悪かった。腹膜にうみが流出していて、困難な手術になった。手術して二日目に、咽喉のどから血塊がいくらでも出た。
憮然ぶぜんとして、吉次は、見ていた。まざまざと、悪政の皮膚病がここにもうみを出しているのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
繃帶はうたいのぞいたくちびるが、上下うへしたにべろんといて、どろりとしてる。うごくと、たら/\とうみれさうなのが——ちやういてた——わたしたちの隣席となりへどろ/\とくづかゝつた。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
自分の体のうみを吸つて太つたうじの白いのがうようよ動いてゐるのが見える。学士は平生からふ虫が嫌ひである。あの蛆が己の口に、目に、鼻に這ひ込むだらうと思つて見る。
汗をぬぐうために絶えず堅い綿布でごしごし肌をこするので強靱きょうじんさを失った太田の皮膚はすぐに赤くただれ、うみを持ち、悪性の皮膚病のような外観をさえ示しはじめたのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
殊にこの頃は口中へも、絶えず血の色を交へたうみがたまるやうになつたのでございます。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
破れた着物の下には襯衣シヤツがあるが身体中の瘡蓋かさぶたのつぶれから出る血やうみにところどころ堅く皮膚にくつついてゐた、銅銭の紙包と一しよにボール紙を持つてゐて、——それには
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
とげをひきぬいてやりました。うみがどろどろと流れでました。ぷーんとくさいにほひです。それをがまんして、うみをすつかり押し出してやつて、傷口に怪我けがの薬をつけてやりました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
自分の中にある汗、あかうみ、等を喜んで恥とせずに出して行くことが出来れば万々です。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それがうみをもって黄色に変じますと、まるであの菊人形きくにんぎょうのように……きくならば美しいですけれど、それがうみをもった黄色のできものでおおわれた有様ありさまを想像してごらんなさい。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
どんな傷口も、どんなうみだらけの腫瘍しゅようも、わたくしを脅かすことはできないでしょう。わたくしは自分の手で傷所を包帯したり洗ったりして、苦しめる人々の看護婦になるでしょう。
余は右向きに臥し帯を解き繃帯の紐を解きて用意す。繃帯は背より腹に巻きたる者一つ、しりおおひて足につなぎたる者一つ、都合二つあり。妹は余の後にありて、先づ臀のを解きうみぬぐふ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ひところはうみの流れでるような八重の病状を見てはその将来を案じてのあまり
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
色々の「我」が寄って形成けいせいして居る彼家は、云わばおおきな腫物はれものである。彼は眼の前にくさうみのだら/\流れ出る大きな腫物を見た。然し彼は刀を下す力が無い。彼は久しく機会を待った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
うみのような鼻をたらした、眼のふちがあかべをしたようにただれているのが
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
また私の体はきずをしても滅多にうみを持たず癒るのが頗る早いので、小さい創は何んの手当てもせず何時もそのままほうり放しで置きます。つまり私の体は余り黴菌が繁殖せぬ体質とみえます。
唾液がぬるぬると足首から滴りち、それが、ふっ切れたうみのように思えた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「たいしたこともないがね、うみをだして、すこしらくにしてあげましょう」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ある良い医者の話では、誰か人にうみを吸わせさえすればきっとなおるのだそうでございます。が、世間にはそんな慈悲深い人もございませんので、だんだんひどくなってこのようになりました。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
女はまたぐらに火のうみを溜め 異人が立止ってライターの火をふりくと
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
かみのべ腫物しゆもつの上に貼置はりおきけるに其亥刻頃よつごろより痛む事甚だしく曉方あけがたに成て自然しぜんつひうみの出る事夥多敷おびたゞしく暫時しばらく有ていたみわすれたる如くさりければ少しづつうごかし見るに是迄寢返ねがへりも自由に成ざりし足がひざ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
骨の中までみて来る心持はなさいませぬか、(戦慄)何かの水が身体中からだじゅうを流れる——(胸を掴み苦悶しつつ)だんだん乳が、うみをもったはれもののように動悸どうきして、こんなに重くなって来ました
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
うみなやめる昨夜よべなりし
友に (新字旧仮名) / 末吉安持(著)